ソフトバンク・川原弘之【写真:福谷佑介】

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今宮健太と同期の2009年ドラフト2位指名・川原弘之

 眠れる大器が、2018年、ついに覚醒するか。 

 球春到来となる2月1日のキャンプインまで、あと10日ほど。各球団の選手たちは自主トレに励み、己の体を徹底的にいじめている。各々の肉体を強化し、課題に取り組む。キャンプで監督はじめ首脳陣に存分にアピールするためには、この時期の取り組みが重要となる。 

 2017年、2年ぶりの日本一に輝いたソフトバンク。2年連続日本一に挑む権利を唯一有しているこのチームでは、どこよりも内部競争が激しい。1軍候補の名前を挙げるだけでも、28人の登録枠が2つ出来そうなほど。その中にあって、大化けするかもしれない予感を漂わせる1人の左腕がいる。プロ9年目の育成選手、川原弘之だ。 

 福岡大附属大濠高校から2009年ドラフト2位でソフトバンクへと入団した川原。この年のドラフト1位は、今や球界NO1遊撃手の呼び声も高い今宮健太だった。翌年のドラフト2位が、球界屈指の外野手に成長した柳田悠岐。川原は今宮と同じ1991年生まれである。 

 川原弘之の名が脚光を浴びたのは、2012年のことだ。前年に自己最速の154キロを記録し、着実に成長を遂げ迎えたプロ3年目。初の1軍昇格を果たしてデビューを飾ると、7月28日のウエスタン・リーグ中日戦(下関)で当時の日本人左腕最速記録となる158キロを記録したのだ。その時は、将来を嘱望される大器だと騒がれた。 

158キロ記録も、2015年には左肩、左肘を相次いで手術

 だが、ここから川原の名を目にすることは、ほとんどなくなった。左肩の故障に苦しみ、2015年3月には左肩を手術。さらに、その年のオフには左肘内側側副靱帯再建術、いわゆるトミー・ジョン手術を受けた。そこからは長く苦しいリハビリの日々。2015年オフには支配下契約を解かれて育成契約となり、「26」だった背番号は3桁の「122」になった。実戦復帰を遂げたのは、最後の実戦登板からなんと2年8か月後。2017年6月10日。3軍練習試合の楽天戦でようやくマウンドに立つことが出来た。 

 苦闘の日々を送ってきた左腕は、来季も育成契約でソフトバンクに留まることが決まると、プロ9年目を迎えるにあたり、1つの挑戦に踏み出した。それが、1歳下である千賀滉大、そして昨季ブレイクを果たした石川柊太が行なっている自主トレへの参加だった。 

 この自主トレは「コウノエスポーツアカデミー」代表の鴻江寿治トレーナーが主催するトレーニング合宿で、千賀、石川だけでなく、中日の吉見一起や楽天の美馬学、オリックスの松葉貴大、DeNAの今永昇太、そしてソフトボールの上野由岐子らも参加している。投球フォームを映像で分析し、鴻江トレーナーの独自の理論により、それぞれの身体的特徴に合わせたフォームなどを作り上げる1週間ほどの合宿となっている。 
  
 千賀はプロ1年目のオフから、ここでの指導も取り入れながらフォームを作り上げていき、今では侍ジャパンとしてWBCに出場する球界屈指の投手へと成長を遂げた。石川は昨オフが初参加だったが、わずか1週間ほどの経験が2017年シーズンの飛躍に繋がった。 
  
 そして川原だ。千賀、石川の自主トレが報道陣に公開された1月20日、川原もまた2人と同様にマウンドの周りに置かれたカメラとモニターの前で投球練習を繰り返した。フォームを確かめるように、1球1球、丁寧に腕を振った。これまでと比べると、幾分、腕が出てくる高さは低くなった印象だ。だが、そこから糸を引くような真っ直ぐがキャッチャーのミットに収まっていった。 

千賀、石川を飛躍させた合宿に初参加「考え方が180度変わりました」

「考え方が、今まで考えていたことと180度変わりました。新鮮でした」。7日間の合宿を振り返った川原の表情は、自然と綻んでいた。それほどの手応えを得ることが出来たのだろう。「今までは胸を張って投げようとしていたんですが、それを逆に胸を前でまとめて投げるとか、今までは後ろに体重を残して投げようとしていたんですけど、言い方は悪いですけど突っ込んで投げるようにとか、今までの考え方とは違うものでした」。 

 これまでの川原はテークバックを大きく取り、重心を軸足に残すことを意識して投げていたという。これが左肩への大きな負担にもなっていた。だが、この合宿で指摘されたのは、全くの真逆のこと。胸は張らずに、むしろまとめる意識。テークバックは小さく、フォーム自体は小ぢんまりとした印象だ。それでも、川原自身「ボールもすごく変わったと思います。今までは真っスラ系が多かったんですけど、真っシュー系というか、伸びるような軌道になってきたんで、それは力が伝わってきているのかなと思います。これまでは左腕を体の後ろに引くくらいで投げていたんですけど、前でまとめて投げるようになって負担も変わってきました」と明らかな変化を感じていた。 

 自主トレ終了後に報道陣の取材に応じた千賀も、その中で「美馬さんはすごいなと思ったのと、今永はやっぱりすごいと思いました。あと川原さん」「1番凄かったのは川原さんかな、皆さんも見たと思いますけど」と、何度か川原の名前を挙げていた。昨オフには、石川の飛躍を予想していた鴻江トレーナーも「川原くんはすごくよかった。去年は石川がブレイクすると言いましたけど、今年は川原くんが出てくる。間違いないと思います」と大絶賛していた。 

「今は肩の不安は全くないですね。12月まではキャッチボールもしてなかったんですけど。まずは怪我がないように。怪我がない年がなかったので、怪我なく1年やれれば、結果は出るかなと」。まず目指すは支配下への復帰。でも、もしかすると、それを遥かに超越する飛躍の年になるかもしれない。大きな期待を集めながら、8年間、その花は開かなかった川原弘之。9年目の2018年は、大きな転機の年になるかもしれない。 (福谷佑介 / Yusuke Fukutani)