結婚に適した男は、30歳までに刈り取られる。

そんな現実に気づいたのが、大手不動産会社勤務の奈々子・28歳。

同世代にはもう、結婚向きの男は残っていない。ならば・・・。

そうして「青田買い」に目覚めた奈々子は、幸せを掴むことができるのか・・・?

転勤への不安を抱く奈々子に「別れるつもりはない」と断言した田中。安心する奈々子だが・・・?




「ねえ、知り合いの息子さん・・・武史さんって言うんだけど。奈々子、一度会ってみない?」

久しぶりに静岡の実家に帰省した奈々子がソファで寛いでいると、母親が遠慮がちに切り出した。

-お、お見合い!?

突然の提案に混乱する奈々子を尻目に、母はいかに“武史さん”が好物件かを力説している。

奈々子の実家から車で20分ほどで行ける隣の市で、昔から歯科医院を営んでいる家の長男らしい。

33歳、今は副院長として父親の下で働いている。ルックスも申し分ないが、奥手な性格ゆえ、いまだ独身だそうだ。

一般的には、悪くない話なのだと思う。が、しかし。今の奈々子には、田中という存在がいるため、正直“武史さん”なんか目に入らない。

「もし奈々子が静岡に帰ってきてくれたら、子育てとか手伝いやすいでしょう。ねえ、奈々子。武史さんと会ってみない?」

黙っていた奈々子だが、母が余計な暴走を始める前に手を打たなければと、毅然とした態度で拒否を突きつける。

「ごめん、興味ないから」

すると、母親は眉をひそめて奈々子に詰め寄ってきた。

「お付き合いしてる人でもいるの?」

「そう・・・」

奈々子が観念するように答えると、母親の容赦ない質問攻めが始まった。


恋人の存在に興奮する母親。田中について知ると・・・?


上京10年、初めて母親の本心を知る


「なーんだ、ごめんなさいね。奈々子から浮いた話を聞いたことがなかったから、てっきり」

母親はかなり興奮しており、今にも赤飯を炊き始めそうな喜びようだ。

「それで?お相手は何してる人なの?年齢は?出身は?結婚はいつ頃?」

「会社の後輩。彼は東京出身。最近付き合い始めたばかりだし、結婚とかはまだ・・・」

奈々子は必要最低限の情報を淡々と答える。

すると、さきほどまでの明るい笑顔とは打って変わり、母親の顔が見る見るうちに曇っていく。きっと、後輩という言葉が引っかかっているのだろう。

「後輩って、具体的に何歳なの?」

「大学院卒で、今25歳」

母親の視線がどんどん冷ややかになっていく。

奈々子は、事実を答えているだけなのに、なぜかものすごく息苦しさを感じる。嘘をついた方がよっぽど楽なのではないかと思ってしまうくらいだ。

「新入社員ってこと?」

こういう時に限って異様に理解の速い母に、奈々子は「そう」とだけ答える。

田中に関する一通りの情報を聞き終えた母は、小さくため息をつきながらソファに腰掛け、奈々子を諭すように話し始めた。




「お母さんが奈々子の年齢の時には、もう奈々子を産んでいたのよ。そろそろ、結婚を意識した付き合いをした方が良いんじゃないかしら」

「別に、彼と結婚を考えてないわけじゃない。むしろ、ちゃんと将来について二人で話してるから」

奈々子は、田中の「別れるつもりはない」という言葉を思い出しながら、母親に真っ向から反論するが、母親も譲らない。

「何せ、新入社員でしょう?仕事もまだまだこれから。結婚は現実的ではないんじゃない?それに、奈々子もお相手も転勤があるのよね。二人で働き続けるのは難しいんじゃない?」

奈々子は、実際会ったこともないのに、後輩というだけで田中との恋愛を遠回しに否定してくる母の物言いに苛立ちを覚え、ついキツい言葉が出てしまう。

「そんなの、分かってる。お母さんが心配したところで何になるの」

すると、母親は堰を切ったように、今まで溜め込んでいた奈々子に対する思いを語り始めた。

「この際だから言わせてもらうけどね。お母さんは、奈々子に静岡に帰ってきてほしいと思ってるわ。

あなたを育てる時、実の母親が近くにいてくれて、どれだけ助かったことか。だから、私も奈々子のこと手伝ってあげたいけど、遠くにいる限り難しい。

いつだって、奈々子のことが心配で、心配で仕方ないのよ・・・」

ふと母親の顔を見ると、その目には涙が浮かんでおり、ハンカチで涙を拭うその手は、確実にシワが深くなっている。

目の前にいる母親は、自分の記憶よりもはるかに小さく、老けているではないか。奈々子は、その姿に急に不安を覚えた。

親元を離れて10年。初めて母親の本心を聞いた奈々子は、母の切実な訴えに胸が痛み、どうすることも出来ない絶望感に包まれた。


東京に戻った奈々子。田中ともシリアスな話に・・・?


彼に感じる、何か特別な関係


「おかえりなさい」

沈んだ気持ちのまま東京に戻って来た奈々子を、田中は屈託のない笑顔で迎えてくれた。

日曜日の夕方だというのに、わざわざ迎えに来てくれる優しさに図らずも涙腺が緩んでしまう。

駆け寄って来た田中が、奈々子の手をぎゅっと握りしめた。田中の手はポカポカと温かく、奈々子は冷え切った自分の手がじんわりと温まるのを感じる。

「寒いですねえ。今日は辛いものでも食べて身体を温めましょう!」




田中に手を引かれてやってきたのは、カジュアルに四川料理が楽しめる『百菜百味』。

田中は、下調べをもとに、肉片を唐辛子や花椒で煮込んだ「水煮牛肉」をオーダーする。本場四川では、麻婆豆腐と並んで定番料理らしい。

水煮牛肉は、真っ赤な見た目に違わず超激辛だったが、ビリビリと唇を痺らせながら食べるのがやみつきになる。

ヒィヒィ言いながら激辛料理を堪能した後、デザートを待ちながら温かいジャスミンティーをすすっていると、田中が奈々子に久しぶりの実家はどうだったかと尋ねてきた。

母親との間に感じた溝を話すには、まだまだ自分の中で整理がついていないし、ましてや母親にお見合いを提案されたなど、話せるわけもない。

「羽を伸ばせて良かったかな」

当たり障りのない返答をすると、田中は、聞きたいのはそれではないという顔で奈々子に質問をぶつける。

「ご両親はお元気でしたか?」

ドキッとした。田中に自分の心を見透かされているような気分になった。

「うん・・・。変わらずって感じだったわよ」

すると、田中はホッとした表情を見せ、ポツポツと自分の父親について話し始めた。

田中の話によれば、彼の父親は昨年の冬頃、病気をして入院していたらしい。

彼の父親は、遅くに結婚したため、奈々子の父親よりも年上のようだ。

具体的な病名は避けたが、手術が必要だったこと、2ヶ月ほど休職したこと、今は治療を続けながら働いていることを教えてくれた。

「僕、その時に“親孝行って何だろう”って、真面目に考えたんです。親父に何が出来るのかなって。奈々子さんは何だと思いますか」

田中の真剣な眼差しに、奈々子の胸は締め付けられる。こんな田中を見るのは初めてだ。

「私も・・・分からないな」

奈々子は、今朝の母親の言葉を思い返しながら、正直な自分の気持ちを話すことしか出来ない。

すると、田中はにっこりと微笑み、「奈々子さんとなら絶対良い答えが出せると思うんです」そう言って、奈々子の手を握りしめた。

田中の言う通り、二人なら何でも乗り越えられるような気がする。それは気のせいだろうか。

シリアスな問題も真剣に話し合える関係性。

奈々子は、田中との間に、恋愛感情を超越した、何か特別な信頼関係が徐々に築かれつつあることに気づかされた。

色々と一人で抱え込んでしまう奈々子にとっては、こんな存在は田中が初めてだった。

▶︎NEXT:1月24日 水曜日更新予定
奈々子に朗報。横取りされた仕事が戻って来た!