シミュレータの管理室。(「船舶の衝突リスク判断と自律操船に関する研究」に関する共同記者会見にて筆者撮影、以下同)


「海事生産性革命」(i-Shipping) という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 造船や海運の分野で、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)を駆使して新たな成長産業を創出しようという概念である。提唱しているのは国土交通省の海事局で、すでに政府の成長戦略に盛り込まれている重要課題だ。

 i-Shippingが対象とする分野は大きく3つある。

 第1は開発と設計で、デジタルツールによるシミュレーションの国際標準化などについて検討を行う。第2は建造で、コスト削減と品質向上を目指す。そして第3が運航だ。運航時のデータを活用した保守点検や自動運航船の実証事業を進めるとしている。

 国土交通省は、これら3つの分野に対して8つの研究開発支援事業を設定した。その中で注目度が高いのが「船舶の衝突リスク判断と自律操船に関する研究」だ。簡単に表現すれば、「船の自動運転」である。

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事故の原因の大半は「見張り不十分」

 この研究事業に参加する事業者は、日本郵船、MTI、日本海洋科学、古野電気、日本無線、東京計器の6社。昨年(2017年)末に、これら6社による共同記者説明会が神奈川県川崎市内で行われた。

船舶の衝突リスク判断の自律操船に関する研究に参加する企業の関係者


 その際、日本郵船が配布した資料には、自律操船の研究開発を行う社会背景として船の衝突事故のデータが示されていた。それによると全世界の運航隻数は約11万2000隻で、その1%にあたる約1120隻で衝突事故が発生している。そして、その約半数の事故は「見張り不十分」が原因とされている。

 こうした事故を防ぐには、自動車でいう自動ブレーキや車線逸脱防止装置といった「先進運転支援機器」(ADAS:エイダス)の活用が有効なはずだという。

 今回の記者説明会では、日本海洋科学が所有する世界初の4K解像度プロジェクターと360度の大型円筒スクリーンなどを採用した臨場感あふれる航行環境でのデモンストレーションを体験することができた。

 この体験を通して筆者が学んだのは、自動車と船との事故防止に対する考え方の類似点と相違点である。

 船の場合、衝突リスクを判断するための機器として、主にレーダーと「自動船舶識別装置(AIS)」を使う。AISは、自船から他の船に対して、船名、GPSによる位置情報、船首方位、船速などの情報を電波で送信し、それらの情報を専用機器の画面上に表示するシステムだ。

 また、自動車のハンドルにあたるステアリングギアシステムには、船首方位を設定すると自動的に操舵する「オートパイロットシステム」がある。ただし、これはあくまでも簡易的な機器であり、自動操舵というレベルではないという。

 この他、自動車のカーナビに相当する「電子海図情報表示システム(ECDIS)」と、航路を制御する「トラックコントロールシステム(TCS)」がある。ECDISで航路を設定すると、TCSがその航路に沿うようにGPSの位置情報とコンパスがステアリングギアシステムと連動して船の進行方向を制御する。これは、自動車の車線逸脱防止装置と同じような考え方によるものだ。

自動操船は“船長の肌感覚”で

 デモンストレーションでは、シンガポール周辺海域で自船の周辺に大型タンカーや自動車運搬船、さらに小型船などが点在するという、“通常ではあまり想定できないような込み合った状況”が設定された。

 その中で驚いたのは、船長役の人が基本的に目視を最優先して操舵していることだった。目視しながら、航海士役の人に、AISによる他船の情報を聞く。船長役からの質問があったものだけ航海士役が答える形だったが、これが実際にも使われている方法だという。

 大型タンカーとなれば“ほぼ自動運航”というのが、一般の人の予想であろう。だが、実際は人間になるマニュアル操作が主体なのだ。

大型船の内部を想定したシミュレータ


船長役はステアリングギアシステムを手動で操舵する


 デモンストレーションの後、自動操船に向けた第1ステップとして、衝突リスク判断のための新しい警報システムについて古野電気 船舶機器事業部 営業企画部の近藤基治担当部長から説明があった。同社は魚群探知機や船舶向けレーダー機器の大手として知られる。

 新しい警報システムは、OZT (Obstacle Zone by Target:航行妨害ゾーン)という技術がベースになっている。約10年前から東京海洋大学と共同研究を行ってきた分野で、今回の実証試験で初めて表舞台に出すことができたという。

 OZTによる警報システムは、衝突警報アルゴリズムの高精度化と、「船長の肌感覚に近い警報」の実現を目指したという。

 システムの画面は、自船の他船との位置関係が色分けされて表示され、警報の段階が注視、注意、危険という3段階で示される。こうした「船長の肌感覚に近い警報」が、今後「船長の肌感覚に近い自動操船」につながっていくのだろう。

自社で開発した警報システムの詳細について説明する古野電気の技術者


自動操船の実現は2025年頃?

では、自動操船はいつ実現できるのか?

 今回の記者説明会で国土交通省海事局が配布した『海事生産性革命(i-Shipping)について』には、明確な年次は記載されていない。その代わり、自動運行船は、(1)技術の開発・実用化等に伴って段階的に発展、(2)当初は、船員等の判断支援等が主たる機能。その後、機会による自律的判断の領域は次第に増えていくものの、人間の判断が引き続き重要──という、コンサバな表現にとどまった。会場内での取材でも、関係者らから「2025年頃を目指して」という言葉は出てくるものの、いわゆる「希望的観測」の範疇にあるように思えた。

 昨今、自動車産業界では、EV(電動化)、CV(通信によるコネクテッド化)、AV(自動運転)という3つの技術領域の量産化が急速に進み、それに伴いシェアリングエコノミーを代表例とする新しいサービス事業が世界各地で誕生している。この分野は、「MaaS」(Mobility as a Service)と呼ばれる。

 そうした中、今後、モビリティ(移動体)は陸海空の移動の垣根を超えて発展していくはずである。例えば、ライドシェアリング大手の米ウーバーは、無人の垂直離着陸機によるタクシーサービスの2020年代後半の実用化を目指している。

 日本もこうした新しいサービス事業の発想で、空の領域にも、そして海の領域にもどんどん参入するべきだ。島国日本は、造船事業で高い技術力を誇ってきた。ぜひとも日本政府と、造船や操船に関わる事業者には、今回説明のあった技術のさらに“上の上”をできるだけ早期に実現するような、もっと大きな夢を描いていただきたい。それこそが、海自における革命だと思う。

筆者:桃田 健史