パートやアルバイトというような非正規雇用が増え続けている現代。いわゆるフリーターと呼ばれているアルバイトやパート以外に、女性に多いのが派遣社員という働き方。「派遣社員」とは、派遣会社が雇用主となり、派遣先に就業に行く契約となり派遣先となる職種や業種もバラバラです。そのため、思ってもいないトラブルも起きがち。

自ら望んで正社員ではなく、非正規雇用を選んでいる場合もありますが、だいたいは正社員の職に就けなかったため仕方なくというケース。しかし、派遣社員のままずるずると30代、40代を迎えている女性も少なくありません。

出られるようで、出られない派遣スパイラル。派遣から正社員へとステップアップできずに、ずるずると職場を渡り歩いている「Tightrope walking(綱渡り)」ならぬ「Tightrope working」と言える派遣女子たち。「どうして正社員になれないのか」「なぜ派遣を選んでいるのか」を、彼女たちの証言から検証していこうと思います。

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今回は、都内で派遣社員として働いている松浦由美さん(仮名・30歳)にお話を伺いました。黒髪のロングヘアを無造作にアップスタイルにし、白いVネックカットソーの上には流行りのキャメル色のロングカーディガンを羽織っています。細身デニムにローヒールのパンプスを合わせて、A4サイズが入る大きめのトートバッグを提げていました。

「4月からの就職を目指して、就活中なんです」と語る由美さん。現在は、調布市にある実家でサラリーマンの父とボランティアで地域の清掃業を行なっている母と、7歳年下の妹と住んでいます。

「去年、大学を卒業した妹は食品メーカーに就職したんです。正社員なので、私との生涯賃金がますます広がっていくなって思いました」

彼女が大学を卒業したのは2011年。大卒の就職率が低い年でした。

「本当、妹と比べると87年生まれは運が悪いんです」

由美さんは、中学までは学年でもトップクラスの成績でした。

「暗記物が得意だったので、歴史が好きでした。私立の進学校にも合格ができそうな成績だったのですが、下に妹がいたので都立に行きました」

高校は、自転車で通学できる中堅校に進学しました。

「中高と卓球部に所属していました。父親も卓球経験者だったので、子供の頃から卓球場で練習していたんです。放課後の時間つぶし程度で、あまり強くはなかったですが、気晴らしにはなりましたね」

大学受験の勉強は独学で行ない、入試前だけ集中講座に通いました。

「高校の授業を聞いているだけでは、大学受験は難しそうな雰囲気でした。2年生になると、周りは塾や予備校に通い始めていましたが、私は自己流で勉強していました」

高校時代の学校の成績は、体育など苦手な科目があったために良くなかったそう。推薦を狙わず、一般受験で大学入試を受けます。

「周りは5〜6校併願していましたが、お金がもったいないって感じて。自分は本命と、第二志望と滑り止めの3校でいいって決めました」

文系の学部なら、学科はとくに「国文科」でも「英文科」でも良かったと言います。

「大学によって国文科と英文科を受けました。受かると思っていた第二志望に落ちたんです。なぜかその年だけ、国文科の倍率が高くて。英文科にしておけば受かっていたかもしれないのに……」

負けず嫌いの性格がたたって、浪人する羽目に

どうしても行きたい大学があったので、両親に浪人を許してもらいます。

「滑り止めの大学には行きたくないって思ったんです。“浪人はしてもらいたくない”と親からは説得されたのですが、バイトをしながら勉強すると言って浪人を許してもらいました」

妹とは、今も同じ部屋をパーテーションで区切って生活をしています。

「私が浪人している間、妹はまだ全然勉強の大変さとかわかっていなかったんですよ。実家のマンションは、1つの部屋を妹と2人で使っていたので、妹が大きな音で音楽を聴いたりするのでイライラしていました」

ある時、妹と物を投げあうような大喧嘩をしてしまいます。

「些細なことだったのですが、私はもう高校を卒業しているので、掃除や洗濯など家のことも自分でやるように母親から言われていたんです。勉強しなきゃいけないプレッシャーもあるのに、妹は友達と遊んで帰ってきて、洗濯物も放り投げて親に“やっといて”で済むのに腹が立ちました」

この時、母親が妹の味方をしたために、家庭内で孤立してしまいます。

「必要以上は会話しなくなりました。私だって浪人という身分で辛いのに、“来年こそは受かってよ”ばかり言われて、悔しくて。合格したら家を出るって思いました」

1年間の浪人の末、見事、志望大学に合格します。

「第一志望の共学に行きたかったのですが、偏差値で見れば悪くない女子大に進学しました。英文科だったので、英語で自国の紹介ができるくらいはスピーチもできるようにしようと頑張りました」

しかし、大学入学と同時に学生寮に入居しますが、1年で実家に戻ります。

「仕送りが足りない分は、バイトを掛け持ちしていたんです。コンビニバイトと居酒屋での接客業と昼夜関係なく働いていたら、食事もおろそかになって駅で倒れてしまったんです。病院に行ったら栄養失調と診断されました。結局、無理がたたって1年で実家に戻りました」

大学生の頃は、ポテトチップスを食事代わりにして空腹を満たしていた。

浪人してまで進学した大学なのに、就職できない!?正規雇用の経験がないまま派遣生活へ〜その2〜に続きます。