東京を生きる女たちは、もう気がついている。

「素敵な男の隣には、既に女がいる」という事実に。

自分が好きになるくらいの男を、他の目ざとい女たちが見過ごすはずがないのだ。

商社マン・洋平(30歳)と運命の出会いをした彩花(26歳)。

しかし洋平には彼女・繭子(29歳)がいた。諦めきれない彩花は夏美のアドバイスのもと初デートを実現。

しかしある夜、彼女と歩く洋平にばったり遭遇。彩花は、洋平から本命彼女の前で存在を無視され、自分の立場を思い知る。しかしすぐその日の夜、洋平からフォローのメールが届き、再び会うことに。

覚悟を決めた彩花は、「私を誘うなら、彼女と別れてほしい」と洋平に迫った。




私の言動は、正しかった?


「すごい。やるじゃない、彩花!」

熱燗でほんのり頬を赤くした夏美さんが、興奮気味に私の肩をたたく。

今日は久しぶりにゆっくり食事でもしようと言って、仕事終わりに夏美さんが『くずし割烹 かのふ』に連れてきてくれた。

「いや…私も勢いで口走ったような感じで、これが正解だったのかどうか。彼女と別れる保証なんてないわけだし、もうこのまま会えなくなっちゃうのかも」

-次に私を誘う時は、彼女と別れてからにしてください。ー

あの日、私の言葉を聞いた洋平くんは、驚いた様子で暫し黙り込んだ後、「…そうだよな、わかった」とだけ言った。

「先のことはわからないけど…現時点において彩花は正しい判断をしたと思うわよ。大半の女は、彩花みたいにはっきり言えず自ら都合の良い女に成り下がるんだから。…それに、まだ一線を超えてないというのがさらに有利よね」

夏美さんはそう言って、ひとり頷きながら満足そうにお椀を啜っている。

不安につきまとわれてはいても、私自身、はっきり告げたことは後悔していない。

洋平くんと一緒に過ごす時間は、夜のバーでも昼のカフェでもとにかく楽しい。自信とまではいかないが、楽しいと感じている気持ちは、彼もきっと同じだと思える。

-後はもう、運を天に任せよう。

夏美さんに勧められるまま、私はそう自分に言い聞かせるように、お猪口を手に取りぐいっと飲み干した。


覚悟を決めて賭けにでた彩花。洋平から連絡は来るのか...?


“選ばれる”ためには


翌週の朝。

オフィスに出社しメールを確認した私は、思わず喜びの声をあげた。

やり取りをしていた某旅行代理店から、スリランカ旅のコラボ企画について具体的に話を詰めたいので、一度打ち合わせにきて欲しいという連絡が届いていたのだ。

自分で一から提案した企画が、形になるかもしれない。

それは、これまでに感じたことのない高揚感だった。自ら掴みに行った仕事だからこそ、必ず成功させたいという思いも強くなる。

-人は与えられたモノより、自ら掴みに行ったモノを重用するのよ。ー

そういえばよく、夏美さんもそう語っている。

だからGirls Tripも、こちらから情報を押し付けるのではなく、自ら情報を取りにきてもらえるサイトにならなくてはいけない、と。

それはどんな仕事でも、ひいては恋愛においても同じなのかもしれない。

-私も、大切にされたいなら、洋平くんから選ばれなければ。

ちらりと目をやると、夏美さんは何やら鼻歌を歌いながらお金の計算をしている。

彼女と働き始めて1年ちょっと。彼女には、生きる上で大切な、本当に数多くのことを教えてもらっている。

私は心の中で感謝の意を表し、さっそく旅行代理店にアポイントの電話をかけた。




(数日後)

「“アーユルヴェーダ体験とティーサロンを巡る旅”、まさに若い女性が好きそうな、いい企画ですね」

旅行代理店の担当者は、THEエビス顔の人の良さそうな中年男で(40代半ばだろうか?)、私が提出した企画書をにこにこしながらめくっている。

緊張しながら赴いた私だったが、彼の醸し出す穏やかな空気とおっとりとした話し方に和まされ、自分のペースを取り戻すことができた。

「うちは小さい会社だし、社員に若い女性がいないのでなかなかこういう企画が難しくて。さらに企画ができたとしても、女性がターゲットだと魅せ方も重要でしょう?そうなると、もうお手上げなんですよ」

エビス顔の彼がそう言って笑うのを聞き、私は「それなら」と一気に攻め込む。

「Girls Tripとのコラボは絶対に御社のお役に立てるはずです。アラサー世代の女性に向けた旅の企画は私の得意分野ですし、Girls Tripを使えばターゲット層を確実に集客できます」

私が抑えきれぬ高揚とともに「確実に」の部分に力を込めて言い切ると、エビス様は、もともと垂れた目尻をさらに下げ、静かに口を開いた。

「…若いっていいですね。エネルギーがあって。そうやって自信満々にプレゼンされたら、試しにでもやってみようという気持ちになりますよ。

それではこちらで一度試算して、メールします。売上分配に関しても記載しますので、上司の方と相談していただいて、またやり取りしましょう」

その言葉を聞いて、私は飛び上りたくなるのを必死でこらえながらオフィスを後にした。


仕事絶好調の彩花。うまくいくときは、何だってうまくいく?


洋平くんの本音


ついに洋平くんから連絡が届いたのは、旅行代理店からの帰り道だった。

“今から会える?”

またしても、当日の誘い。しかし彼から誘いがきたということは…彼女と、別れたということ?

迷ったものの、ここは彼が会いたいと思ったタイミングを重視した方が良い気がして、私は即レスした。

“大丈夫!私も、今仕事終わったところ。”




運よく当日入れた『サッカパウ』のカウンターに、私たちは並んで座った。

包み隠さず本音をぶつけたからだろうか。隣に座る洋平くんとの距離が以前より近く感じて、私は密かに心をときめかせる。

-彼女と別れたの…?

泡で乾杯した瞬間から、私の聞きたいことはそれだけだ。

しかし自分から切り出すのは品がない気がして我慢していると、洋平くんはコース中盤、パスタが登場したタイミングでようやく口を開いた。

「彼女と、別れたんだ。…というか、俺がフラれたんだけど」

それは私が待ち望んでいたセリフでは、あった。

しかしそう言って無理やり笑う彼の横顔が想像と違ってあまりに痛々しく、私は喉がカラカラに乾いてしまって言葉がうまく出てこない。

「…フラれた?洋平くんが?」

なんとか絞り出した声に、彼は静かに頷く。

「繭子…彼女は、すぐにでも結婚して子どもが欲しいらしい。きっと仕事も、辞めたいんだと思う。だけど正直、俺はまだ結婚のタイミングじゃなくて。

30歳を過ぎると、同期の間でもどんどん差がついていくし、新しいビジネス作って結果出さないとっていう焦りもすごくある。スリランカ駐在の順番だっていつ回ってくるかわからない。

…情けないこと言うようだけど、俺は実際まだそんな状態で。だから誰かの人生を引き受けて、さらに幸せにしてやれる自信がないんだ。今は、まだ」

赤ワインを飲む手を止めてゆっくりと語る洋平くんは、これまでに見たことのない顔をしていた。彼女と別れて傷ついているのだな、と思うと、胸を抉られるような痛みを感じる。

洋平くんはいつも自信に溢れ、甘い笑顔で女性をスマートにリードする。普段なら決して、女性の前でこんな弱音を吐くことはないだろう。

そう思ったら、私はたまらなく洋平くんが愛しくなった。ただただ彼の力になってあげたい、そう思った。

「私は…。私は、洋平くんと一緒に幸せを作っていきたい。幸せにしてもらう以上に、私も洋平くんを幸せにしたい。私ができることなんて、たかが知れてるかもしれないけど…」

思いを伝えようと一生懸命に言葉を紡ぐ私に、洋平くんはいつもの柔らかな声で「ありがとう」と微笑んでくれた。

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洋平と別れた繭子は、日高さんと進展する?それとも…