台北市内の様子(写真:TPG / PIXTA)

ここ数年、日本では「台湾フィーバー」が続いている。日本人に人気の旅行先として台湾が上位にすっかり定着した。また、東京で台湾祭りが開かれると大盛況になり、小籠包やタピオカミルクティーの店には長蛇の列ができる。さらに、中華民国の建国記念日を祝うレセプションには代理を含めて100人以上の国会議員が姿を見せるようになった。

とにもかくにも台湾が大人気だ。そのきっかけは、2011年の東日本大震災の際に台湾人が200億円以上の寄付をしてくれたことだった。

だが、このような日本における対台湾感情の改善に見合うほど、日台関係は深化しているのだろうか。

断交以来初めて副大臣級の訪台が実現

2016年、台湾では日本に対して融和的な民進党出身の蔡英文氏が総統に当選した。時を同じくして、日本では戦後最も親台的な首相の一人である安倍晋三首相が政権を維持しており、同年夏に実弟である岸信夫氏が外務副大臣に就任したときには、台湾政策のより一層の推進が図られるかに思えた。日台関係に詳しい中華民国相撲協会の李明峻理事長は次の台湾総統選挙までの4年間を「日台黄金機遇期」と位置付けたものだった。

実際、日台関係には象徴的な進展が見られた。昨年1月、日本は対台湾窓口機関の「日本交流協会」をより具体的な「日本台湾交流協会」に改称、続いて台湾側のカウンターパートである「亜東関係協会」も同様に「台湾日本関係協会」へと名称変更した。同年3月には赤間二郎総務副大臣(当時)が訪台し、1972年の日台断交以来初めて副大臣級の訪台が実現した。

日台の外交官によると、これらの動きは中国が厳重な抗議をしないように外交的なアレンジが施されていた。そもそも、他の主要国の窓口機関は以前から「台北」という地名を含む名称を使っていたし、副大臣級の訪台も実現させていたのだ。

「マイナスからゼロへの改善に過ぎない」との見方が双方で支配的だ。日本としては、1972年日中共同声明で示された台湾が中国の領土の不可分の一部であるという中国の立場を「十分理解し、尊重する」という立場を変えるつもりはない。

日台経済連携協定は暗礁に

一方で、日台間で唯一実現可能で重要な日台経済連携協定(EPA)は暗礁に乗り上げている。

その大きなボトルネックが台湾での福島県産などの食品の輸入規制だ。2015年に台湾がこの規制を緩和どころか強化した時、日本側は「科学的な根拠のない措置」だとして反発した。台湾がこの規制をなかなか解除しないことに日本政府は苛立ちを覚え、台湾が自由貿易原則を守るつもりがあるのかどうか、そのこと自体が疑われている。

この日台EPAは日本より台湾に多くの恩恵をもたらす。関税が撤廃されてもされなくても、日本の工業製品は台湾で売れ続くだろうが、台湾からマンゴーやパイナップルが安価に流入するとなると日本の農家にとっては打撃となる。日台EPAを通すとなると、日本側は外交的にも大きな代償を払うことになる。

北京政府の怒りを買わないように、シンガポールやニュージーランドは台湾との自由貿易協定に署名する前に、中国との協定に署名していた。だが、日本はまだ中国と自由貿易協定を結んではいない。台湾側は協定の中で、台湾が国家であるというニュアンスの強い「テリトリー」や「アグリーメント」という文言が入ることを望んでいる。

次に、輸入規制の問題を台湾側から考えてみよう。台湾で「核食」と呼ばれるこの問題はあらゆる意味で敏感な話題だ。ここ数年、台湾では食品安全関連のスキャンダルが続発していることがまず根底にある。また、2016年に計画されていた関連の公聴会は野党・国民党の抵抗で流れてしまったように、政治化されやすい議題でもある。さらに、蔡英文がひまわり学生運動のボトムアップ的なアプローチを是認したことも、彼女がこの問題で民意を無視して規制撤廃を決断できない遠因となっている可能性がある。

時間が経つにつれ、問題解決の機運はどんどん薄れていくだろう。日中平和友好条約締結40周年を迎える今年は両国の首脳相互訪問も予想され、大幅な関係改善の兆しがあり、対台関係をグレードアップするのは難しくなってくる。台湾側に目を向けると、2020年総統選挙の前哨戦である地方選挙が年末に迫っており、蔡総統による決断の政治的コストは上がっていく。

東京大学で国際政治を研究する松田康博教授は、「日台EPAについての議論を再開するために、台湾は2016年のうちに食品規制を解くべきだった」と語る。

日台EPAの戦略的な意味は大きい。日本は台湾にとって第3の貿易相手国で、このEPAが成立していれば、日本が推進中のCPTPPに台湾が第2陣で加わるというシナリオは描きやすかった。台湾与党・民進党の蕭美琴立法委員は台湾が地域統合から排除されると、台湾の経済的生存に非常に不利だ、と話す。そうした状況で「(日台EPAは)他の国にとっての範例となり、メッセージとなる」とその重要性を強調する。

こうして見ると分かる通り、蔡英文政権誕生以降、日台関係の実質的な進展はほとんどなかったと言っていい。実は馬英九政権時代の方が日台関係が前進していた、と多くの関係者は言う。確かに、世間を驚かせた2013年の日台漁業協定は記憶に新しい。馬英九は中台両岸関係をうまく管理していたので、中国政府は馬英九政権が日本と関係強化をある程度許容していた。逆に、今の中国政府は台湾独立を志向する蔡英文政権に圧力をちらつかせている。

知日派育成が日本政府の急務に

他にも日台関係には懸念がある。日本の植民地世代に日本語を話していた台湾の人々が続々とこの世を去っており、台湾には昔ほど深い日本理解がなくなってきている。そのため、台湾での知日派育成が日本政府の急務となっている。

台湾における中台統一派の過激化も心配のタネだ。終戦の日に反日デモを行っている他、日本人技師・八田與一の銅像や神社跡のこま犬を損壊した疑いが濃厚だ。こうした勢力が、日本企業や日本人に危害を加えるようになると、日本人の台湾に対する好感度は下がらざるを得ない。

また、長期的には安全保障面での協力が望まれる。台湾は地政学的に重要な位置にあり、南シナ海へつながる台湾海峡のシーレーンを確保することは日本の国益に合致する。だが、上記の「1972年」ラインがある以上、表立った協力は現実的でなく、一部の保守政治家が主張する日本版「台湾関係法」制定の目処は全く立っていない。

表面的なお互いの親近感と違い、日台関係はなかなか進展しない。そして、その親台感情も永遠ではないかもしれない。

「日本台湾祭り」の主催者で在日歴30年の銭妙玲・台湾新聞社社主は、台湾文化をさらに伝播していく必要性を痛切に感じている。「ブームはいつか冷めるもの。中国は国も大きく、人も多く、経済も発展している。いつまで台湾が日本人に愛し続けられるかは分からない」。

日台関係には、多くの懸案が山積しているのである。