2017年冬、相思相愛だったはずの彼・健太からプロポーズされた美和子は、涙を流す。

ふたりの5年間に、何があったのか?

実はふたりは不完全燃焼の夜を境に“プラトニックな恋人”となっていた。美和子は思いをぶつけるが、レス問題は一向に解決しない。

30歳になり、美和子は学生時代の友人・茜に悩みを相談。御曹司・瀬尾を紹介され美和子は健太と別れることを決意し家を出る。

瀬尾と夜を共にした美和子は彼のマンションで生活を始める。しかし強引に結婚話を進められて困惑した美和子は、一人暮らしを決意。だが聞く耳を持ってもらえない。

そんな中、美和子と復縁を望む健太が会社までやってきて、手紙を渡されるのだった。




健太の「覚悟」とは


銀座のマンションに戻った私は、ヒールを揃える暇も惜しんでリビングに直行した。

会社用にしているフルラのトートバッグに手を入れ、ひんやりとした封筒に手が触れるのを確認する。それだけで、心臓が喉から飛び出そうなくらいにバクバクと音を立てた。

-俺は美和子とやり直したい。やり直せると思うんだ。その覚悟を、手紙に書いて来た。

久しぶりに聞く健太の声は思っていたよりずっと優しくて、落ち着く音色だった。

健太の言う「覚悟」とは何のことだろう。3年近くに渡りプラトニックな関係となってしまった私たちが、もう一度、男女の関係に戻れる道があるというのだろうか。

期待、不安、そして罪悪感。

様々な感情が私を深い海の底に引きずり込もうとしているようで、溺れてしまいそうな錯覚に襲われ、私は慌てて大きく息を吸う。

そして、息を止めたまま、そっと封を開けた。


健太はレスを、どう思っていたのか?それがようやく明らかに。


思い合う気持ちさえあれば…


“美和子へ。

今頃もう遅い、と言われてしまっても仕方ないと思う。

だけどそれでももし、美和子の中にほんの少しでもまだ俺がいるなら、お願いだから最後まで読んでください。

少し前、どうしても美和子のことを諦めきれなくて、百合さんに相談したんだ。勝手なことしてごめん。でも、もうどうして良いかわからなくなって。

百合さんに、説教されたよ。女のこと何一つわかってないって(苦笑)。でもそのおかげでやっと気がついた。

美和子が家を出て行った本当の理由が、ようやく理解できたんだ。

俺は、美和子を愛してる。何度も言うけど、その気持ちは本当に、出会った時から何も変わってない。女性として見ていないとか、抱きたくないとか、そんな風に思ったことは一度もない。

ただ、長く一緒に生活をしていたせいで、恋人というよりもはや家族のような感覚になっていたのはその通りだと思う。

誤解を恐れず言えば、それは一方で、本能のままに欲情する対象ではなくなったということかもしれない。繰り返して言うけど、だからと言って美和子を女として見ていないとかじゃないよ。おそらくこれは、男の性というか…。

俺は、そういう行為に及ばなくても、ただ一緒にいて、時々軽いスキンシップをとれれば十分だと思ってた。他の誰でもない、美和子と一緒にいられれば。

だけどそれは男の…というか、俺の論理なんだよな。

そうやって俺が勝手な思い込みをして、美和子の気持ちを顧みようとしなかったせいで、いつしか求め合わないことが普通になってしまった。

そうすると今度は、抱きたいな、と欲することがあっても、うまくタイミングを見つけられなくなってしまったんだ。いつでも触れ合えるはずだったのに、変に気を使ってしまったり、なんとなく照れ臭くなってしまって、どうにもそういうムードにならないというか…。

恋人同士が抱き合うのは自然なことなのに、そこに不自然さが生まれてしまった。

全部、俺のせいだ。

だからこんなことを言う資格なんてないのはわかってる。それでも、俺は美和子とどうしてもやり直したい。

不自然を自然に戻すなんて、簡単じゃないことはわかってるよ。

だけどお互いに向き合う気持ちさえあれば、もう遅いなんてことは、解決できないなんてことは、ないと思うんだ。

美和子がそばにいてくれることは、特別だ。

俺は今の気持ちをもう二度と忘れずに、美和子に接することを誓う。美和子を大切に思う気持ちを、きちんと行動にして示すよ。

キスしたり、抱き合ったり、恋人同士として当たり前のことをしよう。

最初はどうしても不自然さが拭えないかもしれない。だけどお互いに思いやりを持って続けてさえいれば、いつか自然に戻るはずなんだ。だって元々は、自然だったことなんだから。

中には恋人同士がこんな努力をすること自体が、不自然だと言う人もいるかもしれないね。

俺にも正解はわからないけど、人の意見や正解なんてどうでもいい。俺はそれでも美和子と一緒にいたい、ただそれだけだから。

もちろん美和子が、まだ同じ気持ちでいてくれるなら…だけど。

返事は急ぎません。俺は、いつまででも待ってるから。”


健太のまっすぐな気持ちを知った美和子は…


資格がないのは、健太じゃない


一文字一文字丁寧に書かれた手紙を読み終えた時、私の手は止めようもなく震え、息をするのも忘れてしまいそうなほどに動揺していた。

健太の綴る言葉の一つひとつが、まっすぐな思いが、私の胸を突き刺す。

身体の繋がりがなくなってしまったことを、健太はすべて自分のせいだと言っているが、それは違う。

健太のことを家族のように感じ、男と女であろうとする前に日常生活を優先させてしまっていたのは、私だって同じなのだ。

健太のいう不自然を自然に戻す作業が本当にできるのかどうか、効果があるかどうか、正直なところわからない。奏功する確率は、50%というところだろう。

それでも、彼が私と、レスである事実と正面から向き合い、再び男と女に戻れる道を考えてくれている。その気持ちを知ることができただけで私は、ぽっかりと空いてしまっていた空洞が満たされていくのを感じた。

しかし-。

“こんなことを言う資格なんてないのはわかってる。それでも、俺は美和子とどうしてもやり直したい”

再び目で追ったその文字に、私の心はこらえきれず悲痛な叫びをあげた。

-違う、資格がないのは私の方…!

問題に向き合おうとしなかったのは、簡単に諦めてしまったのは、健太じゃない、私自身だ。

私は健太を裏切った。そして瀬尾さんと...。

私は自分の愚かさ、弱さ、そしてもう二度と埋まることはないだろう喪失感に目の前が真っ暗になり、こみ上げてくる嗚咽を止められなかった。

その時、だった。

思いがけず玄関で音がして、私は息を飲む。

「美和子?どうしたんだ、電気もつけないで...」

今夜は来る予定のなかった、瀬尾さんの声。

私は必死で平静を取り戻そうとするが、溢れ出した感情を抑えこむ猶予などなかった。健太からの手紙をどうにか背中に隠した瞬間、視界が急に明るくなる。

蛍光灯に照らされた、瀬尾さんの部屋。

涙で滲む目に、私を見つめる瀬尾さんの戸惑う表情がくっきりと象られていく。

それはまるで私に、"現実を見ろ"とでも言うように。

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泣いているところを瀬尾さんに見られてしまった美和子は、真実を告げる...?