結婚に必要なのは、お金or愛?

それは、女にとって永遠のテーマである。

“最後は愛が勝つ”と信じたくてもそれは理想論だということに、女たちは徐々に気づいていくのだ。

しかし「お金より愛が勝つ」と言い切る、ある女がいた。

その名は、愛子。

金に目がない女だらけの東京において、愛子は信念を貫き、幸せな結婚生活を勝ちとれるのか?

広告代理店で働く29歳の愛子は、婚約者の知樹と幸せな毎日を過ごしていた。プロジェクトが中止となりショックを受けていた愛子の元に、御曹司・翔太から転職の話を持ちかけられるも、断ることを決意する。

一方、同時期に医者との結婚を決めた親友の明日香は、結婚式で愛子との絶対的な差を見せつけることを心に誓っていた。




玄関の鍵がガチャリと音を立てたのに気がついて、ソファで寝落ちしていた明日香はハッと飛び起きた。公平がようやく仕事から帰ってきたのだ。

「公平さん!おかえりなさい!あのね、聞いて聞いて、ウェディングドレスなんだけどね…」

明日香がウェディング雑誌を投げ出して駆け寄ると、公平はぐったりと疲れた顔を見せて言った。

「明日香、ただいま。ごめんね、今日すっごく疲れてるんだ…。その話は明日でもいい?」

「えっ…でも帰りが遅いのは、明日も変わらないでしょ…?」

「うん、でも式をあげる9月まで、まだたっぷり時間はあるんだから、焦ることないよ」

にっこり笑って明日香の頭を撫で、公平はシャワーを浴びにバスルームに閉じこもってしまった。

-たっぷり時間はあるって言うけど…ヴェラ・ウォンのドレスはオーダーメイドだから仕上がるまでに何ヶ月もかかるのに…。

しょんぼりした明日香がソファで膝を抱えていると、シャワーを終えた公平が明日香の様子に気がついたのか、優しく声をかけた。

「結婚式のことは、明日香の好きなように決めていいよ。予算は気にしなくていいからね」

その一言で、途端に明日香は機嫌を直す。

「予算気にしなくていいって、本当?ドレスも小物も?引き出物や引き菓子も、オーダーメイドの持ち込みにしてもいい?」

公平は、うんうんと笑顔で頷きながら、さっさと寝る支度をしてベッドルームに行ってしまった。

明日香はルンルン気分で、「エルマリアージュ」や「ヴォーグウエディング」を再び1ページ目からめくるのだった。


10年来の親友への劣等感。


親友への劣等感


翌週、サークル時代の女友達で恵比寿『ロウリーズ ザ プライムリブ トーキョー』に集合することになった。皆の予定をなんとか調整してもらって、ようやく新年会が実行に移されたのだ。

友人達の話題は、仕事や職場のことばかりだが、明日香がアップデートする内容といえばもっぱら、ここ数日夢中になっている結婚式準備の話である。

「ウェディングシューズなんだけど、レンタルシューズっていまいちダサいし、ルブタンのブライダルシューズを買おうと思ってるの」




はじめは皆も「いいなあ」とはしゃいでいたものの、すぐに興味の矛先は愛子へと向けられた。

「そういえば愛子は、結婚式どうするの?」

「今月、式場の下見に行く予定。レストランウェディングにしようと思ってるの」

-なんだ…。レストランウェディングかあ…。

明日香は拍子抜けした。愛子が一体、どんな会場で結婚式を挙げるのか気が気でなかったのだ。最近では人気の高いレストランウェディングだが、やはり一流ホテルの式に比べたらカジュアルダウンは免れないし、予算も抑えることが可能だろう。

しかしその後も、いつまでたっても女たちが愛子の結婚式についての話をやめようとしないので、明日香は次第に焦りはじめていた。

-私の方が、ずっとゴージャスな結婚式を挙げようとしてるのに、どうしてみんな愛子ばっかり…。

愛子に対する、このモヤモヤとした感情と同じものを、明日香はかつて2度ほど、抱いたことがある。

1度目は、大学に入学したばかりの頃のことだ。入学式の学部オリエンテーションで、明日香の隣の席にたまたま座っていたのが愛子だった。

会場に溢れる田舎臭さが抜けない新入生の中で、愛子は人を惹きつけるようなオーラを放っていた。顔立ちがすごく整っている訳ではないのに、なぜか人目を惹くのだ。

-こんな子と友達になっておけば、私の大学人生も安泰かも…。

学生生活は、自分の所属するグループで価値が決まると言っても過言ではない。そう思った明日香は、思わず愛子に声をかけたのだ。

各サークルが新入生の勧誘を行っている銀杏並木を愛子と歩いていると、面白いくらいに声をかけられた。そして2人は有名ゴルフサークルへ入部することになったが、新歓コンパで早速愛子とのレベルの差を見せつけられることになった。

愛子とふたりでいると、先輩たちが一生懸命話しかけてくるが、ふたりに同時に話をしているようで、誰一人として明日香の顔を見ていない。皆の視線の先には、常に愛子がいた。

-私のことも、見て!!

ずっと心の中で、叫んでいた。愛子が自然と明日香に話題を振ってくれるので、なんとかその場に居続けることが出来たが、そのときに抱いた劣等感を忘れることは出来なかった。

10年以上前の出来事なのに、思い返すと胸が痛む。だけど、明日香は自分に言い聞かせた。

-負け戦はもうおしまい。結婚すれば皆が私に注目して、私たちの立場は入れ替わるんだから…。


明日香は、ついに御曹司・翔太に近づく…。


その信念、本当に貫ける?


明日香は「ナッシェン」に向かっていた。引き菓子の打ち合わせのためである。

-愛子ってば、結局藤原さんのこと紹介してくれないままだし、薄情すぎるわ。自分でなんとかするから、もう愛子の力は借りない!…でも、名前だけは借りさせてもらうわ。

担当者に会うなり、実は愛子の紹介で来た、と堂々と告げると、担当者の態度が一変し、翔太を呼んできてくれた。

「私、愛子の親友なんです!愛子がいつも藤原さんのこと、本当に素敵な方だって言っていて、引き菓子のオーダーを勧めてくれたのも彼女なんです」

明日香が言うと、翔太が表情をパッと明るくした。

「そうなんですか?それはこちらとしても、光栄です!」

しかしそのあとも翔太は愛子の話ばかりしていて、一向に引き菓子の話に移ろうとしない。明日香はすぐにピンときた。

-この人…間違いなく愛子に興味があるわね。これは、なんだか面白いことになりそうな予感。

そのあとようやく本題の打ち合わせを無事済ませ、帰りに玄関まで見送ってくれた翔太に向かって、明日香は言った。

「藤原さん。愛子のこと、これからもよろしくお願いしますね。愛子、婚約者の彼と揉めて悩んでるみたいですよ」

それは、先日の新年会で、愛子がちらりと、知樹と喧嘩してしまったと話していたことを思い出して、咄嗟に口から飛び出した一言だった。

明日香がかつて、愛子に劣等感を抱いたことのあるもうひとつの出来事。それは何を隠そう、知樹のことだ。

大学当時、明日香と愛子、そして知樹は同じ商学部のゼミに所属していた。愛子にも誰にも伝えていなかったけれど、はじめから明日香は、知樹のことを意識していた。

ゼミの中でも、知樹は愛子より明日香との方がよく話していたし、家に帰る方向が同じで何度か一緒に帰ったこともある。あるとき帰り道に、知樹が明日香に尋ねた。

「明日香ってさ、愛子と仲良いよね?愛子って、今付き合ってる人いるのかな…?」

目の前が真っ暗になったような気がした。

それから間もなくして知樹と愛子は付き合い始めた。明日香は、同級生の男になんて興味ないと自分に言い聞かせるかのように、歳上の社会人とのデートを繰り返した。

椿山荘でのクリスマスデートやティファニーの誕生日プレゼントを見せびらかすと、「いいなあ」と笑顔で言うものの、決して悔しがらなかった愛子。彼女と知樹は、学生らしい質素なデートしかしていなかったけれど、それでも心から幸せそうだった。




ナッシェンの玄関前で、爽やかな笑顔を浮かべる翔太を見つめながら、明日香はふと疑問を抱いた。

-この人に口説かれたら、愛子は一体どうするだろう…?

御曹司に本気で口説かれて揺れない女なんて、果たしてこの世にいるのだろうか。

はじめは、公平と知樹の差を見せつけられれば、それだけでよかった。それで十分気が済むはずだったのに。でも明日香はふと閃いてしまったのだ。もし仮に、翔太を愛子にけしかけたら、どうなるだろう?

-愛子。お金より愛とかいうあなたの信念。その綺麗事、本当に貫ける?

劣等感に打ちのめされ続けてきた10年間。愛子の「親友」役なんて、もう懲り懲りだ。

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ついに敵対心をむき出した明日香。愛子は信念を貫けるか?