車掌が乗務しているアムステルダム市電の「コンビーノ」(片運転台仕様車、筆者撮影)

オランダは「寛容の国」といわれる。オランダの「コーヒーショップ」は、喫茶店ではなく合法のソフトドラッグ(マリファナなど)を吸う場所であり販売する店だ。ソフトドラッグを合法にした政策はオランダの「寛容」と「合理」の精神の表れであるという。

しかし、いくら「寛容」と「合理」といっても限界がある。アムステルダム市の路面電車は1970年にそれまでの、カウンターに着座する車掌が発券と改札を行う「パッセンジャーフロー方式」から、車掌を廃止して乗客が自律的にICカード乗車券を車内に多数設置してある消印機で改札して運賃を支払う「セルフサービス方式」(わが国では「信用乗車方式」とも呼ばれる)のワンマン運転にあらためていたが、無札乗車が増えた。

無札乗車率は17%

1989年時点の無札乗車率は17%にも達すると推定された。また、3車体連接車の中間の低床車にドラッグの中毒患者がたむろする事態になり、改札員や乗務員への暴力沙汰も頻発した。

アムステルダム市はその対策として1991年から車掌乗務の復活を決断した。かつて存在した車両の車掌カウンターを急遽復活させ、全部で17系統のうちの11系統を、セルフサービス方式からパッセンジャーフロー方式に戻した。


車内に鎮座する大きな車掌ブース(筆者撮影)

車内の秩序維持のために当局は、車掌乗務復活のほかに車内の様子が車外からよく見える大きな窓の低床車への取り換え、派手な車体ペイントをやめてクールなカラーデザインにすることを決めた。

新しい低床車は乗車するとすぐ目の前に車掌ブースが鎖座している。車掌ブースの周囲は狭いから、切符購入客もあって乗車客の多い停留所では、乗車に時間がかかる。乗務員(運転士と車掌)は、発券は行うが改札はせず、乗客自らが改札(乗車券をカードリーダにタッチ)する。車掌の役目は乗車券販売と改札(タッチ)の監視だ。

多客時は降車用扉への車内移動が難儀だ。降車用扉からの乗車を阻止するために外向きだけ開く小さなスイングドアが設置されているが、これが何とも物々しい。今の時代に乗降扉を指定するアムステルダムの方式はヨーロッパでは異端だ。


降車扉には乗車を阻止するスイングドアが設置されている(筆者撮影)

ところが、いっぽうで、全編成のおよそ3分の1がセルフサービス方式で運行している。中間にのみ低床車が挿入されているタイプの編成は、低床からでも乗り降りできるバリアフリーを達成するためには、全扉で乗り降り可能なセルフサービス方式が不可欠だからだ。セルフサービス方式では無札乗車が多くて運買収入の漏れが大きいとして車掌乗務を復活したのだが、実際には「利便性への影響はなるべく少なく」という方針のようだ。

そして、アムステルダムには学ぶべき点がある。それは、セルフサービス方式でも確実に運賃を収受するためのルールを設けていることだ。それは、1回券や24時間券などどんな乗車券でも、乗車時と降車時に車内扉脇にあるカードリーダに乗客が乗車券(ICカード)をタッチするルールである。

わが国の路面電車は「レトロ」だ

乗車時にタッチすると「ビッ」と音が出て緑色のランプが点灯し、降車時にタッチすると「ピッビッ」と音が出る。乗車時のタッチを「チェックイン」、降車時のタッチを「チェックアウト」と呼んでいる。このタッチの動作と発する音を乗客が相互に監視するという仕組みである。アムステルダムの「乗る時も降りる時もタッチ」は不正乗車抑止策として有効であり、わが国でのセルフサービス方式採用にあたって大いに参考になる。多くの都市では、例えば24時間券を使用する乗客は最初の乗車時だけにタッチするだけで2回目以降の乗車時にはタッチが不要なため、見た目は無札乗車との区別がつかない。これが無札乗車を助長している。

セルフサービス方式は、1960年代の半ばにスイスのチューリッヒで始まった。その後、西ヨーロッパ各国に普及し、路面電車の運賃収受のスタンダードとして、アメリカ、カナダはもちろんアジアの香港、台湾にも普及した。冒頭のアムステルダムのようにパッセンジャーフロー方式に戻す例もあるが、それでも乗客の利便性向上を意識していることは変わらない。

わが国の路面電車では、乗客一人ずつ順に乗務員が運賃を収受するため停車時間が長く、表定速度が低くなる。また、乗車扉と降車扉が指定されるので車内移動というバリアが伴うことから利便性が低い。ベビーカーを伴っての乗車は困難だ。ヨーロッパの路面電車にはベビーカーを伴う客がたくさん乗っている。わが国の車両自体は「現代式」だが、肝心な運賃収受の方式が「レトロ」なわが国の路面電車は、残念ながら利便性の低い「レトロ」な輸送システムだ。

セルフサービス方式の採用によって、路面電車の利便性と機能は飛躍的に向上する。戦後、スイス、西ドイツ、オーストリア、オランダなどのヨーロッパ諸国は、”縦蠡度向上、⇒便性向上、M∩力向上、ぞ萍外の生産性向上の4つに一貫して取り組んだ結果、路面電車システムを中量輸送システムLRTに成長させた。これら 銑い4つの取り組みのすべてが、セルフサービス方式の採用なしでは達成できない。

セルフサービス方式は、路面電車の近代化、LRT化にあたっての「核心」なのだ。わが国では、車両の近代化、軌道の駅前広場への引き込み、乗車券のICカード化など、これら4つの取り組みに関わることをそれなりに実施したが、「核心」を衝いていないためにすべてが中途半端のままで今日に至っている。

現行の運賃収受方式に路面電車の明日はない

ICカード化は、確かに現金扱いよりも運賃収受の所要時間は短縮される。しかし、現在の運賃収受方式、つまり運転士が乗客から一人ずつ順番に運賃収受する方式では短縮効果は僅少に過ぎない。現行の運賃収受方式を是としていては、路面電車の明日はない。「核心」を衝かなければ状況は変わらない。


わが国でセルフサービス方式を採用するには、解決すべき課題は多い。ヨーロッパでは、交通行政当局と路面電車事業者、そして市民の努力で解決してきた。利便性の高い公共交通を手に入れたい、そのためにはセルフサービス方式に協力するという市民の熱い心、それに応える努力を惜しまない路面電車事業者、そしてこれらの努力を支援しリードする行政の力、ヨーロッパ諸国ではこれらすべてがバランスよく協働した結果、LRTが誕生したのだ。

「人に優しい、環境にやさしい路面電車」と、わが国では喧伝されるが利便性が低ければ人には優しくなく、マイカーからの転移も進まないから環境にも優しくない。単なる都市交通問題としてだけではなく、市民全体とそこに事業を営む事業所全体に関わる「街づくり」の観点から取り組めば必ず解決に至る。解決の方策は路面電車先進のヨーロッパに学べば良い。