2017年9月、桐生祥秀選手は100メートル走で日本新記録となる9秒98をマークした(写真:共同通信)

今年6月にデビュー40周年を迎えるサザンオールスターズを筆頭に、福山雅治やPerfumeといった人気ミュージシャンを擁する大手芸能プロダクション、アミューズ。人気の若手俳優も多く所属し、芸能プロダクションとしては数少ない東証1部上場企業だ。
そのアミューズは1月17日、陸上100メートル走で日本人初の9秒台を実現した桐生祥秀選手と4月1日よりマネジメント業務を開始すると発表した。2017年末には、エージェントとしてフランスの強豪サッカーチームであるパリ・サンジェルマンFC所属のブラジル代表、ネイマール選手とフリマアプリを展開するメルカリとのグローバルブランドアンバサダー契約を仲介。
そして、2017年6月末にスポーツビジネスに本格参入してからわずか半年ながら、バレーボールの元日本代表の竹下佳江氏やドイツ1部リーグで活躍する柳田将洋選手、2回目のマラソンで日本歴代5位の記録を出し東京オリンピックに向けて期待が集まる長距離走の大迫傑選手、平昌オリンピック日本代表に内定しているスノーボードハーフパイプの松本遥奈選手ともマネジメント契約を結んでいる。
これまでミュージシャンや俳優のマネジメントを手掛けてきたアミューズが、新規参入のスポーツ分野で目指すものは何か。欧州でのアジア人初のプロアイスホッケー選手として強豪チェコリーグなどでプレーした経験を持つ、スポーツビジネスプロジェクトのエグゼクティブプロデューサー・坂田淳二氏に聞いた。

1年のリサーチ後、2017年6月に参入

――アミューズでスポーツビジネスプロジェクトを立ち上げた経緯は?

自分が長くスポーツ畑にいた経験から、スポーツの世界に何が足りないのか、それに対してアミューズの持つ発信力、リソースを使って何ができるのか、2017年6月の本格参入発表の1年ほど前からスポーツビジネスの可能性をリサーチしてきた。アミューズは芸能プロダクションのイメージが強いので、「アスリートを芸能人、タレントにするのではないか」と思われがちだが、そうではない。

バレーボールの竹下や柳田、陸上の大迫、スノーボードの松本といったアスリートのマネジメントから始め、2017年末にはエージェントとしてネイマール選手とメルカリとのグローバルアンバサダー契約を仲介するという新しいビジネス展開を開始した。

――スポーツビジネスで何を目指しているのでしょうか?

アスリートのマネジメントだけをやりたいわけではなく、スポーツを通じてアスリートの価値、企業の価値、そして競技全体の価値を上げる仕組みを作りたいと考えている。

私自身がプロのアイスホッケー選手として海外で10年近く過ごす中で、アスリートを中心に競技全体の価値を上げ、企業の価値を上げることによって、結果としておカネも動くという経験をしてきた。このようなマネジメント、スポーツマーケティングの経験を還元していきたいと考えている。

たとえば、海外でプレーした際に最初に教えられたのは、プロスポーツのビジネスがどのように成り立っているのかということ。「なぜスポンサーがつくのか。なぜファンは見に来てくれるのか。なぜテレビで放映されるのか。ビジネスの仕組みを理解したうえで、自分がプロとしてどのようなプレーをし、どういう選手を目指すべきかを考えなさい」と。

スポンサーも「ただおカネを出してくれる存在」ととらえられがちだが、そうではない。スポンサーが何を期待してそのスポーツや選手におカネを出してくれているかを理解して、それにきちんと対価を返さなくてはいけない。基本的なことのように聞こえるかもしれないが、このようなことは当時日本では教わったことがなかった。

アミューズがマネジメント契約をしている選手は皆、「自分がどうなりたい」というより「自分を通じて競技全体をよくしたい」というブレない思いを持っている。マネジメントしている選手を通じて「競技ごとのGDP(国内総生産)」を増やし、選手が引退した後も収入を得ることができる環境をつくる。そして、彼らがやってきたこと、今やっていることを発信する仕組みを確立することも大事だと考えている。

ネイマールとメルカリとの契約を仲介したワケ

――ネイマール選手とメルカリとのグローバルブランドアンバサダー契約仲介の狙いは?


坂田淳二(さかた じゅんじ)/アイスホッケー元日本代表で、26歳でアジア人初の欧州プロアイスホッケー選手となり、強豪のチェコリーグをはじめ海外各地でプレー。現役引退後、広告エージェンシー「風とバラッド」などを経て2017年6月から現職(撮影:尾形文繁)

「スポーツを通じて企業の価値を上げる」という取り組みの一環だ。

メルカリという日本のサービスを世界に広げていくためには、各国ごとにマーケティングしていくより、世界的に知名度の高いネイマール選手を起用したほうが効果的なブランディングになり、費用対効果も高くなる。

欧州での生活で培った海外選手や現地エージェント会社とのネットワークがあるので、このようなスポーツを通じた日本企業の海外でのブランディング、プロモーションを、第2弾、第3弾と拡大していきたいと考えている。

日本ではマイナーでも、世界では人気があるスポーツにも注目している。わかりやすい例では、クリケットは世界では1億人もの選手人口があり、大きな可能性を持つマーケットだ。インドなどへの進出を目指すとき、現地で人気が高いクリケットを通じて日本企業の価値を上げるということも考えられる。

――アミューズが持つミュージシャンや俳優のマネジメントのノウハウは、スポーツプロジェクトにもつながるのでしょうか?

コンサートやファンクラブの運営、グッズ販売、テレビCM出演、ファンを増やすための発信の仕方など、アミューズはファンを熱狂させるためのノウハウを持っている。海外ではスポーツマネジメント大手の米IMG社が芸能プロダクションの米ウィリアム・モリス・エンデヴァー社に買収されて傘下に入るなど、エンターテインメントとスポーツのマネジメントが一緒になる流れもある。

ミュージシャンとアスリートの大きな違いは、おカネの流れ。ミュージシャンの場合はコンサートやCD、音楽配信の売り上げという形での一般のファンからの収益がメイン。それに対してアスリートの場合はチームや企業からの収益が多い。

だからこそ、スポーツではただメディアやテレビCMに出るというだけでなく、選手を通じてその企業の価値をどのように上げることができるかというプランニングが重要になる。

企業がどの顧客層をターゲットにしているかを見極めて、たとえば長距離走の大迫であれば、ランニングを愛好する層がどれくらいいて、どのくらいの所得層が多いのか、それに対してどうすれば効果的にリーチすることができるのかといったことをプランニングする。

その競技でメディアに露出するというだけではない価値をどうアピールしていくか。その選手を起用することで具体的にどのような数値が上がるかということを提案しないと、企業に納得してもらうことは難しい。企業側にとっても、ただそのスポーツが好きだから、応援したいからおカネを出すというのでは長続きしない。

勝ちパターンを伝えたい

――今後の展望は?

最近プロ化するスポーツが増えているが、プロになるだけではマーケットは増えていかない。プロ選手の数は増えるかもしれないが、スポーツ全体のマーケットが増えなければシェアの奪い合いになって1人ひとりの収入が減り、引退後のセカンドキャリアで困る選手が増える。そうなるとスポーツをやりたいという子どもが減るという悪循環になってしまう。

そうならないように、プロとアマチュアという極端な分け方ではなく、企業とアスリートの新しいつながり方、共存の仕方を作っていくことは日本のスポーツ界全体のミッションでもある。

その際にいちばん大事なのは選手。選手の価値が上がらないと、競技の価値、企業の価値は上がらない。では、選手が価値を上げるためにはどのような発言、行動をし、どういうプレーをすべきなのか。このようなところまで含めてマネジメントをしていきたい。

また、海外に出ていくアスリートはこれからも増えていくと思うし、自分自身が経験した「海外での勝ちパターン」をしっかり伝えていきながら、アスリートが引退後のキャリアも含めて、長い人生を通じて成功するためのサポートができればと考えている。

スポーツの魅力は言葉がなくても伝わるため、世界のどこでも通用する。アジアはこれから人口が増えていく成長市場であり、アジアのスポーツ選手を通じて欧米企業のアジア進出をサポートするということもできるかもしれない。

東京オリンピック以降は国内でのスポーツ人気の盛り上がりが一巡してしまう可能性もある。それまでにスポーツを通じた価値向上の仕組みをどう作るか。そして、オリンピック以降にどのような戦略を取るかも含めて、次の準備を進めている。