日本人は世界でどんなジョークのネタになっているのか(写真:master1305/PIXTA)

日本人はそんなに「面白き人々」なのか。『新・世界の日本人ジョーク集』を執筆したノンフィクション作家の早坂隆氏に、世界のジョークに日本人がどのように登場するのか聞いた。

ジョークを通じて見えてくる対日観

――ジョーク集が人気です。

自身第1作の『世界の日本人ジョーク集』を出版したのが2006年。これは版を重ねて78万部出ている。今回のはいわばその続々編。ほかにもジョーク集をいくつか書いていて、シリーズ累計は100万部を超えた。世界で楽しまれているジョークがどのように変わったか、変わってないのか。ジョークを通じて海外の人たちが日本をどう見ているか、対日観の変化も見ていこうとしてきた。

──どう収集するのですか。

もともと本業のノンフィクション作家として世界のあちこちに取材に行く。取材中にその国で楽しまれている笑い話を集めることが好きで、ずっとやってきた。さかのぼれば2001〜2002年に、東欧のルーマニアに2年間暮らしたことで弾みがついた。首都ブカレストのマンホールに住む「チャウシェスクの子供たち」の取材を移住して2年間した。そのときにルーマニアにはすごくたくさんの笑い話があると知った。

ルーマニア語でジョークをバンクという。ジョークはロシア語で滑稽な小話全般を指すアネクドートが知られているが、共産主義体制下で政権批判ができない中、それを風刺にして楽しむ文化がロシアや東欧にあって、集め出したのがきっかけだった。足を延ばしたサダム・フセイン時代のイラクには白昼絶対言えないジョークが実はあふれており、またイスラエルやパレスチナでも笑い話で互いに風刺し合ったりしていた。

──主に英語ですか。

一応、どこでもお酒を飲みながら、おまえの国のジョークを教えてくれと英語でお願いすれば、変わった日本人がいるもんだと逆に興味を示し、手ぶりも交えて教えてくれる。そして教えてくれる中に、日本人がちょこちょこ出てくる。そこに彼らが思っている日本人に対するイメージが反映されている。それを集めた。

──ここ10年でけっこう変化しているのでは。

出てくる日本人像は助演男優賞的なものが多い。ジョークのトリを飾るとか最後の落ちに使われるのではなくて、いわば名脇役であり、安倍(晋三)さんもその1人だ。政治家の落ちは多くがトランプ大統領だったり、習近平主席だったりするが、最近は安倍さんの名前も知られるようになって、けっこうよく出てくる。

SNS(交流サイト)が発達し、ツイッターやフェイスブックでいろんなジョークが世界中で楽しまれているので、新しい情報がそこに込められる。でもジョークは元の形が踏襲され、構成が似る。最初はレーニンだったのがプーチン大統領に代わり、中国では毛沢東だったのが習近平主席に代わる。「独裁者ジョーク」は昔からあり、今や金正恩(キムジョンウン)委員長が期待のルーキー。キャラクターが立ってないとジョークにならないからだ。ジョークは民族的なメンタリティが土台にあり、それが理解できないとわからないことがある。

中国人に取って代わられている面もある

──民族的なメンタリティ?


早坂隆(はやさか たかし)/1973年生まれ。著書に『昭和十七年の夏 幻の甲子園 戦時下の球児たち』『永田鉄山』『ルーマニア・マンホール生活者の記録』『世界の日本人ジョーク集』『続・世界の日本人ジョーク集』『日本の戦時下ジョーク集』『世界のイスラムジョーク集』など(撮影:尾形文繁)

たとえば、欧州ではポーランド人がまぬけ、スコットランド人がけちといったイメージだが、日本人にはピンとこない。日本人は経済や文化にキャラがあるのでそのジョークになる。ハイテクや高性能の車がらみのイメージで今も出てくる。で、中国の製品がすぐ壊れるのが落ちになる。

もちろん存在感が増している結果、中国人の登場するジョークは増えている。昔はげてもの食いの中国人、自転車好きの中国人といった扱いだったが、最近は金持ちキャラが多い。日本人も過労死や「銭ゲバ」に直結するような登場の仕方から変わってきた。日本の経済力が相対的に小さくなり存在感が薄れ、中国人に取って代わられている面もある。

──日本人についてのポジティブジョークもある?

技術大国だけではなく、アニメや映画、ゲームといった文化的な部分にイメージが膨らんでいる。相対的に経済アニマルというより、いろいろなジャパニーズクールの文化的なものが思い浮かぶというジョークが増えている。ただ世界的には、政治風刺が多い。

──一押しのジョークは?

冒頭に収録した「ウソ発見器」はどうだろうか。

(前略)はじめに習近平が装置に座って言った。

「私はいつも考えています。中国だけではなく世界中が豊かになればいいと」

「ビー、ビー、ビー」

次に安倍が装置に座って言った。

「私はいつも考えています。日本と北朝鮮が良き友人になれればいいと」

「ビー、ビー、ビー」

最後にトランプが装置に座って言った。

「私はいつも考えています」

「ビー、ビー、ビー」

トランプ大統領はネタとしてジョークにしやすいので、ツイッターはじめ盛り上がっている。前任のオバマ氏はいじりづらかった。人種的なことになると、ただの差別的なものになってしまうし。そこの線引きは難しい。政治家批判を悪口的にするのではなくて、風刺として笑ってしまおうというのが、世界の大人の良識としてしかるべき形なのだろう。

ジョークにして笑いにするのが大人のマナーでは

──欧米人はジョークに長けている?


小さいときから、家庭の中でちょっとしたジョークで笑うという文化が身に付いている。最近の日本のSNSを見ていると、毎日大げんかしている。罵詈雑言の醜さを知り、ジョークにして笑いにするのが大人のマナーではないか。

──ジョークの達人になるには。

僕自身、ルーマニアに行くまでピンとこないところがあった。だが、現地で実際に聞くと笑える。日本で聞くものは、はっきりいうと、翻訳が硬くて悪い。笑いはすごく微妙なもので、助詞一つの違いでがらっと変わり、改行一つで笑いにいちばん大事な間ができる。そこまでしっかりこだわって訳すこと、書くことを心掛けている。

欧米ではマナーとして、ジョークが滑っていても、つまんないと言わない。だから言いやすい。日本人は厳しくて、滑っているとか、寒いとか、聞いたことがあるとか、言いがちだ。ジョークを楽しむうえでも、環境や気質の違いがある気がしてならない。