学校の勉強は"ビジネス"に役立たないのか
■「学ぶこと」と「社会で役に立つこと」はイコール
ビジネスの現場からは、しばしば、学校の勉強は役に立たないなどと言われる。産業界からは、もっと仕事で役に立つような教育をやってほしいと要請される。
大学のあり方についても、さまざまな議論が行われている。もっと実践的なことをしないと意味がないと断言する人もいる。一方で、社会ですぐに役立つようなことをするのが学問の目的ではないと反論する大学人もいる。
一体、学ぶことの目的とは何か? そもそも、学力とは何か? さまざまな意見が飛び交う中で、教育の未来についても、不透明感が増しているように思われる。
私は、「学ぶこと」の目的についての以上のような混乱は、脳にとっての学習の意義をその本質において考えれば、自然に解消されると考えている。そして、突き詰めて考えれば、「学ぶこと」と「社会で役に立つこと」はイコールであるとさえ考えるのである。
最近、アクティヴ・ラーニングという概念が注目されている。学習の課題を自ら見つけて、自分のペースで計画し、調査することや研究することを積み重ねて、具体的な成果物にしたり、発表したりすることで学ぶという方法である。
たとえば、美味しいコーヒーを淹れるにはどうすればよいか、という問題に興味を持ったとする。そこから、さまざまな課題に視野が広がっていく。よいコーヒー豆はどんなもので、どこで収穫されるのか? コーヒー豆をローストするやり方は、何が1番いいのか? 淹れ方は、ドリップがいいのか、水出しがいいのか? 「美味しいコーヒーを淹れる」という命題に関係するポイントは、無数にある。
■新しい学習のやり方に共通すること
アクティヴ・ラーニングでは、こうして、1つの問題意識から、さまざまな分野に関心が広がっていく。よいコーヒー豆が取れる自然環境を調べれば、地理の知識が身につくし、品種や栽培技術は生物学の問題である。コーヒー豆の価格や流通からは、世界経済が見えてくる。ローストの技術は、化学や物理学の問題へとつながっていく。
このやり方では、興味や関心が偏ってしまうのではないかという懸念があるかもしれない。しかし、さまざまな調査によって、教室で一斉授業を受ける子どもよりもアクティヴ・ラーニングを通して学ぶ子どものほうが標準的なテストの点数はむしろ高いというデータがある。さまざまなプロジェクトを行えば知識は網羅されていくし、能動的に学ぶことで、学習の効率が高まるのである。
アクティヴ・ラーニングをはじめとする新しい学習のやり方に共通しているのは、一人ひとりが、自らの個性や方向性に沿って学びの方法を工夫することである。そして、そのようなやり方では、「学ぶこと」と「社会で役に立つこと」が接近していく。
コーヒー豆について調べることは、メーカーやショップの担当者がビジネスでやることとほとんど同じである。1つの課題について、自ら仮説を立て、情報を集め、時には独自のアイデアを織り交ぜつつレポートを書いたり、プレゼンをしたりするといった学びは、ビジネスそのものと言ってもよい。
アクティヴ・ラーニングのような能動的なやり方は、現代の情報化社会にマッチしている。子どもたちから大人まで、自らが計画を立てて学び続けることの大切さが、これからますます増大していくように思う。
(脳科学者 茂木 健一郎 写真=PIXTA)