恋愛は人を若返らせる効果があるのかもしれない(イラスト:堀江篤史)

寿命がのびた?!


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「お見合いでカップルになったら、3カ月後ぐらいには結婚するのが普通らしいですね。でも、私たちはもう少しゆっくりでいいのです。今年の秋ぐらいまでに結婚できれば、とは思っていますけど」

ここは東京・銀座にある会議室。公務員の西岡幸太郎さん(仮名、57歳)は、少し早口で近い将来の展望を語ってくれる。スキーやスキンダイビング(素潜り)が趣味だという。年相応の白髪頭だがよく日焼けした肌と引き締まった肉体で若々しく見える。

その隣には、幸太郎さんとは対照的な色白美人が静かに座っている。医療福祉関係の専門職員として働く森谷敏子さん(仮名、45歳)だ。

「お付き合いを始めたときは『2年は待てる』と彼は言っていたはずなのに、気づいたら少しずつ期間が短くなっています」

ゆったりとしたペースで笑う敏子さん。2人は2017年8月に、中高年専門の結婚相談所スーペリアを通じて知り合い、3回デートを重ね、翌月から正式に付き合い始めた。幸太郎さんの希望どおりに進めば、交際1年でのゴールインとなる。子作りなどは視野に入らないため、結婚を焦る必要はないのだが、

「でも、私が定年するまでには結婚したいです」

小声で本音を吐露する幸太郎さん。定年した後も元気に働き続けるつもりだ。現在の職場に再任用してもらうことも可能だが、「墓石販売会社の営業マン」という道も考えている。

「田舎にあった両親の墓を自宅近くに移した際、墓石に詳しくなり、営業職に誘ってもらいました。お客さんのためにちゃんと尽くせば喜んでもらえる仕事です。私には自宅もあり、若干の蓄えもあります。平均年齢を考えると、彼女よりも20年ほど早く他界してしまいますが、そうなったとしても彼女をきちんとお守りできると考えています」

恋愛は人を若返らせる効果があるのかもしれない。いま、幸太郎さんはやる気に満ち溢れている。寿命も延びたのではないだろうか。

一方の敏子さんは40歳を過ぎるまで「結婚願望はまったくなし」で気ままに生きていた。転職を繰り返しながら専門職としてのキャリアを積んできたし、読書やドライブなどの趣味もある。経済的にも精神的にも自立しており、幸太郎さんに守ってもらう必要はない。それを知りながらも幸太郎さんは「男の甲斐性」を示す。この世代ならではの心意気なのだろう。敏子さんは戸惑いながらも嬉しそうだ。

前妻との間にできた、埋めがたい溝

幸太郎さんには結婚歴がある。29歳のときに3歳下の同僚と職場結婚をした。息子と娘を1人ずつもうけたが、約20年前に仕事の担当分野で「想定外の事案」が発生。月に2、3日しか自宅に帰ることができない日々が続いた。職場のほぼ全員が忙殺される中、自分だけが定時で帰るわけにはいかなかった。

「当時、娘が生まれて間もない頃でした。子育てのケアをできなかったことが、(前の)妻とのすき間を大きくしてしまったのだと思います」

娘が中学生の頃、前妻は別居を提案。娘を連れて実家に戻ってしまった。なお、長男は高校卒業後に専門学校に進んで以来、1人暮らしをしている。

しかし、娘は祖父母と折り合いが悪く、高校に進学してからは幸太郎さんが1人で住む千葉県の自宅に戻って来た。生まれ育った土地なので友だちも多いのだ。

「やっぱり嬉しかったですね。弁当を作ってあげたりして、私なりに必死に子育てをしました。娘が高校に馴染めずに『死にたい』なんて口走ったこともあります。これはヤバいと思って妻にも相談したのですが、『そちらで引き取ったんだから責任転嫁しないで』と冷たく言われてしまいました。支えてくれたのは学校の先生方でした。本当に感謝しています。その出来事をきっかけにして妻とは離婚することに決めました」

娘が無事に高校を出て、短大も卒業して巣立って行ったのは2017年の春。公務員としてまだ現役で、アウトドアの趣味が多い幸太郎さんは特に寂しさは感じなかった。ただし、1人での旅先で仲良さそうな老夫婦を見かけると、「いいなあ」と思うこともあったと振り返る。

好奇心と行動力が旺盛な幸太郎さんは、「1年限定」で婚活をしてみることにした。どうせやるならば、きちんとやりたい。5月にスーペリアに入会し、担当者に希望条件を提出した。

「両親の墓を守りたいので自宅を離れることができません。できれば千葉県内にお住まいで、私と同じく離婚経験のある50代の方を希望しました。そのほうが話が合いやすいと思ったからです」

しかし、ほぼ条件通りの女性を紹介されてもピンと来ることはなかった。そして、8月に紹介されたのが神奈川県在住の敏子さんである。お互いの家を行き来しようと思ったら2時間以上かかってしまう距離だ。

「なぜこの人を私に紹介してくれるのか?と驚きました。ぶっちゃけで言うならば、お写真に魅力を感じました。若くて美しい方なので……。私なんかが申し込むとかえってご迷惑かな、絶対無理だよな、ほとんど犯罪だよな、とあきらめ半分だったのですが、返事をもらうことができたのです!」

最初のデート、すなわち2人だけのお見合いは1時間ほどお茶を飲んで解散するのがセオリーである。しかし、幸太郎さんはバブル経験世代の押しの強さを発揮する。敏子さんがお酒を飲めることを確認し、「もしよろしければ夕食も」と居酒屋に誘った。

「お互いに予定が合わず、次に会えるまでに20日ぐらい空いてしまうとわかったからです。セオリーどおりにやっていたら私などは忘れられてしまうでしょう」

幸太郎さんからの数千字に及ぶメール

会えない間はパソコンメールで文通をした。仕事で文章を書くことには慣れているという幸太郎さん。とりとめのないことを数千字も書いて送った。「何度も画面をスクロールしないと読めない」(敏子さん)ほどの量だ。幸いにも、電話よりもメールのほうが好きな敏子さんは喜んでくれ、丁寧な返信をもらうこともあった。

「メールでのやりとりで人柄がわかりますよね。彼女のメールは思いやりがあって、内面の美しさも伝わってきました」

幸太郎さん、ベタ惚れである。吉祥寺の井の頭公園でボートに乗る、ドライブ好きな敏子さんの運転で富士山へ、さらには千葉県銚子市の犬吠埼で夕陽を見る……。デートの予定を次々と入れた。しかし、あまりの急テンポに追いつけない敏子さんから待ったがかかる。当然だろう。先の予定をたくさん入れられると息が詰まってしまう。

東北出身で、全国各地を転々としながらキャリアを積んできた敏子さん。子どもには興味がなく、結婚願望も薄く、「結婚するなら夫婦別姓で別居婚がいい」などと公言して周囲を白けさせてきた。

「たまに恋愛することはありました。でも、私が好きになる人は振り向いてくれず、好意を示してくれる人には私の気が向かないことが多かったです」

2017年からようやく婚活を始めたのは2つ理由がある。1つは、年に1度だけ帰省して顔を合わせる両親が年老いて来たこと。親の死が間近になると自らの孤独を感じやすい。もう1つは、自己啓発的な理由だ。

「私は好き勝手に仕事して、土地にこだわらずにあちこちで暮らして来ました。あまりに自己完結をしてしまい、世界が狭くなっているように感じています。とりわけ結婚したいわけではないけれど、お付き合いの習い事をするつもりでスーペリアに入りました。相手は50代以降の男性ばかりだと念を押されましたが、私は相手の年齢は気にならないので問題ありません」

45歳という年齢はスーペリアの女性会員の下限だ。多くの男性は自分より若い女性に魅力を感じるものなので、敏子さんの選択は正しかったと言える。

猛プッシュに戸惑ったものの…

一回り年上の幸太郎さんによる猛プッシュに戸惑った。しかし、時間を置いてみるとデートの楽しさを思い出した。

「彼と一緒に過ごすことで、1人では立ち止まらないような場所で風景を見て、感想を共有できました。もう少し彼について行ってみようかな、と思えたんです」

最終的な決断は9月だった。新たな男性会員の紹介書が送られて来ても自分の気持ちが動かなかったら、幸太郎さんとちゃんとお付き合いしよう。そして、2人は正式に交際を始めスーペリアの退会を決めた。

「夜勤明けに彼女から承諾のメールをいただきました。本当に嬉しかったです」

声を震わせる幸太郎さん。感動が今でも続いているようだ。片道2時間の中距離恋愛であるが、週に1度は会っている。千葉の自宅に住み続けたい幸太郎さんはできれば敏子さんに来てほしいのだが、決して無理は言わない。敏子さんを立て、尊重する姿勢を崩さない。

「彼女は専門性の高い重要なお仕事をされています。就くまでの努力も並大抵ではないでしょう。大げさに言えば国の財産です。私の勝手で辞めていただくわけにはいきません」

数年おきに転職をしてきた敏子さんは、「仕事はたっぷりやって来たので一区切りつけてもいい」と明かす。千葉に転居したとしても専門性を生かせる仕事が見つかる自信もあるのだろう。幸太郎さんとの新生活を含めて、今までと違うことをやろうと思えればやれるのだ。

「ぜいたくな人生を過ごさせてもらっている。私は恵まれています」

控えめに語る敏子さん。好きな仕事に励み、いろんな土地で暮らした。すれ違いの多かった恋愛も40代半ばになって大きく実ろうとしている。そんな自分は恵まれていると感じる謙虚な心持ちが、敏子さんを内面から輝かせている気がする。