抗議行動の裏側にある意味を考えてみることも重要です(写真:Rawpixel / PIXTA)

長崎県長崎市に本社を置き、フェリーや高速船を運航する海運会社の九州商船で昨年末、労働争議が繰り広げられた。12月25日朝から、長崎市や佐世保市と五島列島を結ぶ旅客船の全便が船員のストライキのために一時運休。同25日午後にストライキは解除され、同26日から通常通りの運航を再開したと複数のメディアが報じている。

ストライキを実施したのは九州商船の船員からなる労働組合(全日本海員組合)。離島の重要な交通手段がストライキによって運航停止となれば、関係者の生活には多大な影響が出る。「公共交通機関に所属する労働者がストライキをして利用者に迷惑を掛けるのはけしからん」といった意見も少なくなかったようだ。

労働者に認められた権利であり尊重しなければいけない

一方で、ストライキは労働者に認められた権利であり尊重しなければいけないという専門家らのコメントも多数ネット上では現れている。

ストライキとは、同盟罷業(どうめいひぎょう)とも呼ばれ、一定数の労働者が集団で同時に一定期間業務を停止し、使用者の経営に打撃を与える争議手段である。

ヨーロッパ諸国等では、ストライキで飛行機や電車などの公共交通機関が運休になるようなニュースをよくみかける。厚生労働省によればストや事業所閉鎖などの「争議行為を伴う争議」は2015年で86件。総参加人数は7万6065人。全国の企業数や労働者数から考えるとわずかな規模かもしれないが、日本でもしばしばストライキは行われている。

一般的には、労働組合と使用者との団体交渉が決裂した場合に労働組合側が要求を実現するためにストライキを行い、それによって使用者側の譲歩を引き出す形で行われる。

多くの場合は、ストライキの実施を事前に通告しながらぎりぎりまで交渉を行い妥結に至り、結果的にストライキが回避されることも多いが、今回の九州商船のケースのようにストライキが実際に敢行されることもある。

ストライキが実際に実施されると会社の営業はストップしてしまいたとえ短期間であっても企業経営にとっては相当な打撃を与えることが可能となる。

そもそも労働組合は、労働者が使用者と対等な交渉力を持つために集団の力で使用者と対峙し交渉を行い労働条件の向上を目指している。

労働組合が行うことが可能な手段のうち最も強力なものがストライキだ。

「いざとなれば、いつでもストライキをするぞ!」という姿勢を使用者に見せることは労働組合の交渉力を大きく高める。

もちろん、不誠実な対応や組合差別などがあった場合に労働委員会を通じて救済を求めることができる不当労働行為制度の存在なども、労働組合の交渉力を担保している重要な制度ではある。ただ、労働組合がストライキを行えるという権利を持っていることで、「何かあれば、労働組合にストライキをやられてしまう」という危機感を使用者側は持つ。

ストライキは、憲法が保障した「憲法上の権利」である。

憲法28条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」と定め、ここでいわれている団結権、団体交渉権、団体行動権は「労働三権」などと呼ばれる。中学、高校時代に社会科の授業で教わった記憶のある読者も多いだろう。

「団体行動権」が憲法上で保障されているのはなぜか

ストライキは、この中の「団体行動権」の最も典型的なものとして憲法上保障されている。こうした団体行動権は、なぜ、わざわざ憲法上の権利として保障しているのか?

ストライキなどの労働組合の団体行動は、必然的に誰かに迷惑を掛ける可能性があるだけでなく、場合によっては、刑法が定める犯罪類型に形式的に抵触しかねない行為でもある。そこまでには至らなくても素朴な市民感情などに流されて、社会的にもストライキを行う労働組合に非難の目が向けられかねないこともある。そのため憲法できちんと権利として保障することにより、法律によってもストライキをする権利を侵害できないことを明言しているのである。

ストライキをする権利に限らず憲法上の権利として保障されている行為は、一般には「なんでそのような権利を保障する必要があるのか」と素朴に疑問に思えるものも多い。しかし、これらの権利は、素朴な感情からは受け入れられにくく、憲法によって保障しておかないと、いつでも破棄されてしまいかねないものだからこそ憲法が保障しているのである。

それは、長い歴史の中でさまざまな出来事を通じて、労働組合の役割、ストライキの意義が結晶化されて、ようやく権利として承認されてきたものであることを意味する。

もともと、労働組合は国家権力から敵視されがちで、労働組合の結成そのものが犯罪として処罰される時代もあった(イギリスでは共謀罪が労働組合処罰のために用いられていたという歴史もある)。

その後紆余曲折を経て、労働組合を結成する権利(団結権)、労働組合が団体交渉をする権利(団体交渉権)、労働組合がストライキをする権利(団体行動権)も憲法上保障されるに至ったのである。

公共交通機関の場合がわかりやすいが、ストライキは、多くの一般市民、利用者にとっては「迷惑なもの」であることは間違いない。かつては現在のJRである国鉄が1975年に8日間にわたるストライキを実施して大混乱に陥ったこともあった。

法律上、ストライキ(同盟罷業)は労働組合が使用者に対して行う争議行為の一つであるが労働関係調整法という法律では争議行為は以下のように定義されている。

労働関係調整法7条

「この法律において争議行為とは、同盟罷業、怠業、作業所閉鎖その他労働関係の当事者が、その主張を貫徹することを目的として行ふ行為及びこれに対抗する行為であつて、業務の正常な運営を阻害するものをいふ」

このように、ストライキなどの争議行為は、「業務の正常な運営を阻害する」ことに本質があるのであるから「迷惑なもの」であることはむしろ当然なのである(逆に言うと「迷惑でない」ストライキはストライキとして無意味である)。

過疎地で普段利用しているバスが運休になったり、離島へ行く唯一の交通手段である船舶が運航停止になったりすれば、誰だって不満を持つだろう。

労働組合の組織率が年々低下し、労働組合の力が弱まってきているともいわれストライキが行われることが珍しくなってきてはいるが、それでも労働組合にとってストライキは「伝家の宝刀」でもある。

ストライキの批判は労働組合に向けられがちだが、労働組合が正当な要求をしている場合に使用者側がこれを受け入れずにストライキをしているのであれば、使用者側にも非難される要素がある。労働組合・ ストライキの存在意義、歴史的重要性、 憲法的価値を踏まえた上で労働組合がいかなる理由でストライキを 敢行しているのかといった背景にまで意識を向けることの重要性は強調しておきたい。