日本の「新皇室時代」の到来が近づいている。光格天皇以来、2世紀ぶり、憲政史上初の生前退位が刻々と迫る中、内外の注目は「雅子皇后誕生」の行方だ。

 1月2日、皇居・宮殿で行われた新年一般参賀に、平成で最多の約12万70000人が詰めかけた。

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雅子妃のブローチ

 雅子妃は新調したロイヤルブルーのドレスに、真珠とダイヤがあしらわれたシルバーのブローチを着用。同ブローチは、皇太子妃だった頃に皇后の美智子さまが帯留として愛用されていたものだ。

 美智子さまからの大切な贈り物であるとともに、同ブローチは、雅子妃にとって、ゆかりのジュエリーだ。療養中、2013年に、オランダ国王の即位式のため、11年ぶりの海外公式訪問を果たした際に着用していたもの。

 「美智子さまから皇后を引き継ぐにあたり、決意の意志が込められているのでは」(宮内庁関係者)と宮内庁関係者は皇后即位への不安が募る中、期待を高める。

 2004年から「適応障害」で長期療養している雅子妃にとってオランダは特別な地で、雅子妃に理解を示すオランダ王室にとっても、それには「特別な理由」がある。

 オランダ王室も、これまで“特殊な家族問題”を抱えてきたからだ。

 英国のヘンリー王子が、米国人のメーガン・マークルさんと「国際結婚」することで英国にとどまらず、世界中から注目を浴びているが、オランダのベアトリックス前女王の夫のクラウス殿下はドイツ人(2002年逝去)。しかも、元外交官、国際結婚だ。

 地質学者として欧州、米国、アジア諸国でグローバル企業や大学で勤務、欧州の王室ともゆかりのある筆者の友人であるオランダ人は、元外交官だったクラウス殿下のこれまでの苦悩を次のように話す。

 「過去のナチス・ドイツのオランダ侵略の歴史から、反対派のデモ隊が結婚式場の教会に押し寄せ、爆弾も投下されるなどの大事件が発生。クラウス殿下は王室入りした後もドイツ人であることから国内から批判を受けた。それがきっかけで、うつ病、いわゆる“適応障害”を患った時期がある」

 「外交官としてのキャリアをなくした上、ドイツ人として批判され、さらには『女王の伴侶』としてしか評価されなくなったことで、ひどく落ち込んでいった」

 雅子妃は、2006年8月にも、オランダ王室の招きで、オランダで静養している。

父親も住んでいるオランダ

 オランダには、2003年から同国ハーグの国際司法裁判所判事を務め、同所長を退任した後も引き続き同裁判所の判事を務めている元外務事務次官の実父、小和田恒氏が住んでいる。

 同じ民間人の美智子さまの実家の正田家と違い、婚約当初から皇室や宮内庁人事などで“小和田家の関与”が取り沙汰される中、小和田氏自らオランダ政府、王室へ働きかけたとも言われている。

 しかし、一方で「雅子妃にとっては、クラウス殿下、オランダ王室の存在や配慮が精神的な支えになったのは間違いない」(宮内庁関係者)。

 オランダのベアトリクス前女王とドイツ人のクラウス殿下の子息のアレクサンダー皇太子(2013年国王に即位)のお妃のマキシマ妃の存在も大きいからだ。

 結果的に雅子妃の11年ぶりの海外公務となった2013年の夫、アレクサンダー皇太子(当時)の国王即位式への招待は、「同妃が直接、雅子妃に国際電話して実現したもの」(前出の筆者、オランダ人友人)という。

 「同妃は、アルゼンチン出身。さらに、現国王と結婚する前は、ニューヨークの銀行で働いていた元キャリアウーマン」(同上)でもある。

 「マキシマ妃の父上が、アルゼンチンの農林水産相だった頃の政権時の人権弾圧問題などに関わっていたとされスキャンダルとなったが、王子が王位継承権を捨てる覚悟で同妃を守り抜き、無事、成婚を果たした」(同上)。

 結局、マキシマ妃の父は、結婚式には参列できなかった。しかし、マキシマ妃は自らの家族のスキャンダルにもめげず、「今ではオランダ語も堪能になり、持ち前の明るさで、国民の人気も高い」(同上)という。

 さらに、「雅子妃は海外では『ミステリアスなプリンセス』と呼ばれているが、ハーバード卒の元外交官の聡明な妃が、クラウス殿下やマキシマ妃のように難局を乗り越え、日本の国民にも愛される素晴らしい皇后になっていただきたい」とエールを送る。

 ところが、残念ながらことはそう簡単にはいきそうもない。

15年ぶりの出席にネットは炎上

 適応障害を患われてから、様々な行動で批判を受けている雅子妃は新年が明けた1月10日、「講書始の儀」に2003年以来、15年ぶりに出席された。

 「講書始の儀」は、年頭に当たって、皇居・宮殿で、天皇、皇后両陛下が学界の第一人者から講義を受ける行事で、皇太子以外に、秋篠宮ご夫妻ら皇族方が出席して執り行われる。

 2019年5月、「新皇后」に即位する雅子妃の15年ぶりの皇室方が会する皇室行事出席だったが、国民の反応は安堵や喜びもある一方、冷めた批判的なものも多い。ネット上には、次のような書き込みもあった。

 「病気とはいえ15年間何してたの? 日本一の医師、環境で治療してもらってて、歓迎されないよね。これからどの場に出席してもずっと15年ぶり!」

 「15年ぶりですか! 毎年、ご出席される方々は、称賛されることがなく、14年もの間、サボってたこのお方は誉められる。世の中の理不尽さが分かる象徴ですね」

 「実家関係者の医師しか診察させず、病気療養中でも遊びは欠かさず、今頃になって次期皇后になるためのアピールにしか思えない」

 「公務はできなくても、豪勢な貸し切りスキーや夏のご静養は皆勤賞! 国民は疑問に思っています。しかも全部国民の血税です!」

 「薬物治療もしてるんでしょうが、適応障害の第一選択はその環境を変えること。公務がストレスならば皇室を離れられた方がいい。皇后になったらさらにプレッシャーかかりますけど、大丈夫なんでしょうか 」

 雅子妃が「適応障害」という病気を患われてから、今年で15年になる。皇后に即位する雅子妃の健康状態は、国民とともに、新天皇になる皇太子の一番の不安と心配でもある。

 雅子妃へのプレッシャーが高まることは避けられない。

 海外メディアは、優秀な医師団のもと、20年近く経っても、なかなか病状が良くならないのは、その原因となるものが複雑化していることも挙げられるだろうと見ている。

雅子妃の病状に影落とす実父

 その代表的なのが、雅子妃に対する「実父の影響」だとされている。

 新聞記者時代(筆者)、外務省を担当し、同省記者クラブに所属していたとき、ある官僚から次のような話を聞いた。

 「雅子妃には典型的な『官僚思考』がある。私の先輩であった小和田氏(雅子妃の父)もそうであったように、信頼しない人間は、皇族、政府、東宮の人間であっても、関係なく、否定する」

 「接触したくない人とは自ら口も聞かないし、交流をもたない。小和田氏に限らず、エリート官僚に見られる現象だ」とした上、「人を『敵か、味方か』で判断する場合がある」

 しかし、皇族になれば立場は全く逆だ。自らの嗜好やムードで、国民や相手国の賓客に接することは控えるべきで、まして皇后という立場になれば当然だ。

 子育てもそうだ。そういった意味で、雅子妃と皇室には、日本人でありながら歴然とした異文化の障壁が今も立ちはだかっている。

 欧州の王室の中でも、英国王室は自立自営だが、日本の皇室費用は宮内庁の予算で賄われ、国民の税金。

 今後、天皇・皇后は退位するものの新たに上皇・上皇后として即位し、さらに秋篠宮は皇太子には就任せず、皇嗣として活動されることになっている。大幅に拡大する皇室予算を税金でどこまで捻出するか、大きな議論となるのは必至だ。

 皇太子も夫として雅子妃の良き理解者になるのは当然だが、今後は、天皇として雅子妃が、国民の理解を得られ、愛されるように皇后としての品格、見識ある道に、導かれることが望ましいのではないか。皇后になれば、「おひとり外交」も増え、洗練された皇室外交を磨かれるのも、そうだ。

 2013年のオランダ国王即位式では、日本のメディアこそ他の王族と比較し絶賛していたものの、全身を覆い、ピルボックス(縁なしの円形帽)をかぶった雅子妃は、1950年代の「尼僧のよう」と酷評され、「日本の伝統という籠に閉じ込められた可愛そうなミステリアスなプリンセス」と同情を誘った。

 アジアにない世界に誇れる日本の皇室であるよう、新天皇となる皇太子が課された皇室の将来と責務を果たすことは、雅子妃のためにもなるし、夫婦愛でもある。

 そして、それは、ひいては、国民への愛を示した皇室の姿でもあるのではないか――。

筆者:末永 恵