2018年1月2日未明、元AV(アダルトビデオ)女優の蒼井そらが、DJの男性との結婚を自身のブログ上で発表した。彼女は1983年生まれの34歳。2002年のデビュー後、「ギリギリモザイク」シリーズなどの人気を背景にゼロ年代のAV業界で一時代を築いた有名女優だが、2011年に新作のリリースを停止している。通常なら、その結婚が大きく報じられることは少ないはずの芸能人だ。

 だが、蒼井そらは中国では一二を争う知名度を持つ日本人である。2010年代に入ってから中国で人気に火がつき、日本国内以上のVIPクラスの芸能人として知られるようになった。彼女の結婚報道も中華圏メディアが先んじて報じ、日本側がこれを後追いした形である。よって、事実上は「中国の人気芸能人」のスクープニュースだとも言える。

 中国のネット上では「昔の彼女が結婚したことを聞いたような気持ち」「夫は日本人か中国人かどっちだ?」と書込みが盛り上がり、祝福の言葉があふれかえった。

 蒼井そらが結婚相手について「彼はイケメンでもないし、お金も持っていないけど」とブログ上で説明したことに驚きを示す声も大きい。中国では結婚の際、日本以上に経済力が重視されるため、蒼井クラスの有名人が「お金も持っていない」男性と結婚する行為は中国的な常識からすれば非常に意外に感じられたようだ。

 今回は、そんな蒼井そらがいかなる経緯で、なぜ中国で有名になったのか。そして彼女の爆発的な人気が日中両国の文化関係の歴史にどう位置付けられるのかを解説してみたい。

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蒼井そらの前は飯島愛が人気だった

 前提として、日本のAVが中華圏で人気を博した過去の歴史を簡単に説明しておこう。もともとJ-POPやドラマ・アニメ・ゲームなどの日本のコンテンツは、1990年代に海賊版の形を取って台湾や香港で普及しており、当時はまだ貧しかった中国国内にもその二重コピー品が流通していた。安室奈美恵や浜崎あゆみ、木村拓哉、反町隆史、松嶋菜々子らが、若者を中心に中国社会でかなりの知名度を持っていた時代があったのである。

(余談ながら、酒井法子が現在もなお中華圏で一定の人気を保ち続けている理由は、『ひとつ屋根の下』などドラマや楽曲がヒットしていた人気の絶頂期に、当時の日本の芸能人としては珍しく熱心なアジア営業をおこなっていたことが関係している)

 1990年代に最盛期を迎えた多種多様なジャパン・コンテンツが中国に流入するなかで、その裏面の一端を占めていたのがAVだった。

 当時、中華圏における有名なAV女優は飯島愛や夕樹舞子だ。特に飯島愛は、蒼井そら以前に男女を問わずセクシーアイコンとして広く名を知られていた。その知名度の高さは、2001年の香港人気コメディ映画『ダイエット・ラブ』(主演:アンディ・ラウ、サミー・チャン)で、主人公が「俺の彼女は飯島愛だ!」と叫ぶシーンがあったほど。映画館に来る一般の観客が、みんな飯島愛を知っているから成立したギャグである。

 2000年代に入り、中華圏におけるJ-POPや日本ドラマの人気は韓流に取って代わられたが、違法ダウンロードが容易なブロードバンド回線の普及と、アジア地域に日本と競合する水準のポルノコンテンツが少なかったことで、AVだけは人気を保ち続けた。

 中国のマニアの間では、当時の日本で人気だった朝河蘭、吉沢明歩、紋舞らん、小澤マリア、波多野結衣などさまざまなAV女優名がそれなりに知られていた。もともと蒼井そらは彼女らのなかのワンオブゼムという位置づけで、特に中国人の好みに合っていたわけではなかったのである。

ブレイクの理由は誤訳・地震募金・芸名?

 蒼井そらが中華圏で本格的にブレイクしたきっかけはSNSだった。2010年4月11日、彼女が自身の公式ツイッターのアカウントをフォローする中国人ファンが多数いることに驚いて、下の画像のようにツイートしたところ、中国人から喜びの返信が殺到。フォロワーが万単位で増えたのである。

中国人フォロワーの急増を喜ぶ蒼井そらのツイート


(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52014)

 当時はまだツイッターの黎明期。フォロワーが1万人いれば相当なアルファツイッタラーとして認められていた時期だけに、この現象は日本国内でも驚きを持って受け止められた。

 もっともこの時点では、蒼井そら以外にも紅音ほたるなど複数のAV女優のアカウントに中国人の注目が集まっていた。だが、蒼井がグーグル翻訳を使って「中国のファンたちありがとう」と中国語でツイートしたところ、たまたま翻訳ミスで「ファン」がサッカーファンを意味する「球迷」と訳された。「球」が女性のバストを婉曲にイメージさせる単語だったことがネット民のセンスに合い、これが中国側のネット上でバズったのであった。

中国側で大ウケするきっかけになった、運命の誤翻訳。その後の蒼井そらは中国市場での人気を受けて、中国語の勉強をはじめることになる


 また、この直後の2010年4月14日に青海省玉樹で大地震が発生したが、彼女は中国のファンへの感謝から中国赤十字を通じて10万円を被災地に寄付した。こちらも中国側で大いに好感を持って受け止められる要因になった。

 ちなみに蒼井そらの名前は、中国語で表記すると「蒼井空(Cang jing Kong)」で、中国人が親しみやすい漢字三文字。しかも標準中国語で読むと尾音がすべて軟口蓋鼻音の「ng」音で統一され、音の高さをあらわす声調も1声・3声・1声と続くので、さわやかでキレイな音に聞こえる。

 蒼井そらが他のAV女優から頭ひとつ抜けて中国人から支持された理由は、中国側のファンと積極的に交流する姿勢を示したことや地震への寄付に加えて、彼女の芸名がたまたま中国向きだった点も関係していたと思われる(往年の飯島愛の知名度が特に高かったのも、同様の要因があったのだろう)。

 ちなみに、中国は当局のネット規制によりツイッターをはじめ国外SNSへの接続が禁止されているが、2010年当時は規制技術が発展途上だったことや、そもそも競合するSNSが少なかったため、ツイッターを積極的に使う中国人ユーザーが一定数存在していた。

 当時、わざわざ国外の新興SNSを使うような中国人は、多くが20〜30代で「情強(情報強者)」のインテリ層だった。胡錦濤政権下で社会統制がかなりゆるんでいた時代背景もあって、こうした人たちはツイッターを使って中国国内では報じられないニュースを得たり、民主化や体制改革の議論をおこなったりもしていた。

 ゆえに当時、日本のAV女優に対するフォローは、こうしたクールでスノビッシュな人たちのおふざけネタとして位置づけられた面があった。中国国内ではタブーである存在(=AV女優)を公然と認める行為が、ちょっとカッコいいとみなされていたのである。

 この時期に体制風刺的な言動で人気があった若手作家の韓寒が公式ブログ上にAV女優の松島かえでのホームページのリンクを貼り付けたり、当時の人気ブロガーの安替が蒼井そらを支持する発言をおこなったりしたのも同様の理由だ。

 蒼井そらの中国でのニックネームは「蒼老師(蒼井先生)」。これも2010年当時の時点では、AV女優をあえて先生扱いするという反権威主義的な考えや、日本のAV女優ですら玉樹地震の被災地に関心を示したのに自国の政府が冷淡であることを皮肉る考えから生まれたネタだったらしい。初期の蒼井そら人気は、ややアンチ体制的な色合いを持っていたのである。

反日デモ現場のいまいちなジョークにも登場

 ただし、中国のネット上で蒼井そらが漂わせていた反体制の匂いはかなり早い段階で消える。所属事務所が中国市場の開拓に対して迅速に対応したこともあり、彼女は2010年11月に中国国内のSNSである新浪微博に公式アカウントを開設。「情強」以外の人たちからも大人気になったのだ。

 蒼井そらは中国国内での芸能活動を本格的に開始し、2011年には中国国内で楽曲をリリースしたりネットドラマに出演したりと引っ張りだこになった。やがてCMやバラエティ番組にも活動の幅を広げ、2012年ごろにはすっかり中国のVIP芸能人になる。同年1月にショッピングサイト大手の凡客誠品が、蒼井そらを旧正月前のパーティーイベントに招聘した際は、なんと50万元(約860万円)のギャラが支払われたという。

2013年に蒼井そらが中国でリリースした楽曲より(中央が蒼井そら)。勢いはある


 結果、彼女の知名度はどんどん上がり、2012年9月に中国各地で大規模な反日デモが発生した際には「釣魚島是中国的! 蒼井空是世界的!(尖閣諸島は中国のもの、蒼井そらは世界のもの)」という、いまいち垢抜けないジョークがデモ現場のプラカードに登場するようにもなった。

 当初は限られたイノベーター層(先駆的な人たち)だけが食いついていたネタが、短期間のうちにレイトマジョリティ層(後追いで流行についてくる人)まで広く受容され、市民権を得たことを象徴する話だろう。

2012年秋、「尖閣諸島は中国のもの、蒼井そらは世界のもの」横断幕が中国国内で掲げられた様子。マレーシアの華字紙『光華日報』より


 蒼井人気に引っ張られる形で、中国では日本のAV女優ブームが広がった。以前から「性文化節」(成人関連商品エキスポ)などに日本のAV女優を誘致する動きはあったが、この流れはいっそう加熱。景気のいいIT企業が年末イベントなどでAV女優を招致する例もしばしば見られるようになった。

 もっとも、中国社会の変化は想像以上に速い。習近平政権の成立(2013年)前後からメディアの娯楽表現に対する規制が徐々に強まり、2015年ごろからはAV女優のテレビ出演は減りはじめた。蒼井そらの人気も、この頃から若干の陰りを見せ始め、香港メディアなどでは中国国内での活動停止の噂もささやかれていた。

 中国市場での人気がピークを過ぎつつあったことを考えると、蒼井そらの今回の結婚発表は、タイミング的にはベストだったのかもしれない。

蒼井そら現象の功罪とその評価

 中国国内で日本の存在感が薄れ、領土問題などで政治的な摩擦も強まった2010年代に、蒼井そらの人気は中国の庶民の対日感情をマイルドにさせる役割を果たした。日中両国の交流の関係の安定化に一定の貢献を残したことは間違いない。

 ただ、蒼井そら現象を日中友好の美しい文脈だけで語ることには問題もある。いくらクリーンなイメージを前面に押し出しても、AV女優の仕事とは性行為を売りにしたポルノ映像への出演であり、業界の少なくとも一部がグレーな世界との親和性を持っていることは周知の話だからだ。

 事実、蒼井そら現象の加熱後は中国の経済発展や円安も相まって、日本のAV女優が中国人の富豪に一定期間レンタルされるために訪中したり、逆に中国の富裕層が日本国内でAV女優と遊ぼうとする例が一気に増えた。

 蒼井そら個人の責任とは言えないが、中国で彼女がアイコンになったAV女優ブームは、結果的に日中間のアンダーグラウンドな商業活動を活発化させた。「日本=ポルノ」という中国国内のイメージを強化させてしまった点も含めて、その功罪はやはり指摘されるべきだろう。

 そもそも、2010年代の中国社会で最も高い人気を集めた日本人がAV女優だったのは、一抹のさみしさを感じさせる話でもある。過去に中国で同様のポジションに位置づけられた日本人は、1980年代は人気映画を通じた高倉健と山口百恵、1990年代はテレビドラマを通じた酒井法子や木村拓哉、2000年代はJ-POPを通じた浜崎あゆみや宇多田ヒカルと、錚々たるビッグネーム揃いだったのだ。

 近年の中国で蒼井そらだけが突出した注目を集めたのは、かつての映画・ドラマ・音楽といった日本のポップカルチャーが往年の力を失い、ソフトパワーとして国際的な訴求力を持つコンテンツが(アニメを除けば)ほぼ女性のハダカだけになってしまった現実を反映しているとも言えるのである。

 今回の結婚発表によって、今後の中国での蒼井そら人気は下火になっていくことが予想される。次の時代に、中国で人気を博す日本人は果たしてどういうジャンルの人だろうか。そもそも、特定の日本の芸能人への人気が中国国内で社会現象化するような事態が、今後に再度起きることはあり得るのだろうか。

 7年間にわたる蒼井そら現象を振り返って、ついそんなことも考えてしまう。

(文中敬称略)

筆者:安田 峰俊