4月にみずほフィナンシャルグループの社長の座が、佐藤康博氏(左)から坂井辰史氏へと継承される Photo:kyodonews/amanaimages

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1月15日、みずほフィナンシャルグループは、4月1日付で佐藤康博社長が会長に退き、後任にみずほ証券の坂井辰史社長を昇格させる人事を発表した。銀行の頭取時代を含め、9年間にわたる佐藤体制に終止符が打たれ、次世代への継承が進む。だが、大胆な若返りは、後の人事の波乱要因になりそうだ。(「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木崇久、田上貴大)

「負のレガシー(遺産)を払拭できた今をおいて、交代の時期はない」

 1月15日、みずほフィナンシャルグループ(FG)の佐藤康博社長はトップ退任の意を示した。そのとき言及したのは、旧行意識との闘いの歴史だ。

 みずほFGは日本興業銀行、富士銀行、第一勧業銀行の有力3行が合併して誕生したが、旧行同士の勢力争いに明け暮れてきた。3トップが居並ぶいびつな経営体制がその象徴で、かつてはFG傘下に二つの銀行を持ち、1社2行のトップを旧3行で分け合った。

 こうした旧行意識の弊害が、度重なる不祥事として噴出。合併直後の2002年4月と東日本大震災直後の11年3月に、2度の大規模なシステム障害を起こし、13年には暴力団融資問題が発覚した。

 立ち直るには旧行意識と決別しなければならない。そう心に決めた佐藤社長は、ワントップ体制を構築しながら、不断の改革を敢行。傘下2行の合併や、メガバンク初の指名委員会等設置会社への移行、16年には銀行・信託銀行・証券会社などの子会社を一体運営するため、個人や法人など五つの顧客セグメントをグループ横断で管理する社内カンパニー制を導入した。

 旧行意識を払拭できたと自負し、懸念していた次期システムへの移行が一段落したと考えたこのタイミングで、執行権のない会長職に退き、みずほ証券の坂井辰史社長への禅譲を決意したというわけだ。

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