わが国特有の「裏の承認」文化が仕事の効率化を妨げている(写真:aijiro / PIXTA)

昨年から議論が活発化している「働き方改革」だが、なかなか顕著な成果は上がっていないようである。組織論を専門とする太田肇氏は、改革が進まない背景に日本特有の「裏の承認」文化があると指摘する。『承認欲求』の著者でもある太田氏に、働く人の意識に注目した「働き方改革」論を語ってもらった。

「認められるため」の残業が横行している

「働き方改革」が声高に叫ばれながら、いまのところ顕著な成果は上がっていないようだ。

わが国特有の法制度や組織構造、取引慣行、情報化の遅れなどが指摘されているが、原因はそれだけではない。なかでも軽視できないのが心理的、社会的な要因である。特に私はある種の承認欲求が改革の足かせになっていることを指摘したい。以下、その理由を説明しよう。

働き方改革の目玉は何といっても長時間労働の是正だが、現状を見るかぎり大企業など一部では是正が進んでいるものの、全体的には依然としてムダな残業が多いし、非効率な働き方もなくなってはいない。

注目したいのは働く人の意識である。

労働政策研究・研修機構が2005年に行った調査では、所定労働時間を超えて働く理由について聞いているが、「上司や仲間が残業しているので、先に帰りづらいから」と答える人が1割以上いる。また同機構が2010年に行った「年次有給休暇の取得に関する調査」によれば有給休暇を残す理由(複数回答)として、「休むと職場の他の人に迷惑をかけるから」(60.2%)、「職場の周囲の人が取らないので年休が取りにくいから」(42.2%)、「上司がいい顔をしないから」(33.3%)という回答が上位に上がっている。

要するに、上司や周囲の目を気にして帰るのをためらったり、休暇を取らなかったりしている人が少なくないのである。「お先に失礼します」とか、「休みを頂戴します」と申し訳なさそうに口にするのは、そうした心情を物語っている。終業時刻が近づくと、「先に帰りたい」と切り出すストレスで胃が痛むという人もいる。

一方には、口に出さなくても、頑張っているところ、勤勉なところをアピールするために遅くまで残業したり、休まなかったりする人もいるだろう。

人間には他人から認められたいという、承認欲求がある。そして欲求が満たされるかどうかは社会や文化と深くかかわっている。

わが国では、いくら優秀で大きな業績を上げても、周囲に同調し、組織のために頑張る姿勢を見せなかったら評価されない傾向がある。積極的な「表の承認」より、消極的な「裏の承認」のほうが重視されるのである。

会社や役所でも、どれだけ効率的に働き生産性を上げるかより、周りと同一歩調をとっているか、忠実にコツコツと努力しているかが評価される。そして、少なくとも中間管理職までは、減点主義の世界で生き残った人が昇進していく場合が多い。このような環境のなかでは、いくら業務を見直しても労働時間短縮は進まない。それどころか業務を見直そうという意識さえ広がらない。

また、わが国ではワークライフバランスを向上させるための在宅勤務や裁量労働の導入が叫ばれながら、なかなか普及しない。逆にいったん制度を取り入れたものの廃止する企業が相次いだ。社内の業務や顧客対応に支障が出るだけでなく、利用者も少ないのが主な理由だという。

これも「裏の承認」文化と無関係ではない。会社に来ないこと自体を気兼ねするし、まじめに頑張っているところを認めてもらえないからである。介護休暇や子育て中の短時間勤務、男性の育児休暇などを利用する人が少ないのもおそらく同じ理由だろう。

“改善活動”が「働き方改革」に逆行する場合も

頑張りを認めてもらおうという心理は、働き方改革の足かせになるだけでなく、むしろ改革を逆行させかねない。

その典型が会議である。わが国では会議の数が多く、出席者の人数も多い。しかも長時間にわたる。結果的にそうなるというより、意識的にそうしている面もある。

その源をたどると、皮肉なことに業務の改善活動に行き着く。改善活動やQCサークルは日本的経営の代名詞ともいえるほど海外でも知られているが、その改善活動を国際的に普及させたコンサルタントの今井正明氏は、QCサークルの改善努力を測る基準として、「毎月開かれる会合の回数」「参加率」「解決案件数」「提出された報告書の数」などを挙げている(今井正明『カイゼン』講談社、1991年、70頁)。

会議をたくさん開き、できるだけ大勢参加したほうが高く評価されたのである。おそらく会議の資料も分厚いほどよかったのだろう。

このような考え方は、いまもそれほど変わっていない。

とりわけ幹部が報告の場に立つときには、失敗して恥をかかせぬよう部下は万全の準備をする。手持ち資料にはタイムテーブルに沿った発言内容があらかじめ記され、どんな質問があっても答えられるような想定問答や、議論の展開に応じていくつかのシナリオも用意される。そうした資料づくりに費やされる部下の時間と労力は膨大なものになる。

蛇足になるが大学のレポートや卒業論文も、たいてい「○万字以上」と決められている。そして長いほど評価される傾向がある。考えてみれば、わざわざ冗長な悪文を推奨しているようなものだ。

女性活躍に立ちはだかる「見えない壁」


ところで働き方改革のもう1つの目玉は女性の活躍や、ダイバーシティ、すなわち多様な人材の活用である。そこでもまた「裏の承認」文化が障害になる。

現実に家事や育児の負担を担っている女性は、男性と同じように遅くまで残業することも、「飲みニケーション」などに付き合うことも難しい。そのためほかの条件が同じなら、男性より評価が低くなる場合がある。しかも管理職に就けば残業や付き合いの負担も一層増えるので、昇進に尻込みする女性が少なくない。

プライベートを大切にし、合理的な働き方にこだわる外国人もまた非効率な「裏の承認」文化に抵抗を示す。実際、欧米人はもとよりアジア人も、このような文化的理由で日本企業より欧米企業で働くことを選ぶ傾向がある。

さらに派遣やパートなど非正規従業員のなかにも、「裏の承認」を強く求められる正社員を避け、待遇が悪くても自由な非正規で働きたがる人が多い。それが正規と非正規の格差を是正し、同一労働同一賃金を実現するうえで見えない壁になっている。

このようにわが国特有の「裏の承認」文化が仕事の効率化を妨げ、働き方改革の障害になっているのである。そこに着目しなければ改革は進まない。