先日、都内でJR線に乗っていたところ、インド人か、あるいはパキスタンかスリランカか、細かなことは分かりませんが、ともかくそういった感じの小柄の男性が電車に乗り込んできました。

 四ツ谷駅だったか市ヶ谷駅だったか、そのあたりの駅です。

 彼は一貫して携帯電話で話しています。何を話しているのかは分かりません。ぺらぺ〜ら、ぺらぺ〜ら、はっきりいってうるさく耳障りです。

 しかし誰も注意しません。このあたり、日本人の反応には微妙なものを常々感じます。

 私は御茶ノ水駅から乗って座席に座っていたのですが、新宿駅で人がたくさん降り、このアジア男性が私の隣に座ってきました。

 こういうとき、私の対応ははっきりしています。日本語で「ここは日本で、日本の電車では携帯電話は使わない。すぐ通話を切るように」と、相手の目を見ながら伝えました。

 キッパリした感じで、仮に相手が日本語を分からなくても、何を言っているのかはっきり分かるよう、若干の身振りも加えました。こういうボディランゲージを含むコミュニケーションは、仕事がら長年慣れています。

 直ちに伝わったようで、やや決まりの悪そうな顔をしながら、たぶん「車内で電話するなって言われちゃったよ、またあとで・・・」っぽい内容を伝えたのか、さっと携帯を切り、SNSなのか、文字でのコミュニケーションに切り替えていました。

 ほかの乗客の気持ちは知る由もありませんが、たぶん「ああ、うるさい外国人が静かになった。良かった・・・」と思った方もあることでしょう。

 わけの分からない言語でベラベラしゃべられるのは、気持ちの良いものではありません。私は電車移動中は常に計算機を開いて仕事しているので、ようやく集中できるようになりました。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

ヘイトとは違う文化格差と馴化

 国内外で長く仕事をしていますので、私は、いわゆる「ヘイト」のような感情も感覚も一切持ち合わせていないつもりです。

 また、海外で生活・仕事するときには、その国のマナー、ルールに極力きちんと合わせることにも留意しています。

 分かりやすいところとしては、日本人の家には土足で上がらない。欧州では逆に室内も土足という「外」の一種で、靴下はパンツやシャツと同様「下着」であるため、ソックスや、まして素足など無用に見せない、といったルールを守る。

 ヘイトなどと無関係に当然のことで、どんな社交家の日本人でも他人が自宅に土足で上がり込んで来られれば困るでしょうし、ホテルは室内まで土足、旅館は入り口でスリッパに履き替える。当たり前のことでしょう。

 先日、京都駅で、新幹線の自動販売機を占領している中国人の集団を見かけました。どこに行くか、何のチケットをどう買うか、といったことを決めていないらしく、後ろに長蛇の列ができているのに、全く意に介さず自動販売機を占領している。

 何たることかと思いましたが、こういうときにやはり注意する人を見かけませんでした。

 このときは、私は電車の時間があり、急いでいたので何もコミットしませんでしたが、数日後、やはり京都駅で、時間がないときよく使う、近鉄と新幹線が接続している出口横のカレースタンドで、やはり自動販売機を占領して「あれにしよう、これにしよう・・・」的な相談をしている。

 何人だか分かりませんでしたが、この海外からの観光客一家と思しい集団に対しては、「急いでいるんだから、早くしてくれ、みな時間がないんだから」と、これは英語で伝え、サッサとしてもらいました。

 新幹線車内は長いので、きちんとした席に座って仕事しないと時間的に大変なことになります。そのときは「のぞみ」が満席で、谷間の「ひかり」を取っていたので、本当に時間がなく、またカレースタンドのおばさんたちも、往生の様子でしたので、私に好意的でした。

 「おもてなし」と「ヘイト」の両極の間を架橋するものが、現状21世紀になっているはずなのに、いまの日本には大いに不足している気がします。

 かつて高度成長末期から安定成長の頃、「ノーキョー」という単語が国際社会で微妙に顰蹙を買った時期があります。

 別段農業共同組合に限った話ではないと思いますが、端的にその名で呼ばれる、日本人の団体観光客が海外に出かけ、完全に日本人集団の意識で行動し、各国現地で迷惑をかけまくる、といったことが問題になった。

 筒井康隆さんに「農協、月へ行く」という小説があったかと思います。ティーンの私は筒井さんのファンとして大いに笑わせて貰うとともに、ハイティーンから始まった留学生活で、こういうことはするまい、と自戒の意識も持ったものです。

嫌悪を生み出す生理的感覚

 いま挙げた「電車内での携帯電話」「自動販売機行列前での長話相談・タイムイーター」は、聴覚ならびに時間の無駄食いという、ある種直感的で言語を超えた迷惑ですが、まだそれなりに我慢ができるケースです。

 車内の多くの乗客も静かにしていたし、新幹線の券売機行列はたぶんみんな時間がないはずなのに、先頭を占拠する中国人集団に抗議せずおとなしく並んでいたり、あるいはほかの券売機に並び直したりして、関わり合いにならない、大人の対処をしていました。

 しかし、そうでない場合もあります。大学内で「寮」に関する問題を話し合う機会がありました。

 日本の大学は「国際閉鎖性」で世に知れ、教員の9割以上が日本人(かつ男性)というのが、国際大学ランキングなどで順位を下げる大きな理由になっています。

 このあたりについての基本姿勢は頑迷なほど強固で、全国的には変化の兆しが見えるようには思われません。

 東京大学もいろいろなご意見を各方面からいただき、とりわけ学生の受け入れについては、国際化がそれなりに進んでいるわけですが、実際、各国から学生を受け入れてみると、いろいろ問題があるようです。

 その中でもっとも典型的なのは「臭い」を中心とする生活習慣の違い、という話を聞きました。

 ある民族の生活習慣には、独特の「におい」、あまりいい意味だけでなく、「臭気」もっと言えばTPOが違えば悪臭でしかないものも多く、それが摩擦を生み出しているという実例を耳にしました。

 例えて言えば、せっかく秋の京都の深山幽谷に来たつもりが、突然甘ったるいトロピカルなサンオイルのココナッツ臭など漂ってきた日には台無しになってしまうでしょう。

 欧州各地の都市には必ず「アジア・マーケット」の店舗があります。東京なら新大久保あたりにその種の店を見かけますが、一種独特な食材の臭いがする。

 観光客として、ちらとやってくる分にはあまり気にならなくても、「生活臭」としてこうした臭気に常時さらされると、住民感情的には別のものがあるのは、理解できないことではないように思います。

 かつて、1880年代の日本では、清朝と李氏朝の横暴圧政で、朝鮮半島の人々が弾圧、虐殺されている、これを何とか救わなければ。義を見てせざるは・・・という大義名分で、日本軍が半島に進出、日清戦争を戦った経緯がありました。

 その頃の日本の国民感情には、朝鮮半島に対するヘイトといったものは一切なかった。というより、そもそも朝鮮半島の言語も文化も習俗も、ましていわんや生活臭なども、日本人は誰も知らなかったわけですから。

 それが20世紀に入り、やはり国外で日露戦争を戦って勝利したのち、1910年の日韓併合以降の人的交通・交流が盛んになるわけです。

 1923年の関東大震災で、混乱の中、半島系住民の虐殺などがあったことはつとに知られますが、日韓併合からたかだか干支で1回りほどのことです。

 その間に第1次世界大戦やロシア革命など、歴史の時計の針が動く大きな出来事があり、世界情勢は大きく緊迫、そんな中で護身に回る右傾化した風潮が、こうしたヘイトを生み出した。

 ここで注目したいのは、嫌悪が非常に短期間に成立しているということです。

 同じ時期、欧州ではユダヤ人排斥が高まります。背景には戦争やイノベーションによる経済成長とそれに追いつかない金融との乖離があり、果たして数年後には1929年の世界大恐慌と、その後のファッショへと流れてしまう共通の経緯があります。

 しかし欧州でのユダヤ人排斥というのは、「イエス・キリストを十字架につけたユダヤ人 憎し」という1500年以上続いた地盤、背景があります。中世、近代にもユダヤ人虐殺の記録は多数残っています。

 近世欧州でのユダヤ排斥は、金融に長けたユダヤ人と19世紀中盤、しばしばクリミア戦争以降と言われますが、世界的な恐慌による格差の拡大が、憎悪の対象を探した結果とされます。

 19世紀末〜20世紀初頭にかけては有名なドレフュス事件などのユダヤ嫌悪、ほかにもアルメニア大虐殺など、様々なヘイトと民族浄化の動きが見られました。

 多くのケースは、自然地境だけで隔てられた大陸で、長年の背景がある中で戦争や弾圧が起きていますが、日本と朝鮮半島の場合はその骨格だけが抜き出されたような形になっており、非常に短期間にヘイトが成立している。

 その背景にTPOの交通整理の欠如があったのではないか、という気がするのです。

 亡くなった方のことですから、あえて記しますが、もう40年近く前になりますが、NHK交響楽団に韓国出身の世界的大バイオリニストのC女史が来演した際、当時のN響の事務局長だったH氏が、

 「キムチ臭いブラームスは聴きたくない」

 と公式の場で発言し、大問題になったことがありました。

 最終的には形式謝罪してことを収めましたが、このHさんは、ずっと後、私が東フィルで副指揮者をしていた頃、顧問として事務局に顔を出しておられ、こちらは若造ですので気兼ねなく、全く変化していないヘイトの本音をたくさん聞かされた記憶があります。

 反省なんか何一つしていない。

 後々彼が去った後、C女史と血縁のC氏を東フィルは指揮者として迎えることになるので、その分は補ったものと考えることにして。あえてこういう裏話を記しますが、この「キムチ」に本音が表れていると思うのです。

 Hさんは焼肉が決して嫌いではない。キムチも食べます。

 でもそれは、焼肉店というTPOがあって成立することで、ベートーベンやブラームスを演奏しよう、というまじめなリハーサル室に焼肉臭が漂ってきたら、ちょっと微妙なことになると思います。

 大正生まれと思われる彼の中には、併合直後に成立した朝鮮半島へのヘイトが少年時代からの記憶として、無批判に刷り込まれ、一方では焼肉も食べ、他方では放送局の管弦楽団で事務局運営の責任を持ちながら、拝欧的な意識と、その印画としてのアジア蔑視をずっと温存していたように思います。

 これでは真の意味での国際的な芸術の醸成は望めません。日本のオーケストラはその後大きく成長したと思います。そのポイントは、ケジメにあったように思います。

 C女史の弟にあたるC氏は、尊敬すべきピアニスト・指揮者ですが、日本でのリハーサルはすべて欧州言語を使っていると思います。

 英語はもちろん、フランス語ドイツ語に堪能で、華麗な国際コンクール歴を誇る彼を、コスモポリタンのリーディング・ミュージシャンとして日本のオーケストラは迎え入れている。

 キムチがどうした、といったバカバカしいませ返しは、決して出てきません。

 これと同様のケジメ、仕分けが必要なのではないか。ある種の民族性を、無防備に別の文化の中に移譲しようとしても、生理的な猛反発があるのが関の山です。

 これはあくまで想像に過ぎませんが、1910年代、デモクラシーが進んだとも言われる大正時代に、日本人大衆が最初に触れた半島からの移民へのヘイトは、それこそキムチや体臭といった生理的、無批判な反射的拒否感と、「仕事を取られる」といった経済要因とか、結びついて成立しているのではないかという気がします。

 私は日本人の1人として、日本の美風を守るべきと思います。

 阪神淡路や東日本の大震災直後、多くの国や地域であればすぐに発生するであろう略奪や暴行が一切見られず、退避や復旧に整然と協力する、品位ある日本人の行動は、諸外国に出かけてこの種の話題が出ると、必ず賞賛されるポイントの1つです。

 そういう国にやって来て、電車の中で携帯電話で大声で話したり、自販機行列の先頭を占領して延々議論したり。は、やめていただきたい。

 無防備に自分たちの生活習慣をまき散らかして、生理的反発を招く、かつての「ノーキョー」的な行為は、やめてやるのがむしろ、世界市民的な行動だと思うのです。

 ちなみに、欧州の長距離超特急電車、ドイツのICTやフランスのTGVの車内では、乗客が普通に携帯電話でしゃべっています。正直言ってうるさい。でも、そこでは我慢しています。

 欧州の列車の中では、しかし、音を立てて音楽を流していると、車掌が注意をしてやめさせます。私なりに理解する彼らの文化規範としては、

 「車内で会話するのは構わない。実際、特にラテン系の乗客は、やめてくれというくらいの大声でペチャクチャしゃべっているケースを頻見しますが、誰も何も言わない。だからその延長で、車内で携帯電話を使っても、これは気にしないことにしよう」

 「車内で音楽の演奏は、許可を得た路上芸人が地下鉄や近郊電車で行うだけで、長距離特急では許可されていない。同様に、旅客が外に聞こえる形で音楽をチャカスカ流すのはマナーに反するものとする。イヤホン、ヘッドホンを使ってくれ」

 といった「ケジメ」が、2010年代の欧州市民の大半に、反射的に刷り込まれているのを感じます。

 1960年代、高度成長期の日本で生まれ育った私は、電車の車内で大声で話すということがそもそもマナーに反することで、通学途上のバスなどで友達と小声で話すことはあっても、文庫本を読んでいる人もあれば眠っている赤ちゃんもいる。車内は静かに・・・が基本マナーを、価値観の根本として生理的に刷り込まれている。

 これは、直そうと思っても直るものではないし、直す必要もない、それこそ1人の人間の中に書き込まれた「文化コード」そのものだと思います。

 不用意に音や臭いを撒き散らし、文化コードでレッドカードを出しまくれば、誰だって神経を逆撫でされて当然です。

 「ヘイト」を増長させないためには、それより3歩くらい前の地点にある「文化コード」のケジメが大事、例えば日本の込み合った電車内で携帯通話している外国人には・・・欧米人であれアジア人であれ

 「それはやめておいた方が、あなた自身の身のためだよ」と注意してやるのが、転ばぬ先の杖であると思うのです。

筆者:伊東 乾