キャリアも幸せな結婚も、そして美貌も。

女が望む全てのものを手にし、したたかに生きる女たちがいる。

それは、東京の恋愛市場においてトップクラスに君臨する女子アナたちだ。

清純という仮面をかぶりながら、密かに野心を燃やす彼女たち。それは計算なのか、天然なのか。

そして彼女たちはどうやって、全てのモノを手にしようとするのだろう…?

局の絶対的エース橘花凛と同期でありながら、地味枠採用の田口レミ。花凛への嫉妬から大物政治家・幸一郎を狙うものの、逆に花凛から仕掛けられたトラップにはまってしまう。

そんな中、航平からフリー転向話を持ちかけられるが...




航平からフリー転向の話を持ちかけられて以来、私は迷っていた。

このまま会社を辞め、フリーになるのか。それとも辞めずに、局アナとして生きるのか。

どちらを選べば幸せになれるのか、私には分からない。ただ一つ言えるのは、この選択が、今後の自分の人生を大きく変える、ということだけだった。

-返事は、急がないから。

航平はそう言ってくれたが、スキャンダル発覚以降、私の社内での信用は日々失われるばかりだ。

善は急げと言うけれど、辞めたところですぐに仕事が来るかどうかも分からない。もう一度、局アナとして土台を固めてからフリーになるべきなのか?それとも一度きりの人生、清水の舞台から飛び降りる覚悟で挑戦してみるべきなのか?

「もう、どうすればいいの!」

会社の廊下でそう叫びそうになった時、すっと隣に近づいてきた人物がいた。

花凛だった。

「レミちゃん、幸一郎さんの件はごめんねぇ。私、知らなくって...それより、ちょっと相談があるのぉ。」

もう、花凛と話すまい。そう決意していたのに、この潤んだ瞳を見ると、どうにも強く断れない。

「…何?どうしたの?」

精一杯ぶっきらぼうに答えてみるものの、花凛は全く気にしない様子で話を続ける。

「実はね、フリーに転向しようか迷っていて...。レミちゃん、どう思う?」


いつも人の幸せを先回りして奪う女。女子アナ達はどこへ行く?


「え...花凛も?何でこのタイミングで…」

いつも花凛はそうだ。人の幸せを、平気で横取りしていく。

実は私の方がアナウンス技術が高く、先にメイン番組を持ったのは私だった。

しかしその番組にアシスタントMCとして出ていた花凛が、いつの間にかメインMCになっていた。

大物選手への取材も、有名どころは全部花凛が持っていく。

局の上層部達も、一度花凛と一緒に飲むと皆目がハートマークになり、私を応援してくれていた人たちもいつの間にか花凛推しに変わっている。

しかも厄介なのは、男性陣は花凛の戦略的な性格に誰も気がつかないことだ。

裏で何人もの女性達が花凛に蹴落とされているのにも関わらず、男性たちは“天然で可愛い”なんて言う始末である。

「花凛“も”?ってことは、レミちゃんもフリーになるの?」

きっと、どこかで私がフリー転向を持ちかけられたと耳にしたに違いない。

「もし私がフリーになったら、CM契約を結びたいと言ってくれている会社が既に幾つかあるみたいで...でも、局にもお世話になっているし。だから、迷っているの。レミちゃん、どう思う〜?」

…また、花凛からの宣戦布告だった。




「既に何社も名乗りをあげているの?すごいね...」

そうとしか、言えなかった。

きっと花凛は、“フリーに転向しても、私には敵わないでしょ?”と言いたかったに違いない。

私がフリーになるタイミングで花凛も一緒にフリーになり、上から目線で嘲笑うのだろう。

“永遠に、トップは私”だと。

仮に私がフリーになったところでCM契約のオファーが来るなど、航平の口からは何も聞いていなかった。

その代わり、私の武器はスキャンダルだけ。

そんなことをしたら、自分を下げるだけだ。私はきっと虚しくなるだろう。

「花凛、局アナ辞めるの?」

それだけ聞くと、花凛はふふっと笑って軽やかな足取りで廊下の奥へと消えていった。

残された私の周りには、花凛の甘い残り香がまとわりついていた。


二人が下した決断。しかし予想外の展開が待ち受けていた...


カマトト女から、最後のプレゼント


その数週間後。

宣言通り、花凛のフリー転向が大々的に報じられた。上層部はあの手この手で引き止めようとしたが、花凛の意志は固く、誰も覆せなかったようだ。

フリー宣言した途端に、幾つかのCMも決まったと耳にした。

「田口、ちょっといいか。」

室長から呼び出され、思わずため息が漏れる。花凛が辞めることになったタイミングで、私のフリー転向計画が伝わってしまったのだろうか。

「実は、次の番組編成の目玉となる番組、お前にメインMCをしてもらおうかと思っているんだけど、どうだ?」

「え?私にですか?」

あまりの予想外のオファーに、頭が真っ白になる。スキャンダルがあった女子アナに、そんな仕事のオファーなど来るだろうか?

そして室長の口からの全く予想していなかった一言に、私はさらに混乱した。

「ここだけの話なんだが...上層部が花凛の辞職を呑む際に、辞めても1年間は他局に出演しない、という条件をつけた。

しかしその引き換えに提示された花凛サイドからの条件が、お前を大きな番組のメインMCに使え、ということだったらしい。」

益々、意味が分からない。一体、どうして私のキャリアを花凛が応援してくれるのだろうか?

「で、このオファー受けるか?」

「も、もちろんです!喜んで引き受けさせて頂きます。」

突然舞い降りた大きな仕事に興奮しながらも、花凛の意図が掴めずにいた。




「…と言う訳で。せっかく頂いた、素敵なオファーだったのにすみません。今回の番組のMCに抜擢されたのは、私の中でもすごく大きな意味があるから。」

目の前に座る航平は、落胆の色を隠せずにいる。

「そうだったんだ...それは残念だけど、レミちゃんが決めたことなら仕方ないね。レミちゃんの人生だし、その意思を尊重するよ。」

結局、私はフリー転向の話を断った。

年齢的にも、キャリア的にも、もう二度とこんな大手事務所からのオファーはないかもしれない。

それでも、私は局に留まる決意をした。ゴールデンタイムの番組で、メインMCができるのは私にとってまたとないチャンスだと思ったから。

「お仕事はお断りさせていただきますが、こうやってお食事にはまた行ってくださいますか?」

目の前に座る航平に尋ねると、航平はニヤリと笑った。

「もちろんだよ。ただ、本当に残念だなぁ。実はここだけの話、レミちゃんがフリーになったら使いたいって言ってくれていたプロデューサーや、CMを打診している会社が幾つかあったから。」

それは、初耳だった。航平は、どうしてもっと早く言ってくれなかったのだろうか。

しかし、もう決めたことである。今さら引き下がれない。

「でも、レミちゃんがフリーにならなくて一番安心したのは局内の人じゃなくて、花凛様だろうな。」

航平の一言に、私は思わず手が止まった。

「ど、どうして、花凛なんですか・・・?」

「え?レミちゃん、知らないの!?レミちゃんが辞めなかった場合、フリーアナウンサーのキャスティング候補枠として、次に名前が挙がっていたのが花凛だったから。

…レミちゃんにオファーが来る予定だった仕事、ごっそり持っていくんだろうなぁ。」

この時、私は初めて花凛の意図を理解した。

私を大きな番組の担当にさせ、辞めさせないことで、本来私にオファーが来るはずの仕事を根こそぎ花凛が持っていく。

スキャンダルは、時として強みになる。私たちが同じタイミングでフリーになったら、スキャンダルを美味しくいじれる私のほうが、一時的にでもキャスティングされる可能性は高い。花凛はそれを避けたかったのだろう。

花凛は、私の出世が花が咲く蕾の段階で、プチリと可憐に摘み取ったのだ。

カマトト女。

うぶなふりをして、実に計算高く生き抜く女のことを、人はそう呼ぶ。

結局、皆花凛の甘い仮面に騙され、そして手のひらで転がされている。私も、男も、そして世間も。皆、花凛の計算が見抜けない。

しかし私はきっと一生、花凛から目が離せないのであろう。

花凛に抱く、憎しみと嫉妬、そして羨望。計算高いカマトト女は、女性特有のドロリとした感情全てを、味わわせてくれる。

その感情に出会いたくないのに…。なぜか人は皆、彼女に夢中になってしまうのだ。

Fin.