供託金の違憲性を問う訴訟

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 世界一高い選挙供託金(選挙区300万円・比例区600万円)は、財産の多寡によって選挙権が制限されてはならないとされている憲法44条違反だとして、国を訴えている裁判の第6回口頭弁論が1月10日、東京地方裁判所で行われた。

 一般庶民の選挙権を制限している事実に真正面から挑んでいるのだから、日本が民主主義国家かどうか問われる重大裁判だ。

 埼玉県在住の近藤直樹氏(自営業・57歳)が、300万円の供託金を支払えずに2014年12月に実施された総選挙で立候補を断念せざるを得なかった精神的苦痛に対し、300万円の支払いを国に求めて16年5月27日に東京地裁に提訴していた。

 選挙権には、立候補権と投票権の双方が含まれるが、この裁判は立候補権に関するものだ。

●貧乏人を選挙から排除するための高額供託金

 日本では、国政選挙なら選挙区で300万円、比例区で600万円を選挙管理委員会に供託しないと立候補ができない。そして一定の得票数に達しなければ、その供託金は没収される。

 供託金制度ができたのは、1925年の普通選挙法成立と同時。それまで納税額によって選挙権が制限されていたが、このときに25歳以上の男子全員が選挙権を獲得した。

 そうなると、無産者(労働者階級)出身者が大量に国会に進出する可能性が高まってしまうので、それを阻止するために高額の供託金を課した。そればかりか、同時に治安維持法を制定して社会運動そのものを弾圧したのである。

 当時の供託金導入の理由は、売名行為の立候補や泡沫候補が乱立して混乱することを避けるためということだった。そして、現在進行中のこの裁判でも、被告の国は似たような主張をしている。

 つまり、貧しい人を最初から排除する国の思想が93年たっても変わらず、シングルマザー、派遣労働者、非正規労働者、零細事業者たちを代表するような人は立候補すらままならない。

 一方で、安倍内閣の閣僚の6割が世襲議員であり、国会議員全体を見渡しても親や祖父母の代から政治家という人が相当数を占めている。つまり、日本の国会は、貴族たちが政治を牛耳っていた市民革命前のヨーロッパを思わせる姿をしている。

 このような状態だから、主に与党議員たちは、巨大企業や大資産家に有利な政策を決め、庶民の生活を苦しくする政治を進めている。その元凶が高額供託金だと言って過言ではない。

●韓国、アイルランドなどで供託金違憲判決

 実は、過去にも供託金の違憲性を問う訴訟が複数提起されているが、1999年に「供託金合憲」の最高裁判断が2つ出ている。しかし最高裁は、合憲と判断した理由をまったく示していない。そのため本件の原告は、「判例としての先例性はない」と主張している。

 裁判の重要なポイントのひとつは、最高裁が合憲と判断した99年以降、供託金が社会にそぐわないと示すような社会情勢や経済情勢に変化があったかどうかだ。

 この点に関して原告側は、主に3つ主張している。

(1)合憲判断の年以降、物価はほとんど変わらないなかで、貧困が拡大し大きな変化があった。
(2)韓国やアイルランドで、供託金が違憲であるとの判断が下されている。
(3)国会でも高額供託金の違憲性が指摘され、09年7月9日、衆議院で供託金の引き下げを含む「公職選挙法の一部を改正する法律案」が成立した。(だが、衆院解散のため参院では採決されずに廃案となった)。

 01年に韓国では、供託金が違憲であるとの判決が出たことを受けて選挙法を改正し、供託金を従来の2000万ウォン(当時約200万円)から1500万ウォン(同約150万円)に引き下げている。これについては、原告側が文書を示してきた。

 1月10日の口頭弁論では、韓国と同じ01年にアイルランドでも供託金違憲判決が出されて供託金が廃止された事実を原告側が陳述しているので、その内容を見てみよう。

 アイルランド下院議員選挙と欧州議会議員選挙において、供託金を支払えずに立候補できなかった男性が国を訴えた裁判で、アイルランド高等法院は01年7月31日、供託金納付を義務付けた選挙法は違憲とする判決を下した。

 下院選300アイルランドポンド(約5万円)、欧州議会議員選1000アイルランドポンド(約17万円)の供託金が憲法違反だと明示されたのである。日本の選挙区300万円、比例代表区一人600万円よりはるかに低い金額でも違憲とされたのだ。

 アイルランド憲法41条では「すべての市民は、人間として法の前に平等とみなされているものとする」と謳われ、16条1項では「21歳になった市民であって、この憲法又は法律により欠格又は無能力とされていないすべての者は、性別の如何に関わらず、下院議員となる資格を有する」ともされている。

 判決では、当時のアイルランド選挙法が、これらの憲法条項に違反していると指摘されている。この点について、原告側の弁護団長である宇都宮健児弁護士はこう言う。

「アイルランドの憲法は、日本国憲法14条(法の下の平等)と同じように一般的な平等権規定になっています。さらに日本国憲法44条の但し書きには、国政選挙の立候補資格について、より明確に『財産・収入によって差別してはならない』と定められているのです。したがって、日本ではより厳密に立候補に対する平等が認められるべきです」

●貧困化を示す数値は「社会変化の一面のみ」と断ずる被告「国」の“常識”

 さらに、日本の最高裁で供託金合憲の判断が下されて以降、貧困化が進んだことで供託金が立候補の権利を阻んでいる事情を示す書面を、原告は提出している。その一部を列挙してみよう。

 まず、合憲判断の99年から原告の近藤氏が立候補しようとした14年までに物価はほとんど変化していないことを前提として、次のような事実が挙げられた。

・厚生労働省の調査では、平均所得626万円から541.9万円へと約14%減少した
・所得中央値(所得順に国民を並べたとき、真ん中になる人の所得)は506万円から427万円へと約16%減少した
・厚労省の生活意識調査によると、「生活が苦しい」と答えた人は50.7%から62.4%へと11.7ポイント増加した
・金融広報中央委員会調査で、金融資産ゼロ世帯は12.1%から30.4%へと18.3ポイント増加した
・税引後年収300万円未満世帯は、10.2%から20.0%へと約2倍に増加した
・生活保護世帯は、75万1303世帯・107万2241人(00年度)から161万2340世帯・216万5895人へと2倍以上に増えた

 惨憺たる日本の貧困状況を表す調査結果である。こうした状態に鑑みると、高額供託金は低所得者にはますます重くなっており、政治への志を持ったとしても立候補は無理だ。

 この指摘に対し、被告の国は次のように反論しているのが実に興味深い。

「これらの数値は、社会情勢、経済情勢の変化の一面を捉えたものにすぎない」(被告準備書面2)

「一面にすぎない」どころか、先に列挙した貧困拡大こそ日本が抱える最大の問題ではないだろうか。この調子だと、飢えている人に向かって「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」と言わんばかりの政治が続くのは必至だろう。

 このような準備書面を書いた被告の「指定代理人」について、ひとこと説明しておこう。

 一般人が国や地方自治体を相手に訴訟を起こすときは、代理人として弁護士と契約を結び経費もかかる。

 一方、被告の国や自治体側は、「指定代理人」と呼ばれる職員が代理人を務めるが、彼らは税金で生活し、訴訟関連の費用はすべて税金でまかなわれる。裁判が長期化すれば民間人である原告は経済的にも疲弊するが、被告側は痛くもかゆくもない。

 次回、第7回口頭弁論は、4月13日14時から東京地裁103号法廷で行われる。
(文=林克明/ジャーナリスト)