結婚に適した男は、30歳までに刈り取られる。

電車で見かけた素敵な男は大抵、左手に指輪がついている。

会社内を見渡しても、将来有望な男は30歳までに結婚している。

そんな現実に気づいたのが、大手不動産会社勤務の奈々子・28歳。

同世代にはもう、結婚向きの男は残っていない。ならば・・・。

そうして「青田買い」に目覚めた奈々子は、幸せを掴むことができるのか・・・?

田中との間に、特別な信頼関係が芽生え始めた奈々子。奈々子に仕事でも幸運が訪れる・・・?




「岡田さん、君に新ソフト開発のプロジェクトを任せることにする」

奈々子は、自分の耳を疑った。部長は一体何を言っているのだろうか。

そのプロジェクトは、今でも惨めな過去が蘇る苦い思い出だ。中村に横取りされたはずだが、今さらどういう風の吹き回しだろうか。

奈々子は、自分のプロジェクト抜擢の理由が全く分からず小首を傾げる。

部長は、淡々とプロジェクトの引き継ぎや今後の方針について話しているが、奈々子は、なぜ中村が外されたのか、自分が担当することになったのかが気になって仕方ない。

結局、部長は経緯を話すことなく、「岡田さんに期待しているから。よろしく頼んだよ」とだけ残して去って行った。

会議室に取り残された奈々子は、断片的な情報を組み合わせて何が起きたのかを想像してみる。

そもそも、本当は奈々子がデータを作成した事実を知っているのは、奈々子と田中だけのはずだ。

-まさか、田中が告発した?

そんな疑念が奈々子の脳裏をかすめる。

正義感の強い田中のことだ。絶対にそんなことしないとも言い切れない。怒りを消化しきれず、真実を言ってしまったのだろうか。

もしそうだとしたら、奈々子も、田中も、中村からどんな仕返しをされるか分からない。

奈々子は背筋をゾクッとさせながら、田中に緊急招集のLINEを送った。


中村が窮地に立たされた、そのワケとは・・・?


口は災いのもと。詭弁な男の沈黙




「新ソフトの概要説明は以上になります。ご静聴ありがとうございました。何か、質問等ございますか」

-完璧だ。

定例会議でプロジェクトの進捗状況を発表した中村は、大きく頷きながら拍手する部長達の顔を見て、自分の出世は決まったも同然だと確信する。

中村が自信たっぷりに質問を待っていると、見覚えのない人物が手を挙げた。

「経営企画部の米田と申します。説明の中で、マップ作成のための元データがあると伺いましたが、差し支えなければ、データを見せていただけないでしょうか。今後の資料作成の手本となる、素晴らしいものだと思いますので」

本社のエリート集団の中でも、頂点に君臨する経営企画部から褒められた中村は、内心ニヤニヤが止まらない。

-経営企画部に引き抜かれる・・・?最年少役員・・・?

自分の明るい未来を妄想しつつ、今にもガッツポーズをしたい気持ちを抑えながら中村がクールに引き受けると、米田は軽く頭を下げてこう言った。

「それでは、営業データのアーカイブサーバに保管しておいていただけますか。あのサーバは経営企画部もアクセス出来ますし、閲覧者が限られているので保管場所として最適かと」

「え?営業データのアーカイブサーバなんてあるんですか」

この一言で、その場の空気が一瞬にして凍りついた。

しまった、そう思った時には、手遅れだった。

会場がざわつき始め、皆チラチラと中村に疑いの目を向けている。すると、部長が不快感を顕にしながら、声を荒げた。

「どういうことだ?営業データのアーカイブサーバを知らない?君はどうやって元データを作ったんだ。あそこに全てのデータが保管されているはずだが」

無理やり言い訳を考えるが、今の状況で迂闊なことは口に出せない。事態の悪化を恐れた中村は、柄にもなく、黙るしかなかった。

普段、頭の回転が速く、雄弁(詭弁)な中村が、しきりに額の汗を拭いながら口を閉ざしているという事態が、全てを物語っていた。

重苦しい無言の時間が過ぎていく。カチッカチッという、時計の針の音だけが無情に鳴り響いていた。

これ以上追求してもどうにもならないと判断した部長が、会議終了後に自分のところに来るように告げ、その場を収めた。

中村は、俯いたまま「承知しました」と呟いたものの、このままどこかに消えてしまいたい気持ちで一杯だった。




中村は、トイレの窓から遠くを見つめていた。

雲ひとつない、澄み切った青空。

自分の心は竜巻のごとく吹き荒れているというのに、呑気に晴れた天気にさえ憤りを感じる。

中村は、奈々子が作成したという記録が共有サーバに残ってしまうことを恐れ、メールでのやり取りにすることを徹底していた。

データを自分のパソコンに保管し、データの編集者を自分に変更するという隠蔽作業まで完璧にしてきたはずなのに。

中村は、歩幅をゆっくり、小さくして時間を稼ぎながら、部長の待つ会議室へ向かった。


追い詰められる中村。どうするのか?


出世のためには、綺麗事なんて言ってられない


「すぐにシステム部に問い合わせたが、アーカイブサーバには、君の閲覧権限はなかった。あのサーバは自分で申請しないと、閲覧出来ないからな」

会議室に入るなり、部長が事実を吐き捨てた。鼻息の荒さ、コーヒーカップを荒々しく置く様子から、部長の怒りが伺える。

もう、何も隠せない。正直に説明する以外の選択肢がなかった。

証拠を提示されてしまった以上、ごまかすことなど出来っこない。

それに、普段は次から次へとポンポン出てくる詭弁が何も出てこなかった。

中村の説明を一通り聞いた部長は「今後については後日」とだけ残し、ドアをバンッと荒々しく閉めて出て行ってしまった。

取り残された中村は、自分の今後について思いを巡らせる。

「出世・・・」

この言葉が中村の脳裏を過ぎった瞬間、彼は「ああああ」と大声を上げ、顔を覆い、地団駄を踏んだ。

-出世したいと思って何が悪い?出世のためには綺麗事なんか言ってられないじゃないか。

中村は、へし折られそうなプライドを守るため、自分を正当化するしかなかった。




緊急招集場所である『ダバインディア』に到着すると、田中がいつものニコニコした表情で奈々子を待っていた。

奈々子は、ささっとオーダーを済ませ、新ソフト開発のプロジェクトについて切り出した。

「ええ!奈々子さんがプロジェクトリーダーやることになったんですか。すごい、おめでとうございます!」

田中は小躍り状態で、その喜びようは嬉しかったが、今日の本題は、プロジェクト抜擢の報告ではない。田中に確認したいことがあるのだ。

「あのプロジェクト、中村さんが任されてたじゃない?どうして急に中村さんが外されたのか気になって・・・」

「実は・・・」

田中が声のトーンを落として話し始めた。

奈々子の心臓がドクッと波打つ。「僕が」という言葉が続かないことを願う。

「そんなことが・・・」

田中から中村解任までの経緯を聞いた奈々子は、田中のことを疑ってしまった自分を深く反省した。

-それにしても、中村さん・・・。

当然、中村にもアーカイブサーバの権限があるものだと思っていた。

しかし、中村からメールでやり取りをするように強く言われていたため、敢えてサーバについて触れることもなかったのだ。

メールには、データの保管場所をしっかり書いておいたはずだ。スクロールしないと発見できないくらいには下の方だったと思うが。

お目当ての添付ファイルにしか目が行かず、文面など読んでいなかったのだと思うと、奈々子は呆れて物も言えない。

ホッとする奈々子。すると、田中が2回目の乾杯を促し、改めてプロジェクト抜擢のお祝いをしてくれた。

緊張から一気に解放された奈々子が、ゆったりした気分で絶品のカレーを味わっていると、田中がそういえば、と口を開いた。

「そういえば、今度奈々子さんと一緒に行きたい場所があるんです」

奈々子は、一緒に行きたい場所ってまた大袈裟な、最近見つけたレストランとかだろうと思い、すぐさま了解した。

その時、まさか自分の人生が次のステージに突入しつつあるとは、知る由もなかった。

▶︎NEXT:1月31日 水曜日更新予定
デートの行き先は、まさかの・・・!?