子宮頸がんワクチンは性交渉が始まる前に接種をするのが望ましい(depositphotos.com)

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 厚生労働省は昨年12月22日、「子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)」に関する国民の向けの情報提供パンフレットの改訂版に関する方針を示した。

 改定パンフレットの内容は、合同開催の「第32回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会」「平成29年度第10回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会」の中で議論された。

 パンフレットの素案には、接種勧奨中止の原因となった接種後の疼痛、しびれなどの慢性的な症状について、「機能性身体症状であると考えられています」を記述。

 因果関係についても「『接種後1カ月以上経過してから発症している人は、接種との因果関係を疑う根拠に乏しい』と専門家によって評価されています」として、「HPVワクチン接種歴のない方においても、HPVワクチン接種後に報告されている症状と同様の『多様な症状』を有する方が一定数存在したことが明らかとなっています」と否定的な表現を新たに盛り込んだ。

 子宮頸がんワクチンの安全性を示す内容となった新パンフレット。その牽引役のひとつとなったのは、昨年(2017年)11月に世界的な科学論文誌・英『ネイチャー』などが主宰する「ジョン・マドックス賞」を医師でジャーナリストの村中璃子氏が受賞したニュース。

 この賞は、22年間『ネイチャー』誌の編集長を務めたジョン・マドックス氏を記念して創設されたものだ。公共の利益に関わる問題について、健全な科学とエビデンスを広めるために、障害や敵意にさらされながらも貢献した科学者や、ジャーナリストに贈られる。

 今回の村中氏の受賞は、「子宮頸がんワクチンの安全性」について積極的に発信してきた功績を認められたものだ。世界25カ国95人の候補者から選ばれた。

 <科学界のピューリッツァー賞>ともたとえられる賞を日本人で始めて受けたことは、本来、報道価値がとても高いはずだ。しかしこの快挙は当初、大手メディアからほぼ<黙殺>された。その事実に関してネットメディアやSNSでは連日多くの批判や議論が巻き起こった。

 12月1日にいち早く『東洋経済オンライン』がWebに記事を掲載。続いて2日に『産経新聞』と『北海道新聞』が紙面で報じたものの、その後はいくつかのWebメディアが取り上げられるのみ。テレビでの報道は、調べた限りではゼロだ。

 その後12月18日に厚生労働省内で村中璃子氏の記者会見が行われると、ようやく各紙が動き始めた。

 「子宮頸がんワクチンの安全性発信、村中医師が受賞」(12月18日:朝日新聞デジタル)、「子宮頸がんワクチン推奨議論『再開の機運に』 安全性検証記事で英科学誌が賞」(12月19日:東京新聞朝刊)、「村中璃子さんに『ネイチャー』関連の賞」(12月20日:読売新聞夕刊)と記事が続いた。

 さらに21日の毎日新聞東京朝刊には論壇人の板村健氏が「『常識』を問い直す受賞」と題するコラムを寄せている。

 村中氏はこうした流れについて自身のTwitterで「紙で東京新聞が報じ、オンラインでも朝日が報じると本格的に世論が動き始めた感じがする」と書き込んでいる。

国際的には子宮頸がんワクチンの有効性に関する議論は決着

 なぜこれほどまでに「報道しない自由」が行使されてきたのか?

 背景にはここ数年大手メディアが、子宮頸がんワクチンの「利益や安全性」を取り上げずに、「薬害のリスク」ばかりをクロースアップしてきた経緯があるのではないだろうか。

 子宮頸がんは主にウイルス感染によって引き起こされるとされ、日本では2011年に子宮頸がんワクチンの公的補助を開始。さらに2013年4月には、小学6年から高校1年までの女子を対象にした定期接種となった。

 ところが、ワクチンを打った少女の親たちから、けいれんや記憶力低下など神経の異常を思わせる症状が始まったとの訴えが相次ぎ、国はわずか2カ月で積極的な接種の推奨を見合わせた。薬害問題は国や製薬会社を相手どった訴訟にまで発展した。

 一方で多くの専門家は、訴えのある副作用の中には「ワクチン接種によって起きたとは考えにくいものが含まれている」とする。そして、ワクチンがそれらの症状の原因だという科学的なエビデンスは、未だに見つかっていない。

 諸外国では安全性と効果が確立され、国際的には子宮頸がんワクチンの有効性に関する議論は決着している。にもかかわらず4年以上たった今も、日本ではワクチン接種の見合わせは継続されたままだ。

 こうした副作用問題の一因として「報道バランスの悪さ」を指摘するのが、帝京大学ちば総合医療センターの医師・津田健司氏だ。津田氏は昨年、子宮頸がんに関する新聞報道を検証する論文をアメリカの感染症学会の専門誌に投稿し掲載されている。

ある時を境に「リスク報道」ばかりに......

 津田氏らは、2011年1月〜2015年12月まで、大手全国紙5紙(読売、朝日、毎日、日経、産経)に掲載された子宮頸がんワクチンに関する記事をすべて抽出。それを2人の医師が別々に読み「ポジティブ」「中立」「ネガティブ」で評価した。また、有効性や有害現象に関するキーワードや、WHOなど専門家機構からの提言が含まれている記事を分類した。

 その結果、当初はどの媒体もワクチンの予防効果を「ポジティブ」に報道していた。しかし2013年3月を境に、ポジティブと評価された報道がほとんどなくなり、「ネガティブ」もしくは「中立」の記事ばかりになる。がん予防の効果についての報道が減り、副作用などのリスクを取り上げる記事が圧倒的多数を占めるようになったという。

 「潮目」を変えたのは、ある全国紙が大きく報じた東京都内の女子中学生の記事だと、津田氏は考えている。ワクチン接種後に、腕や脚、背中が腫れて痛み入院。後に通学できるようになったが、割り算ができないなどの症状が残っているというものだ。

 この記事を契機に副作用を問題視する記事が次々と報道され、副作用を訴える声は、全国各地に広がっていくことになる。

 「ワクチン接種の有効性を証明するエビデンス(証拠)は積みあがっており、WHOからも接種を再開すべきだと提言がでています。これはまったくといっていいくらい報道されていない」。2016年12月6日付けBuzzFeed News「『救えるはずの患者を救えない』 子宮頸がんワクチン副作用『問題』はなぜ起きた?」で、津田氏はこう警鐘を鳴らしている。

このままでは10万の子宮が失われる

 日本では一時約70%に上っていた子宮頚がんワクチンの接種率が、現在は約1%未満まで低下している。その陰で、年間2万7000〜2万8000人が子宮頸がんと診断され、約3000人が亡くなっている。子宮頸がんワクチンの摂取率の著しい低下は、本来救えるはずだった命が救えないことも意味する。

 現在ワクチンによる副作用を訴え、苦しむ患者を救済していくことは必要だ。しかし子宮頸がんワクチンの接種を推し進めても、その患者たちを切り捨てることにはならない。公共の福祉に大きく影響する問題は「感情」ではなく「科学」をもって扱われるべきだという、当たり前のことにすぎない。

 村中璃子氏は自身のWebサイトで、ジョン・マドックス賞受賞スピーチ全文「10万個の子宮」を公開。この中で氏は、日本における国家賠償請求訴訟が終わるまでの10年間で、子宮頸がんによって10万個の子宮が失われるかもしれない現状を訴えている。

 子宮頸がんワクチンの有効性を持って、親や子ども達の不安を取り除き、正しい理解を促すための取り組みが急がれる。その意味でも公平な報道は必須だ。

 当サイトでは、シリーズ「中村祐輔のシカゴ便り」第18回で「子宮頸がんワクチン報道でわかる<メディアの愚> 欠如する「公共の福祉」の観点」と題して、子宮頸がんワクチンの有効性について言及した。

 しかし、村中璃子氏が「ジョン・マドックス賞」を受賞したことについては、今回、初めて報じることになる。

 前出の津田健司氏の指摘を、当サイトも含めすべてのメディアが重く受け止めなければいけない。今回の村中氏の受賞が大手メディアに取り上げられ始めたことが、新たな議論を進めるためのきっかけになることを期待したい。
(文=編集部)