フィレンツェ生まれのパネライが受け継ぐ「イタリアの誇り」

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かつては世界中に時計産業が存在していた。フィレンツェもそのひとつ。この地はかつて科学技術の最先端であり、その誇りを「パネライ」が受け継ぐ。

フィレンツェの時計メーカー「パネライ」といえば、イタリア海軍の特殊潜水部隊のためのミッションウォッチをつくっていたことで有名だ。しかしその以前から、精密機器を製造して、軍に納品していたという歴史がある。

”観光都市”というイメージが強いフィレンツェだが、実はイタリア屈指の工業都市でもあるのだ。

15世紀のルネサンス運動の中核都市だったフィレンツェには、レオナルド・ダ・ヴィンチやガリレオ・ガリレイのような多くの芸術家や学者などが集まり、最先端の研究が進められた。そして現在でも、フィレンツェの国立工業専門学校はイタリア最大規模を誇り、約1800の職種に対応するという。このようなバックボーンの中から、パネライは生まれたのである。

現代のパネライは、フィレンツェの歴史的な工業遺産を守る活動を進めている。

フィレンツェのシンボルであるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂にあった大時計は、1443年に製作され、世界でも珍しい「古イタリア時間」を表示する。これは日没時間を起点にして一日を24等分する方式で、日没時間の変化に合わせて常に調整を行う必要があるというものだった。しかし数百年という歴史の中で、パーツは破損してしまい、動作も不安定だった。そのためこの時計をパネライが修復したのだ。

このプロジェクトを指揮したのが、かつてパネライの復興に死力を尽くしたウーゴ・パンカーニ。彼はフィレンツェの工業専門学校の教授でもあり、工業都市フィレンツェの伝統を受け継ぐ人物でもあった。


時計修復を行うウーゴ・パンカーニ教授。フィレンツェに伝わる精密機器製造の文化を大切に守っている人物だ

さらにパネライでは、この地で活躍したガリレオ・ガリレイへのオマージュを込めた天文時計「パネライ ジュピテリウム」も制作した。

実はガリレオ・ガリレイが発見した振り子の等時性こそが、機械式時計技術の礎となっている。パネライは彼の功績を称えるとともに、フィレンツェという街で培われた工業技術も表現している。


「パネライ ジュピテリウム」は、2010年に発表された。世界に3台しか存在しない貴重な天文時計。

かつての時計は、天文学、物理学、材料工学など、さまざまな学問を収めた学者によってつくられた叡智の結晶だった。フィレンツェでパネライという時計ブランドが生まれたのは、ここが世界の冠たる最先端都市であった証しでもあるのだ。