霜降り牛肉(「Wikipedia」より)

写真拡大

 高級肉料理店などで誇らしげに掲げられている「A5」表示。“最上ランクの和牛”という意味で使用されているのだが、この区分けが「おいしさ」を表しているわけではないことが、数々のメディアで指摘されるようになってきた。

 そうした傾向を踏まえて、“脱A5”を掲げる飲食店や精肉店も増えてきているという。しかし、凝り固まった消費者の意識はなかなか変わらないのも事実だ。その理由は、メディアや飲食店の間に根付く「A5信仰」にある。

●「A5」という格付けはおいしさの基準ではない

「『A5が最上級』という価値観は、輸入牛肉との棲み分けのために制度的につくられたもので、決しておいしさの基準ではありません」

 そう話すのは、12月13日に著書『炎の牛肉教室!』(講談社)を上梓した農畜産物流通コンサルタントの山本謙治さんだ。山本さんによると、もともと「A5信仰」は消費者ではなくメディアが生み出したものだという。

「牛肉を生産する側としては、A5にすれば高く売れるのだから、それを目指して牛を肥育するのは当然のことなんです」(山本さん)

 牛肉の格付けは、A〜Cのアルファベットが「歩留り等級」を表し、枝肉の重量に対してどれくらいの肉が取れるかを意味する。つまり、「A」に格付けられたといっても、それは「より可食部が多い」ということでしかない。

 一方、1〜5の数字は「肉質等級」を表し、おもに「サシ」と呼ばれる霜降りの度合いや「肉の色つや」「肉のしまりときめ細やかさ」などで評価される。霜降り度合いはBMS(ビーフ・マーブリング・スタンダード)という判定基準により査定され、12段階に分類。そのうち上位の8〜12段階のなかで質の良いものが5として格付けされる。

 そして、A5の格付けが与えられれば、より高く売ることが可能となる。そこで、生産業者はより脂の乗った牛肉を生産するために尽力してきたわけだ。

「ただ、その追求が行き過ぎてしまい、今のA5肉は20年前とは比べものにならないほどの霜降り度合いになっています。霜降りを追求するために飼育方法や餌の中身も大きく変わっているようで、業界内でも『今のA5はおいしくないものが多い』とささやかれる状況になっているんです」(同)

●霜降り肉で胃がもたれる理由

 こうした状況のなか、東京・浅草の老舗すき焼き店「ちんや」がA5肉を使用しない「適サシ肉宣言」をしたことが話題となった。

 ちんやでは、「脂肪の量が4等級(5等級は不使用)」「充分な月齢(30カ月)まで肥育した和牛のメス牛のみ」など、独自の基準で選んだ肉を提供している。

「最初は戦々恐々とした気分でしたが、常連客の方々は『おいしければいいよ』ということで、変わらぬご愛顧をいただいております」と語るのは、ちんや店主の住吉史彦さんだ。

「それに、『適サシ肉宣言』が話題となったおかげで、より多くのお客様に来ていただくようになり、興味を持っていただいた食肉業界関係者にも多くご来店いただいております」(住吉さん)

 新たに店を訪れたお客さんからは、「霜降りは重くてあまり食べられなかったんだよ」と打ち明けられることもあったという。

「今までも胃にもたれるような肉は提供していなかったんですが、『霜降り肉』という名前だけで来店を避けるお客様もいたようなんです。だから、今回の宣言で大きかったのは、『霜降り』というネーミングをやめたことだと思いますね。

 確かにA5を扱わなくなったのは事実ですが、実際には肉質はそれほど変わっていません。BMSの指標でいえば、今まで7〜8を使っていたのが6〜7に1段階ずれたぐらいの変化しかないんです」(同)

 メディアは霜降りのA5が“最上ランクの和牛”であることを強調するが、食通や年配のお客さんなどは、必ずしも霜降りにいいイメージを持っていなかったわけだ。

「個人的には、脂の割合が30〜35%の肉のほうがおいしいと思っています。今の霜降り肉は脂が50%、場合によっては70%になっているので、うまみ成分が少ないのは間違いありません。それに、24カ月の短期飼育で仕上がった若いオス牛の脂は融点が高いため、鍋に入れると溶けるが、食べると胃の中でまた固まり始める。これが、もたれる原因なんです」(同)

 促成のA5肉は、味の面でも体への負担という面でも“最高レベル”とは言い難いのだ。

●「赤身肉ブーム」の落とし穴…

 そうした事情が周知されてきたためか、最近広がりつつあるのが「赤身肉ブーム」だ。しかし、前出の山本さんは、この赤身肉にも「落とし穴がある」と指摘する。

「A5などの霜降り肉だけを『良い』と訴求する店は、今やハイエンドのステーキ店や焼肉店のみになってきています。ミドルレンジの店に、赤身の良さを訴求する店が増えていることは間違いありません。ただし、赤身を訴求する店が増えた背景には、単にそちらのほうが利益になるという事情があります」(山本さん)

 赤身がおいしいことで有名な「短角牛」「くまもとあか牛」といった銘柄の和牛を提供する店は、実は非常に少ない。実際には、アメリカやオーストラリア産の輸入牛肉を出す店がほとんどだという。

「銘柄牛と輸入牛の仕入れ価格は2〜3倍くらい違います。店としては、まともな黒毛和牛の赤身肉を出すより、輸入牛肉を出したほうが利益率が高くて儲かるんです。もちろん、おいしい輸入牛肉もありますが、安いだけの肉を『おいしい赤身肉ですよ』と割高に出している店もあると思いますから、だまされないようにしなければなりません」(同)

 最大の問題は、消費者がメディアの喧伝するブームや格付けに躍らされ、自分の味覚や好みで判断していないことにある。

「たとえば、日本では子を産んだ経産牛は『廃用牛』などと呼ばれ、挽き肉材になるのが一般的です。でも、経産牛を数カ月肥育して肥らせた牛は味わいが濃く、肉もやわらかくなっておいしい。フランスでは、経産牛のほうが未経産牛よりもおいしいとされるくらいです」(同)

 こうした多様な牛肉がきちんと消費者に評価されて利益を生むのであれば、生産業者もバラエティに富んだ品種を育てるはずだ。

「生産者をサポートできる農協系統や畜産団体、流通や販売業者がしっかりと連携して、新たな牛肉マーケットを日本国内でつくり出す。そうした動きを始めるべく、関係者全員がそろそろ決断すべきではないでしょうか」(同)

 そもそも、A5という食肉業界用のものさしを飲食店や消費者が使っていること自体が間違いといえる。消費者が成熟し、さまざまな牛肉に対して正当な対価を支払うようになれば、食肉業界も「A5至上主義」から脱皮することができるのではないだろうか。
(文=ソマリキヨシロウ/清談社)