「フムス論争」を引き起こしたアメリカの著名な女性シェフ、レイチェル・レイのツイート(画像は、当該ツイートのキャプチャー画面です)

アメリカのトランプ大統領が、エルサレムをイスラエルの首都と認定し、パレスチナが強く反発。緊張が高まるなか昨年暮れ、イスラエルとアラブ諸国の間で別の論争が起きていた。

その名も、「フムス論争」だ。

「フムス論争」勃発!そもそもフムスとは

ことの発端は、テレビ番組などで人気のアメリカの著名な女性シェフ、レイチェル・レイがツイッターに投稿した、とある書き込み。

「ホリデーのご馳走の目玉――イスラエルの宴」と題して、ビーツやナスとドライトマトのディップ、ぶどうの葉の詰め物などとともに、“フムス”と呼ばれる1品を掲載したところ、SNS上で大論争が巻き起こってしまったのである。

いったい、なぜこれが大論争勃発につながったのか? その理由は実に根深い。

そもそも、フムスとはどんな料理なのか。最近は、日本でも輸入食材店やデパ地下などで手に入れることもできるようになったが、フムスとは中東で広く食べられているひよこ豆をペースト状にした伝統料理だ。

ゆでたひよこ豆に、タヒニと呼ばれる練り胡麻とにんにく、オリーブオイル、レモン汁などを加えてすり潰した前菜で、ピタと呼ばれる薄いパンにつけるなどして食べる。ビーツやパプリカ、アボカドなどを加えて色鮮やかにアレンジしたものも人気となっている。

アメリカではフムスをラップサンドやトルティーヤの具として使ったり、その豊富な栄養価から、ハリウッド映画で人気女優がホルモンバランスを保つために食べるシーンが話題になったりなど、今やスーパーフードとしても、もてはやされている。

有名女性シェフのツイートをきっかけに

そんなフムスをめぐって今、争っているのが、ほかでもない中東のイスラエルとアラブ諸国なのだ。先述のアメリカの女性シェフ、レイチェルが、フムスなど中東のさまざまな前菜の写真を撮ってツイートした際に、「イスラエルの宴」と書いたことでアラブ諸国の人々から大反発の声が上がったのだ。ツイッター上には、主にパレスチナ人からこのような抗議の書き込みが怒涛のごとく相次いだ。


「おかしいわね、だって私のパレスチナとシリア系の祖父母はイスラエル建国以前からフムスなどを作っていたわ……」


「ちゃんと勉強してくれ。フムスはアラブ料理であり、パレスチナ料理であり、1948年(イスラエル建国の年)以前から存在してきたんだ! まだ間違いを認めて謝るのに遅くはないぞ」


「ばかげてる。これは“文化抹消行為”だ。フムスはイスラエル料理ではない、アラブ料理(レバノン、パレスチナ、シリア、ヨルダン)なのだ。イスラエル人たちはまず土地を奪い、民族浄化をした。そして今や、料理や文化まで自分たちのものだと主張をしてきはじめた!」

たっぷりの皮肉を込めて、このような書き込みまで。

「イスラエルの宴のために。かの有名なイスラエル名物、ハンバーガーとフライドポテト、それにアップルパイだよ」


皮肉の意を表明するツイートがあふれる

明らかにイスラエル発祥の料理ではない写真を載せて、皮肉の意を表明するツイートが続出。


「クレイジー! 僕も今イスラエル料理を食べているよ!」とパスタやピザの画像がアップされたかと思えば――


「ワオ! 僕もイスラエル料理で晩餐さ。チーズと、かの有名なイスラエルの赤ワイン“シャトー・パプ・クレマン”だよ(=フランスの有名なワイン銘柄)」

フランス産の赤ワインを“イスラエルの赤ワイン”と評して、フランス産チーズの写真と共にツイート。ほかにもこんなツイートが見受けられた。

今夜は私もイスラエル料理を


「私もイスラエル料理を今夜は楽しんでるわ。春巻きとギョーザよ」

「うーん、オーセンティックなイスラエルの春巻き、おいしそうだ! 察するに“占領”テイストがするんじゃないか? 味付けに、少し“民族浄化”風味も加えたらどうだろう?」

「明日のレシピは、イスラエルのタコス、イスラエルのすしに、イスラエルのティッカマサラ(インド料理)だよ」


あらゆる国の伝統料理を、イスラエルのものとして揶揄する書き込みまで見られている。

パレスチナ系コメディアンがSNSに風刺動画

さらには、パレスチナ系の有名コメディアンが、自身のFacebookページに「パレスチナのフムスの作り方を教えよう(イスラエルのフムスもね)」と題した動画を投稿。その中で彼は、正しい“パレスチナのフムス”の作り方を実演してみせたうえで、最後にこう皮肉るのだ。

「さあ、今から“イスラエル風”フムスの作り方を教えよう! これはもっと簡単だ。まず、パレスチナのフムスを作ったパレスチナ人を見つけよう。そして、彼を家から追い出して、こう言うだけさ。『これがイスラエルのフムスだよ』」

この動画は45万回以上も再生され、1万以上の「いいね!」がついてあっという間に拡散されることとなった。

パレスチナ系コメディアンが投稿した『フムスの作り方』動画 AmerZahr氏のFacebookページから引用

もはや、少し悪ノリに拍車がかかってしまって止まらなくなっている感じも否めないが、それだけパレスチナをはじめアラブ諸国の人たちにとって、フムスとは愛すべき伝統的な“母の味”なのだろう。そして、エルサレムをめぐる一連の問題で、情勢が不安定化するなか、「土地だけでなく料理まで盗むのか!」という心理に陥ってしまったという状況だ。

対するイスラエル人も黙ってはいない。早速、ツイッター上には反撃の声が相次ぐ。

「頼むよ、ジョークのツイートだと言っておくれ。さもなくば、アラブ人がイスラエルのテクノロジーを使うときそれは“文化的抹消”となるのかい? あなたはインスタントメッセージ機能を使う? Waze(イスラエル発のナビゲーションアプリなどを手掛ける有名なスタートアップ)を使うか? もし使うなら、どうぞやめてくれ」


「僕が考えるより、一部の人たちはフムスをシリアスにとらえているようだ」


「まあ落ち着いてくれ。たかがフムスじゃないか」


一連のツイートの嵐は、メディアにも大きく取り上げられた。「フムスをめぐるツイッター上での戦争」「フードファイト! 敵はイスラエルがフムスを盗んだと言っているぞ」など挑戦的なタイトルで、イスラエル・パレスチナ側双方のメディアが相次いで報じる事態となっている。

フムスをめぐる論争は根深い

そもそも、フムスをめぐる対立は今に始まったことではない。

フムスの量でギネス世界記録を目指して、2010年にはイスラエル人のシェフたちが集結して4087キロもの巨大なフムスを作った。大きな皿が見当たらなかったため、直径6メートルもの衛星通信用のパラボラアンテナを皿に見立てて盛り付けられるという珍エピソード付きだが、実は、その数カ月前には、ライバルのレバノンが世界記録を達したばかり。

フムスはアラブ発祥だと主張するレバノンは、イスラエル側に記録が塗り替えられたことを受けて、その後すぐにギネスの座奪回に着手するなど、その巨大さでしのぎを削る競争が続いてきた。また、過去の歴史書や聖書、さらには13世紀の料理本までをも引用して、フムスがいつの時代からどこで食されてきたのか、識者を巻き込みその起源を解明しようと双方が異なる主張を繰り広げてきている。

ちなみに、筆者のガザ地区に住むパレスチナ人の友人夫妻に、今回のフムス騒動についての見解を聞いたところ、「フムスはパレスチナの、つまりアラブの料理です」と返ってきた。パレスチナとイスラエルの友好を願い、和平を進めるために国際機関で働く彼でさえ、“フムス発祥の地”に強いこだわりがあるようで、たかがフムス、されどフムス――この問題の根深さが垣間見える。

フムスを和平実現への動きにも

そんななか、“救いの光”も見える。フムスを政争の具にするのではなく、平和的に活用しようではないか、という動きもあるのだ。イスラエルでフムスを提供するレストランのユダヤ人オーナーは、ユダヤ人とアラブ人が同じテーブルに座った場合、料金を半額にするというユニークなキャンペーンを行った。

オーナーは、「私たちにとっては、アラブ人もユダヤ人も関係ありません。同じ“人間”です。あなたがアラブ人、ユダヤ人、キリスト教徒、その他どんな人種でも、フムス料理のおかわりが無料です。さらに特別に、ユダヤ人とアラブ人が一緒に座っているテーブルでは、フムス料理が半額になります!」と、レストランのFacebookページ上に投稿し、中東のメディアだけでなく、アメリカCNNやフランスAFP通信なども大きく報じた。

その動きは中東のみならず、去年9月には南米アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスでは現地に住むユダヤ人とイスラム教徒などが一堂に会して、あるイベントが開かれた。その名も「第1回“フムス”ワールドチャンピオンシップ」。約300人が参加し、「戦争ではなく、フムスを作ろう」や「“紛争”を輸入する代わりに、われわれは“共存”を輸出しよう」などをスローガンに、おいしいフムスレシピの腕前を競った。

結果、イスラム教徒の主婦が作るフムスが優勝したが、コンテストの趣旨はあくまで“競争”ではなく、“共存”。つまり、宗教関係なく、1つの場所に集まり、その起源を争うことなくおいしくフムスをいただくというのが目的だ。同じようなイベントはワシントンでも行われており、「フムスを広めよう、ヘイトではなく」をスローガンに、やはりユダヤ教徒とイスラム教徒が集ってピタパンやフムスが振る舞われた。

年の瀬のホリデーディナーのツイートをきっかけに、すっかり(その起源をめぐる)民族間論争に火がついてしまったひよこ豆のペースト、フムス。世界中で多様な民族から愛される、スパイシーで滑らかなその伝統料理が中東和平のささやかなシンボルになる日が訪れるのか。