やりたいと思ったら、まず小さくやってみればいい。うまくいったら、もっとはみ出せばいい(撮影:梅谷秀司)

「起業」という言葉は、起業家のためだけにあるものではない。「業(なりわい=仕事)を起こすこと」は、組織の中でもできる。いやそれどころか、新しいビジネスを生み出さなければならない組織人にこそ必要とされるアクションだろう。
さあ立ち上がれ組織人。今、あなたの立場で、業は起こせる。それも、上手にやれば大規模に。本連載では、会社をはじめとする「大組織」で、“変わり者”だと思われても“変えること”に挑み、新たな仕事をつくり出す「組織内変人」を紹介する。

会社(組織)に入って、かれこれ数年。仕事にも慣れてきた。責任がある業務も任されるようにもなってきた。でも、気づけば、ルーチン・ワーク(決まりきった仕事)を続ける毎日。新人のときのような胸のときめきもなく、自分はこのまま惰性で退屈な仕事をこなしながら年を取っていくのだろうか……。

人間は機械ではない。組織から言われるまま、食っていくためだけに本来もっとワクワクできるはずの時間を差し出し続けていると、あっと言う間に人生を食い潰してしまうことになるだろう。

そこで今日は、自らの心の声に耳を傾け、組織に所属しているメリットを最大限に活用しながら、本当に自分がやりたいと思ったことを具現化している変人をご紹介しよう。

番組を作らないディレクター

2017年6月、試験的に2日間限定でオープンしたレストランに、メディアの取材が殺到した。SNSでも話題が拡散し、同店名が一気にYahoo!Japan検索急上昇ワードの1位へと躍り出た。そのレストランの名前は、「注文をまちがえる料理店」。認知症のホールスタッフが注文を取り、料理を配膳してくれるお店だ。ハンバーグを頼んだつもりが、間違えてギョーザが出てきてしまうこともある。そんなときも、「間違えちゃったけど、ま、いいか」と、お互い笑顔で受け止め合えるような優しい社会であってほしい。そう願い、 “寛容の輪”を広げる取り組みに打って出たのが、小国士朗さんだ。

名刺を交換しようとすると、小国さんはNHKの名刺を差し出しながら、「テレビ番組を作らないディレクターです」と言う。彼はいったい何者なのか。その真相に迫った。

小国さんがNHKの一員になることを予想することができなかったのは、誰よりも学生時代の彼自身だろう。当時小国さんは、パートナーと2人でベンチャー企業を立ち上げていた。ところが、あるとき小国さんの人生を変えるような事件が起きる。

「共同経営者がおカネを持ったままいなくなってしまったんです。当然出資者から預かった資金も返さなければならないし、自分も食べていかなければならないので、とにかく必死で働き口を探しました。ところが、就職活動を始めたときにはすでに大きく出遅れていて、テレビっ子だった私が行きたいと思った日テレやフジテレビの採用はすでに終わってしまっていたのです」

それまでは民放以外の番組はほとんど観たことがなかった小国さんだが、面接を重ねるうちに、NHKが錚々(そうそう)たるドキュメンタリー番組を制作していると知る。沢木耕太郎作品を愛読し、ノンフィクションが大好きだった小国さんは、しだいにNHKに対する関心を深めていった。

「その頃は頭の中が“社長失踪”事件の心配事で埋め尽くされていて、思わず面接官に実情を打ち明けていると、そのうち逆に『あれからどうなった?』と気にかけていただけるようになり、こちらから『やっと社長が見つかりました!』と報告していると、いつの間にか面接自体が事件の行方を追うドキュメンタリー番組のようになっていました(笑)」

当時の面接官は、真っ直ぐな小国さんに、ドキュメンタリー制作者としての適性を見いだしていたのかもしれない。NHKに内定した小国さんは、後にその道を歩むことになる。

しだいに膨らみ始めたモヤモヤ


小国士朗(おぐに・しろう)/NHK制作局開発推進ディレクター。2003年NHK入局。情報系のドキュメンタリー番組を中心に制作。2013年に9か月間、社外研修制度を利用し大手広告代理店で勤務。その後、番組のプロモーションやブランディング、デジタル施策を企画立案する部署で、ディレクターなのに番組を作らない“一人広告代理店”的な働き方を始める。スマホアプリやSNS向けのサービスの企画開発の他、個人的プロジェクトとして、認知症の人がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」などを手掛ける(撮影:梅谷秀司)

小国さんが最初に配属されたのは、山形放送局だった。そこでまず、高校野球の中継から事件事故の取材まで、番組作りの基礎をたたき込まれる。その後、東京の経済社会情報番組部に移り、「クローズアップ現代」の担当を経て、約4年半ドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」「ドキュメント72時間」の制作に携わる。外から見れば、誰もがうらやむ輝かしい出世街道を歩んでいるかのように見えるが、この頃すでに小国さんの心の中には、1つの疑問が生まれていた。

「番組制作者としては、ある意味で命を削る思いで、心血を注いでテレビ番組を作っているつもりです。でも、それを観てもらえなければ、まったく意味がない。だから、もっと多くの人に番組について知ってもらう努力をする必要があると考えるようになりました。ただ、そうは言ってもすぐに行動を起こせたわけではありません。実際は番組制作に追われる毎日で、ずっとモヤモヤし続けていました。」

キングコングの西野亮廣さんは自著『革命のファンファーレ 現代のお金と広告』(幻冬舎)の中で、コンテンツ制作が「出産」だとすれば、それを知ってもらうための努力をすることは「育児」だと語っている。小国さんもせっかく作った番組が「育児放棄」の状態になっていることに気づきながらも、作る以上の行動を起こせない実情に、もどかしさを抱いていた。


まさかのドクターストップに、取った行動は…(撮影:梅谷秀司)

コップに水がたまるように小国さんの心にモヤモヤが積み重なり、ついに水があふれ出たちょうどそのとき、再び小国さんの身に事件が襲いかかる。ある日小国さんは、「心室頻拍」という心臓病で倒れたのだ。医師からは「番組制作はもうやめた方がいい」と言われた。テレビ番組を作るのが大好きで、これまで相当なエネルギーを注いできたが、まさかのドクターストップがかかってしまったことにより、小国さんは一時大きく落ち込む。

しかし、ピンチはチャンスでもある。時が経ち、徐々に気持ちを持ち直すにつれて、小国さんは自らが置かれた「番組を作れない」という状況を逆手に取り、「番組を作らないディレクター」になることを決意。これまでくすぶっていた気持ちを晴らすべく、もっと番組のことを知ってもらうための役回りを担おうと考える。

“広め方”を学びに社外留学へ

小国さんは、失意の底から立ち直ろうとしていたときのことを振り返ってこう話す。

「最初はかなりショックでした。もう大好きな番組制作ができないと宣告されたわけですから。でも、今にして思えば、この出来事が起きて、結果的にラッキーだったのかもしれません。強制的に番組制作ディレクターの道が断たれたことにより、退路を断って、ずっとやりたいと思っていたことに挑戦する決心がつきました。もし病気になっていなかったら、おそらくスッキリしない気持ちを引きずりながら番組を作り続けていたと思います」

気持ちを切り替え、番組の広め方を学びたいと考えた小国さんは、局内に異業種の業務経験を積むことができる研修制度の存在を知る。そして、広告代理店のPR部門への赴任を志願し、社外留学が始まる。

「せっかくもらった社外留学の機会なので、『勉強になった』で終わらせるのではなく、広告代理店で学んだことを実務に生かしていきたいと思いました。そこで、留学しているうちから番組のPR実績を作ろうと考えたのです。思い立ったら即行動で、片っ端から自分が知っているプロデューサーに連絡を取っては、番組のPRに取り組ませてほしいと営業しました。その結果、研修期間中にPRの実績を残すことができたため、NHKに戻るとき、制作局付けの『番組を作らなくてもいいディレクター』という、これまでにない役職をもらうことができたのです」

こうして、番組を作るのではなく、「番組を届けるディレクター」になった小国さんは、Web、アプリ、イベントなど、さまざまな手段を駆使してNHKが制作したテレビ番組の話題化に取り組むようになっていった。

ここからの小国さんの活躍は、実際のアウトプットを通して知る人も多いだろう。あたかも自分が番組に出演しているかのような映像を簡単に制作することができるアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」のユーザー数が150万人を超えて話題になったほか、各番組のオイシイところだけを集めてインターネットで観られるようにした「NHK1.5チャンネル」など、新たな試みが幅広い視聴者の関心を引き寄せ始めた。


小国さんが手掛けたスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」

社外留学経験は、小国さんにもう1つの大きな変化をもたらした。一時的にとはいえ、NHKを離れて外から眺めることによって、小国さんはそれまで当たり前だと思っていた組織のありがたみを認識し直すことができたと言う。

「番組制作ディレクター時代は、テレビ番組を作ることに没頭していましたが、外に出ることで、これまで意識することがなかったNHKの価値を再認識することができました。中でも、NHKは日本唯一の公共放送であり、真正面から社会課題について取り上げ、問題提起することができる組織だと気づいたことで、私の中に大きな変化が生まれたように思います」


外からの視点を持つことで、これまで意識することのなかったNHKの価値を再認識するように(撮影:梅谷秀司)

この気づきを境に、小国さんはNHKのリソースを最大限生かしながら、あらゆるメディアを通じて世の中の問題を広く知ってもらうための取り組みに力を注ぎ始めた。

NHK「ソーシャル・グッド・プロジェクト」がその代表例である。治療法が見つかっていない難病「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」についてより多くの人に関心を持ってもらうために、小国さんは各界のオピニオンリーダーを巻き込んだ情報発信や、病気と闘っている人たちを応援するミュージックビデオの制作に取り組んだ。そのほかにも、パラリンピックの認知拡大をテーマに取り上げた。パラリンピックについて知り、考えてもらうことで、もっと多様性が当たり前になることを目指した。

社会課題の解決に対する関心と行動を喚起することに情熱を傾けながら、小国さんにはいつか必ず実現させたいと思っていた企画があった。それは、かつて小国さんが「プロフェッショナル 仕事の流儀」を制作するために、介護福祉士・和田行男さんに取材した際に思い浮かんだアイデアだった。

そう、それこそが冒頭でご紹介した「注文をまちがえる料理店」である。

組織の壁を越えて最高のチームをつくる


注文をまちがえる料理店の、「てへぺろ」の精神を表したロゴマーク撮影:森嶋夕貴(D-CORD)

ただし、いい案が思い浮かんでも、それをカタチにすることができるかは別問題だ。ましてや、「注文をまちがえる料理店」のような企画は、見方によってはリスクだらけだし、実現するには大きな壁がいくつもあることは容易に想像がつく。普通なら、アイデアをそっと胸の引き出しにしまっておくところだろう。しかし、小国さんは違った。

「当たり前ですが、自分1人でできることには限界があります。それなら、自分にはできないことができる人を探せばいいのです。そう言うと、『いやいや、私にはできないです』と思われるかもしれません。でも、バンドメンバーを集めるのと同じです。ギターがいなければ、弾ける人を探す。ベースがいなければ、できる人を探す。そうやって人を探していくうちに、プロジェクトの仲間が集まるのです」

いくら志の高いプロジェクトだとはいえ、「この指とまれ!」で簡単に腕に覚えのある人たちが集まったら苦労しない。小国さんは、普段どのようにして人とのつながりをつくっているのだろうか。

「いわゆる『異業種交流会』は、得意ではありません。そもそも人が多いところがとっても苦手なんで(笑)。それより、私は1対1の関係を重視しています。プロジェクトを立ち上げるときに重要なのは、その人がいちばん大切にしていそうなものを教えてもらったり、見させてもらって、そのことに僕の心が震えるほど共感できたりするかどうかだと思っています。


注文をまちがえても、まあ、いいか!撮影:森嶋夕貴(D-CORD)

たとえば、『注文をまちがえる料理店』でデザインや海外展開に取り組んでくれたクリエイターでいえば、おそらくは会社としては売り上げも利益も余り大きくはないであろう「足こぎ車いす」のプロモーションの話を熱っぽく語り、そういった活動を通じて社会課題を解決したいんだと熱い思いを私に語ってくれたことがあったんですね。そうやって出会った魅力的な人たちのことを普段から頭の中にストックしておき、ここぞというときにお声がけするようにしています」

同様に、デザイン、海外展開のほか、IT、資金集め、認知症の知識・介護のスキル、料理・レストラン運営などに関しても、自分にはできないことに関して、志を同じくできる人という前提に立ってプロフェッショナルを集めることにより、小国さんは一見無謀ともとれるような構想を実現していったのである。


まずは上手に“はみ出す”こと(撮影:梅谷秀司)

大きな組織の中に身を置きながら、自分がやりたいと思ったことを次々に具現化してきた小国さんは、組織を辞めなくてもやりたいことを実現するためのコツを教えてくれた。

「もしやりたいことができなくても、組織から“飛び出す”必要はありません。私も外に出て初めて実感することができましたが、組織に所属しているとさまざまなメリットがあります。

最終的に組織に貢献できるのであれば、いい意味で、自分が所属している組織のリソースをしゃぶりつくしたほうがいいと思うのです。だから、やりたいと思うことがあったら、飛び出すのではなくて、まずは上手に“はみ出す”ことから始めてみるのがいいと思います」

明らかに組織から「NO」と言われるのがわかっていることをやろうとするのではなく、まず「これくらいなら大丈夫かな?」と思えることを小さく試してみる。それでうまくいけば、もう少しはみ出してみる。そうやって、少しずつ少しずつ新しい仕事に対する組織の許容範囲を広げていくことを小国さんは提案する。

「前例がないことに取り組むにはリスクが伴うわけですから、どこの組織だって奨励したくないと判断するのは当然です。ですから、いきなり大胆に飛び出すのではなく、軸足を残してもう片方の足だけはみ出して新しいことにチャレンジしてみればいいのです。

バスケットボール用語で言うと、“ピボット(片足を軸にして、もう一方の足を踏み出す動作)”です。そうして、個人として過去にない経験をすることができれば、そこで学習したことをやがて組織に還元することができ、組織と個人がWIN-WINになると思っています」

小国さんはNHKの職員になって以来、ずっと「NHKの小国」になるのではなく、「小国がNHKにいる」と言われるような存在になりたいと思って行動を起こしてきたという。誰しも長年1つの組織の中で生活していると、つい同質化しがちだ。だからこそ、意識的に外に出て、自分とは異なる人たちと出会い、刺激や学びを吸収しながら自らのオリジナリティ(独自性)を高めていくことは、回りまわって組織に多様性をもたらすことにもなると小国さんは考える。

人生は有限だ

そうは言っても、ルーチン・ワークに追われる日々を思うと、実際にやりたいことをやるのは難しいとあきらめてしまう人は少なくない。ではなぜ、小国さんは妥協せず、頭の中に思い描いたことを実現させ続けることができるのだろうか。

「心臓病で死を身近に感じた体験は大きいと思います。本当に人生は有限だということを痛感させられました。だったら、生きているうちにやりたいことをやってやろうと思えるようになりました。そして、世の中をもっとよくすること、世界に数あるソーシャル・イシュー(社会課題)の解決に一歩でも近づくに取り組みに力を注ぎたいと考えるようになったのです」


注文をまちがえる料理店の集合写真。笑顔があふれている(撮影:森嶋夕貴(D-CORD))

人の命には限りがある。何も行動を起こさなくても、時計の針は時を刻み続ける。挑戦したほうがいいのは頭ではわかっているけれど、実際に行動を起こすとなると不安になるものだ。

でも、ちょっとはみ出すくらいなら、そんなに大きな勇気はいらない。やりたいと思ったら、まず小さくやってみればいい。うまくいったら、もっとはみ出せばいい。小国さんは、一度きりの人生を悔いの残らないものしたいと思っている私たちの背中を押してくれるように思う。