長すぎる助走期間を過ごしたディミトロフの初優勝なるか

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この大会に第4シードで出場しているアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)が台頭するまで、次のナンバーワン候補と言えば、グリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)の名前を上げる人が多かった。早くから「ベイビー・フェデラー」の異名をもらい、才能を注目されていた。

昨年、「Nitto ATPファイナルズ」で優勝、ランキングでは自己最高の3位に躍進した。ただ、とてつもないタレントと見られていただけに、26歳でのブレークは、やや遅すぎた。

2014年に初めて世界ランキング・トップ10入りを果たしたが、2015、2016年と失速。ナンバーワン候補に黄信号がともり始めた。17年は、スタートは快調だった。1月の「ブリスベン国際」で錦織圭(日本/日清食品)を決勝で破って優勝、続く「全豪オープン」でもベスト4と快調に走り、いよいよブレークかと期待が高まった。ところが「ウィンブルドン」ではロジャー・フェデラー(スイス)に4回戦で完敗。さらに「全米オープン」では当時19歳のアンドレイ・ルブレフ(ロシア)に2回戦で完敗した。

この大会でルブレフは、ディミトロフと同世代のダビド・ゴファン(ベルギー)も倒し、四大大会初の8強入りを果たす。ディミトロフ世代はこのまま「Next Gen」に追い越されてしまうのか、そんな観測も漂い始めた。

だが、ディミトロフはシーズン終盤に巻き返し、ツアー最終戦初優勝という最高の形で17年を締めくくった。19日の3回戦で、「全米オープン」で苦杯をなめたルブレフとの再戦が実現した。

ディミトロフにとっては、15本のダブルフォールトをおかす、不出来な試合。強打のルブレフにセカンドサーブを狙われ、セカンドサーブ時のポイント獲得率は38%にとどまった。特に第2セットはルブレフが強打を続け、ディミトロフはスライスでしのぐのが精一杯という場面も多かった。

それでも、フォアハンドだけでも30本のアンフォーストエラーをおかしたルブレフの粗さにつけ込み、6-3、4-6、6-4、6-4と勝利を収めた。リベンジと言ったら、実績ではるかに格上のディミトロフに失礼だろう。きっちり借りを返したと言うべきか。

気温40度に迫る猛暑でのプレーとなったが、暑さは少しも怖くなかったという。「ブルガリアにいた子供の頃はもっと暑くて乾燥していた。だから母国でプレーしているような気分だったよ」と軽口を叩く余裕もあった。「4、5年前とはメンタリティの面でまったく違う。体調を保つことも、ショットのことも、チェンジエンドの時間の使い方も、全部がうまく働いた」。優勝候補に挙げられる第3シードは、満足そうにうなずいた。

四大大会デビューは09年、グランドスラムでプレーするのはちょうど30大会目となる。本人がどうとらえているかは別として、長すぎる助走期間ではあった。もし栄冠を手にすれば、ゴラン・イバニセビッチ(クロアチア)の48大会目、スタン・ワウリンカ(スイス)の36大会目などに次いで、オープン化(プロ解禁)以降4番目に時間が掛かった四大大会初優勝となる。

(秋山英宏)

※写真は「全豪オープン」でルブレフを破ったディミトロフ
(Photo by Mark Kolbe/Getty Images)