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●メガホンの形状は「ノウハウの塊」

パナソニックが強化するB2Bビジネスにおいて重要な役割を担うコネクティッドソリューションズ社。同社が提供する多言語翻訳サービスの端末「メガホンヤク」は、デザイナーの発案から生まれた製品だ。その開発の背景を同社 デザインセンター 第1デザイン部 クリエイト1課 課長の松本 宏之氏に聞いた。

○プロトタイプだけのつもりが……

メガホンヤクは、拡声器(メガホン)型の端末を使い、空港や駅、イベントで訪日外国人に対して案内・誘導などを行うための翻訳サービスだ。端末の見た目は一般的なメガホンで、「多数の人に同時に音声を届ける」という役割は変わらない。翻訳機能が搭載されているのが特徴で、メガホンヤクに話しかけるとその言葉を最大4カ国語に翻訳してくれる。

メガホンヤクを開発するきっかけは、パナソニック社内で開催の内覧会「ワンダージャパンソリューションズ(WJS)」だった。

「完成前の試作を展示して来場者とともに商品として創り上げていく」という目的で、2015年2月に初めて開催された。2020年の東京五輪という一大イベントに向け、未完成なプロトタイプを顧客に見せることで、社内だけでは気づけなかった要素を製品開発に活かそうという狙いがあったのだ。

イベントで用意されたテーマの一つが「インバウンドの外国人訪日客に向けたもの」。これに対して「役立つもの、面白いもの」の提案を求められた松本氏は、UXデザイナー、デザインエンジニアと3人で「翻訳メガホン」のコンセプトを考え出した。

「以前なら、CGやモックアップなどで表現すれば十分だったが、最近は『体験』してもらわないと伝わらない」(松本氏)として、実際にスマートフォンやスピーカー、バッテリーを埋め込んだメガホン型の翻訳機を試作、提案した。

結果としてWJSで高い評価を得たものの、松本氏としてはプロトタイプの提案で一旦完結したと考えていたという。だが数カ月後、同社の技術者が集結するイノベーションセンター(IC)の翻訳技術を開発している部署が興味を持ったという話を聞きつけて担当者に連絡。それがきっかけで商品化に向けた開発がスタートした。

だが、WJSでのプロトタイプ初号機はデザイン性やコンパクトさを優先したため拡声器としての製品レベルが及ばず、「空港での実証実験でも、100m先までは声が届かなかった」(松本氏)という。そこでまずは要求水準を満たす大型の拡声器にスマートフォンを装着したものをICの技術メンバーが試作した。

次の課題は小型化だったが、メガホンの構造は単純なように見えて「形状にものすごいノウハウが詰まっている」(松本氏)ため、性能を落とすことなく、スマホとの融合や小型化を図るのにかなり苦労したという。もし、ベースとなるメガホンの形を大きく変えてしまえば、開発期間が1年半〜2年も余計にかかってしまい、スピード、投資金額ともに長大になりすぎる。

そうした判断から、メガホンの構造は現行の拡声器をうまく共用しながら、ディスプレイと本体との融合、操作性など、技術者と一緒になって試行錯誤を重ねていった。結果として、スタートから1年半後の16年12月、販売を開始することができた。

既存の商品カテゴリの製品開発でも時間がかかるのに、(メガホンヤクという)ニューカテゴリの商品をゼロからこの短期間で商品化できたのは、「機能性確保とスピード開発」の両輪を常に意識合わせしながら進めたことによるものだという。

○「胸を張って割り切った」メガホンヤク

製品化したメガホンヤクは「定型翻訳」を採用している。Webサービスやアプリで利用する自由翻訳を採用しないのは不自然にも思えるが、メガホンヤクが利用されるシーンから逆算した仕様だと言う。

双方向に会話するデバイスではないメガホンのため、自由な会話は必要ない。駅や空港といった決まった場所で、非常時における訪日外国人などの誘導にこのメガホンヤクが必要となる。それであれば、無駄な通信によるバッテリー切れを起こすことの方が問題になる。

また、約300にも及ぶ定形翻訳文も単純にテンプレートを用意するだけではない。パナソニックが長年培ってきた音響技術や音声照合・認識技術を駆使して、発話内容を聞き取り、それに適した翻訳文を選択する。非常時の誘導では、「情報の正確性」が最優先。万一でも「右」を「左」と翻訳しては命に関わる可能性もある。そうした致命的な誤認識をしないように徹底的にチューニングしたほか、さまざまな言葉の言い回し、方言といった差分も限りなく吸収したという。

もちろん、一般的な自由翻訳を採用する手がなかったわけではない。ただ、B2B向けという商品の性質上、販売数が限られるため、開発工数、コストが増大する翻訳機能ではリニアに価格に直結する。だからこそ、顧客から一番求められている価値は何か、最優先すべき目標を開発メンバー全員で共有した上で「胸を張って(機能を)割り切った」と松本氏は話す。

●機能性とデザイン性は一体

松本氏はプロダクトのデザイン性について「ユーザビリティを徹底的に磨き上げ、丁寧に作り上げていくことで、機能性も向上し他社との差別化になる。機能美を突き詰めると自然と一番使いやすい形になるし、それが商品の特徴になる」と説明する。スタイリングだけを重視することは「デザインのエゴ」と言いきる。

そうした美学はメガホンヤクにも生きている。片手でも難なく操作できるように、メガホンの重心の位置やグリップ形状まで徹底的に吟味、非常時に素早く間違いなく使えるようにした。「カタログでアピールするようなものではないが、見えない配慮ができていないと商品としてはダメ」(松本氏)。

こうした細やかな気遣いは、「家電で培われたDNAが生きているからこそ」だと松本氏は話す。B2B事業であっても、その機器を利用する従業員、B2B2Cの最終的なエンドユーザーは『人』。人を中心に考えるパナソニックとして、デザインに分け隔ては存在しない。「デザイナーとして、『使いやすい』という言葉はデザインが褒められたと感じている。かっこいいデザインだけがデザインではない。ユーザビリティと機能性はイコール」(松本氏)。

実は松本氏は、昨年10月から羽田空港に導入された出入国審査用の顔認証ゲートのデザインにも携わっている。こちらはB2B2Cに近い製品だが、「使いやすく、円滑で厳格なゲート」という要望に対して、人が自然と取る行動を重視した製品デザインを開発メンバーで徹底的に考え抜いたと話す。

顔を認証し、パスポートを読み取ってゲートを開ける。まずはこうした機能性において、高い技術力を持つ企業同士の戦いで競い勝つことはもちろんだが、その上で「お客様視点でどれだけ使いやすさに配慮を尽くしたか」が決定的な差別化のポイントになる、と松本氏は強調する。

○"樋口後"は「新しいものを生み出しやすい環境に」

樋口 泰行氏のカンパニー社長就任後、社内の雰囲気が変化したと松本氏は話す。

コネクティッドソリューションズの社員全員に対して樋口氏は、「みんなでビジネスをやっていこう」という思いを込めたメールを何度も直接発信しているという。さらに、社内であってもスーツが基本だった過去から、ラフな格好で自然体に仕事ができるように変え、オフィスも東京への移転を機に「フリーアドレス/フレックスシーティング」となった。

これまでとは異なり、デザインセンターだけのフロアにはせず、営業部門や設計部門といったさまざまな部署、さらには外部の協力会社なども交えた「協創の場」に変化したことで「新たなものを生み出しやすい環境」になってきたと感じると松本氏は喜ぶ。

100年企業のパナソニックは、長年の経験があるからこそ、必ずしもイノベーションを起こしやすい環境ではなかった。そこに新風を吹き込む樋口氏が来たことで、「情熱と(会社の)支援によるシナジーが加速していく空気がある」(松本氏)という。今後、パナソニックからB2Bの現場に向けた使いやすいデザインがより多く放たれることを期待したい。