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ウチの近所にある封切り作品を扱う映画館は、チケット1枚が大人13.50ドル、平日の午前中など割引き時間帯が9.50ドルだ。封切りかどうかだけではなく、米国の映画のチケット価格は都市による価格差もあって、全米劇場経営者協会によると2017年の平均価格は大人1枚8.97ドルである。

では質問、もし月額50ドルで見放題のサービスがあったら契約するだろうか? ウチの近所なら月に4本、郊外の街に住んでいたら5〜6本は観ないと損になる。よほどの映画好きでないと食指は動かないだろう。では、月額9.95ドルだったらどうだろうか? ほぼ1本分の値段、ウチの近所でも月に2本で元を取れる。月に何回か映画に行く人だけではなく、映画館から足が遠のき始めた人たちも契約してしまいそうだ。

一昨年の6月に「MoviePass」という映画の見放題サービスのCEOにMitch Lowe氏が就任した。同氏はNetflixがスタートアップ時代から関わり、事業戦略を担当した元Netflixのエグゼクティブである。そして昨年夏、MoviePassは料金を月額50ドルから月額9.95ドルに引き下げた。すると、それまで数年をかけて20,000人だったサービスに、わずか2日で150,000人の申し込みがあった。それから順調に契約者数を伸ばし、昨年末には150万人に達した。Netflixは100万人達成におよそ4年を要したが、それをMoviePassは半年とかからずに達成した。

しかし、なぜ月額9.95ドルが可能なのだろうか。というのも、MoviePassは映画館に映画チケットのフル料金を支払っているのだ。だから、契約者が月に2本を観たらMoviePassは赤字である。「見放題」と大言しているけど、実は色んな制限のある不便なサービスなんじゃないのか。そこで、ものは試しでMoviePassを使ってみた。

MoviePassを契約すると、数週間後にMoviePassカードが送られてくる。そのカードをアクティベートするとサービス開始になる。MoviePassカードはクレジット/デビット・カードのように機能する。

MoviePassアプリを開いて、MoviePassを使える映画館でその日に上映している映画を調べる。

映画館の近く (周囲100ヤード内)でアプリを使ってチェックイン、スマートフォンのGPSからMoviePassが利用者の位置を確認。観る作品と上映時間を選択してチェックイン完了。

MoviePassカードにチケット料金がチャージされ、映画館のキオスクまたはチケット売り場でカードを使ってチケットを購入する。

映画館の前で「この映画を観ますよ」とアプリで宣言し、その映画の料金分の支払いに使えるようになったMoviePassカードを使ってチケットを購入する。シンプルな仕組みである。実際にやってみると、面倒なことは何もない。

これまで使ってみた中で気づいた制限を挙げると、映画は2Dのみ、3Dでは利用できない。ここ数年、映画のチケットはあらかじめオンラインで時間や席も指定して購入していたが、MoviePassだと、その日に映画館の近くに行くまで購入できない。そうなると、封切り間もない話題作を週末の夜のような混雑する時間帯で良い席を取るのは難しい。また使える映画館のほとんどが映画館チェーンの大型劇場で、独立型の映画館ではほとんど利用できない。

でも、それらが問題かというと、大した問題ではない。使う前には、見放題だけど、映画館チェーン大手の劇場で使えなかったり、封切り作品をしばらく観られないというような制限があったら使う価値はないと考えていた。むしろ逆に、新しい作品を次々に観られるから、サービスとしてMoviePassに満足している。

では、なぜ月額9.95ドルが可能なのか。

答えはユーザーのデータである。映画の観客は強い信号を発している。映画上映前にスクリーンに流される広告を思い出してほしい。作品のタイプ、それを観る観客の年齢層、シアターがある場所などによって広告の内容は異なる。映画館の広告はターゲティング広告の元祖だった。MoviePassは、過去の利用からユーザーの映画の好みを知り、時間帯、ユーザーの位置でターゲティングを行える。しかも、特定の映画館や映画館チェーン単位ではなく、全米の映画館規模でユーザーのデータを収集している。ユーザーの好みに基づいてユーザーが興味を持ちそうな作品を紹介したり、スターウォーズを観た人にテクノロジー関連の広告を表示するというようなシンプルなターゲティングはもちろん。映画館チェーンの大型劇場はモールに入っていることが多いので、映画の前や後のオススメの店をカスタマイズして紹介するような複合的な宣伝も考えている。他にも様々な広告・マーケティング戦略をMoviePassは練っているようだ。

かつてDVD産業がNetflixに直面したような脅威

私は映画好きな方だと思うが、それでも昨年は映画館に行く回数が減少した。理由はNetflixやAmazon Prime Videoである。見始めたらシリーズを短期間で完走してしまうような作品が次々に出てきて、しかもそれを自宅で気軽に楽しめるから映画館から足が遠のいた。月額10.99ドルのNetflixに対して、映画は1回20〜30ドルはかかるのが理由の1つである。しかし、映画館の体験を月額9.95ドルで楽しめるようになって、また頻繁に映画館を訪れるようになった。MoviePassのユーザーは独立系映画を鑑賞する比率が高いという。通常の映画料金なら劇場ではなくストリーミング配信やDVD化を待ったような作品を、MoviePassでは多くの契約者が映画館で観ているからと見られている。

しかし、契約者が急増しているとはいえ、MoviePassのビジネスモデルが継続的に利益を出し続けられるとまだ証明されたわけではない。ユーザー増でコストが膨れ上がる中、それを黒字にできるだけの広告・マーケティング事業の成長を実現できるかが今後の注目点になる。

また、MoviePassの成長に映画館チェーンが警戒するようになった。たとえば、劇場チェーン大手AMCが月額9.95ドルは「不当に低価格である」としてMoviePassカードを拒否し始めた。劇場に対してMoviePassはチケットのフル料金を支払っているのだから、MoviePassが契約者から徴収する月額料金に文句を付けるのは見当違いに思える。おそらく劇場チェーン側の本音は、自分たちが今まで活用しきれていなかった観客データの価値をMoviePassの奪われたくないのだろう。映画館でMoviePassカードの支払いが拒否された場合、メンバーが一旦自腹でチケットを購入してレシートとチケットの半券で請求するとMoviePassは代金を返金してくれる。なので、まだ我慢しているが、このまま対立が強まって、近所で利用できる映画館がなくなるようなら月額9.95ドルも考え物である。でも、一度MoviePassを体験してしまっているから、MoviePassを使わなくなったら、また映画館を訪れるのが間遠になりそうな気がする。

ストリーミングサービスの台頭で観客減に悩む映画館チェーン。MoviePassの成長から学び、そこからチャンスを見いだしてビジネスモデルの改革に挑むか、それともMoviePassを脅威と見なして変化を拒むか……映画館チェーンはMoviePassという破壊的なインパクトをはらむサービスに直面している。