人事部ー。

社内の人間模様や、人間の黒い欲望に直接触れることもある部署。

人事部から見た社内、それは人の業が蠢く社会の縮図であった。

涼子が働く恵比寿のベンチャー企業では、管理本部長・坂上の社内システム入れ替えのミスを、総務課長の後藤になすり付けるための黒い思惑にまみれた、人事異動が発表された。

後藤も本部長坂上の保身のための人事異動と気付いているが、坂上からの黒い計画に陥っていた。

そんな時涼子は、今回の人事異動をよく思っていないであろう営業部次長が、後藤と2人で会議室に向かっているとの連絡を受けた。




会議室での密会


誠からの連絡を受け、涼子は会議室に急いだ。

あまり大きな足音をたてないよう、セルジオ・ロッシに気を配りながら小走りで向かう。

-後藤さんの昇進を良く思っていない営業部次長の平山さんが、後藤さんと会議室で2人になって、一体何を話すの?

会議室に向かいながら、涼子は見当をつける。

後藤さんと平山さんは創設時メンバーで、彼は自分が先に昇進すると思っていたこと、最近空アポが入ることが多くなったこと。

これらの背景を並べると、良い予感はしない。

涼子は、平山さんが後藤さんに掴みかかり、坂上さんにどうやって昇進を頼んだんだ!と言い寄っている姿を想像し、鳥肌が立った。

想像をかき消すように首を左右に振り、会議室に急ぐ。

会議室前に着くと、ある一室で何やら男性の話し声が聞こえた。

耳を近づけるが、何を話しているか分からない。ただ、さすが営業さんと思わせるような、よく通る平山さんらしき声が聞こえるため、この会議室で密会をしている事は分かる。

幸い怒鳴り声ではないため、想像した最悪の事態にはなっていないようだ。

-来たはいいけど、ここからどうしよう。会議室を間違えたフリして扉を開けてみるか、それとも…

涼子が思案していると、ガチャリと会議室の扉が開いた。

―しまった!

逃げるわけにもいかず、会議室の扉を開けた平山さんと、扉の前で立ち尽くす涼子が対面する形になってしまった。

涼子はとっさに言い訳を考えるが、何も思い浮かばず固まってしまう。

「…そこで何をしている?」

先に口を開いたのは、険しい表情の平山さんだった。


バレてしまった密会の盗み聞き 涼子絶体絶命


平山さんに質問されたが、涼子は上手い良い訳が見当たらず、息が止まる。

すると平山さんの背後から、いつもの優しい声が聞こえてきた。

「おや、高橋さんじゃないですか。コーヒーを飲みながら話そうと、平山さんとじゃんけんしたら私が勝ってしまいまして。平山さんに買いに行ってもらうところなんです。

高橋さんもいかがですか?今なら平山さんにおごってもらえますよ。」

声の主は後藤さんだった。

ゆったりとしたテンポの話し方に、涼子を気遣ったであろうおちゃめな内容、いつもの優しい声と笑顔。

凍り付いていた空気が一気に和らぎ、涼子も息をつく。

「おい、後藤、いいのかよ?」

平山さんは驚いた声で後藤さんに話しかけるが、後藤さんが大きくうなずくと、「お前がそう言うなら大丈夫だな」と言い会議室を出ていった。

「とりあえず会議室に入って、平山さんとコーヒーを待ちましょう。」

後藤さんに促され、会議室に入る。

平山さんは缶コーヒーを3つ持って会議室に入ってくるやいなや、口を開いた。

「で、高橋は何で会議室の前にいたんだ?」




「申し訳ございません。お二方が会議室に入るのを見かけて、つい心配になり…」

平山さんが後藤さんに掴みかかる想像をしていたことを素直に伝えると、2人は大笑いした。

「平山さんが、私を殴るのではと心配して、見張ってて下さったんですか。それは面白い!」

後藤さんが涙を流して大笑いしている。

「平山さん、その険しい表情がそういう想像をさせるんじゃないですか。」

大笑いが収まってそう言い添えたが、それでもなお後藤さんは笑った。こんなにリラックスした後藤さんを、涼子は初めて見たかもしれない。

すると平山さんも大笑いしながら、こう言った。

「いやな、昔『平山さんがいつも睨んでくる。パワハラですぅ!』なんて総務に駆け込んだ女子社員がいてな。その対応を後藤がしてくれたことがあって、俺と後藤の間でネタになっててな。それで今の話ときたから、面白くて。すまんすまん、身内ネタで。」

そういえばまだ従業員が数十名だった頃に、人事内でもハラスメントの事例として聞いたことがあった。

結局、女子社員の勤務態度が悪く、それを叱った上司を逆恨みしての行動だったことが分かり、ハラスメントの相談を受けても双方や周りから話を聞くまで、被害者・加害者を決めつけないこと、という前例で語り継がれていた。

それが、この平山さんのことだったなんて。


総務後藤と営業平山 昔からの古い絆


「わたしと平山さんは、表では仲のいいところを見せないようにしていますが、創業メンバーという事もあり、古くからの戦友です。

仲がいいことを見せると、色々な派閥や妬みに巻き込まれやすくなるので極力控えようと、社員が100名を超えたあたりで2人で決めたんです。

そして今、打ち合わせしようとしていたのは、今回の人事異動の件です。」

「おい、後藤、そんなこと言ってもいいのかよ」

後藤さんの話を、平山さんが慌てて遮ろうとする。

「平山さん、高橋さんは信用できる人です。人の痛みをわかろうとし、何とかしようと思うだけでなく、ちゃんと行動できる人です。実際こうして私の事も心配して様子を伺いに来てくれていました。こういう人にこそ人事をしてほしいですね。

なので彼女には嘘はつきたくないです。話しても大丈夫です。」

平山さんは「お前がそう言うなら任せるよ」とうなずく。




涼子は泣きそうになっていた。

上司である人事部長大竹さんに、余計なことはするなと言われ、人事の無力さや、自分の正義を否定され落ち込んでいた。

そこへ後藤さんから、人事としての最大の誉め言葉をもらい、涼子の目頭が熱くなる。

「高橋さん、今からいうお話は内緒にしておいてくださいね。実は今回の昇進の打診があってから、わたしの今後について、平山さんに相談していたのです。

内容としては、もしシステム入れ替えが上手くいかない時に、責任を取って辞めた場合の次の仕事、です。

平山さんには営業先などで、総務など管理部門系を探している会社がないか、ついでに聞いてもらったりしていました。」

「ちょっと待ってください。責任を取って辞めた場合って、本気ですか?」

涼子は黙って聞こうと思っていたのだが、思わず割り込んで聞いてしまう。

-後藤さんが会社を辞めてしまうだなんて…!

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後藤は退職してしまうのか。涼子は阻止しようと試みるが…