『anone』は何を問いかける? 『Mother』から『カルテット』まで、坂元裕二の作家性の変化

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 坂元裕二脚本のドラマ『anone』が始まった。日本テレビ系水曜夜10時から放送されている本作は、ネットカフェで2人の少女と暮らす辻沢ハリカ(広瀬すず)が主人公の物語だ。

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 ハリカは一緒にネットカフェで暮らす少女から海岸沿いで大金を見つけたという話を聴き、3人で一緒にお金を探しにいく。そこに法律事務所で事務員として働く林田亜乃音(田中裕子)、一緒に自殺しようとさまよっていた阿部サダヲと小林聡美が演じる謎の男女、そして瑛太が演じる謎の男が絡んでくる。

 坂元裕二は1991年に大ヒットした『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)を手がけた脚本家として有名だが、近年ではドラマファンからの支持が熱く、最新作が待ち望まれている脚本家の一人である。そして、この『anone』は、坂元裕二が日本テレビ系で手がけた、チーフ演出の水田伸生を中心とした『Mother』『Woman』のチームによって制作されている。2010年に坂元が手がけた『Mother』は、今の作風を確立するきっかけとなった作品だった。

 96年以降、テレビドラマの第一線から離れた坂元裕二は2000年代に復帰した。向田邦子賞を受賞した『わたしたちの教科書』(フジテレビ系)を筆頭に、その時期の坂元裕二は海外ドラマのようなお話の構造がしっかりとしたドラマを手がけていたのだが、『Mother』以降はミニマルな会話劇と同時に先の展開がわからないドラマを書くようになっていった。

 特に近年は、結末を決めずに順番に書いているらしく、昨年の『カルテット』に至っては、登場人物の設定もジャンルもコロコロと変わっていく先が読めないドラマを展開した。その意味で坂元裕二にとっての2010年代とは、脚本家としてどんどん自由になり作家性を開放していく過程だったと言える。

 『Mother』、『Woman』に続く作品として『anone』は宣伝されていたため、2010年代の坂元裕二のキャリアを締めくくる総括的な作品となるのではないかと思ったのだが、第1話を見終わった印象でいうと、『Mother』以降の流れを踏まえた上で昨年の『カルテット』で開拓したなんでもありの新境地へと向かっていると感じた。

 物語は当初、いつもの社会派ヒューマンドラマ路線で始まるかに見えた。しかし、導入部で語られるのは、余命半年の持本舵(阿部サダヲ)と犯罪を起こした元銀行員の青羽るい子(小林聡美)の脱力感のある会話劇だ。一緒に自殺しようと言っているのに全体のトーンはどこかコミカルで、過去作でシリアスに向き合っていた現代の貧困の問題も、カラッとしたブラックユーモアとして描かれている。

 それがピークに達するのが、ハリカたちが札束の入ったカバンを巡って、激しい奪い合いをする場面なのだが、カーチェイスをしながら、なぜか手に入れたお金をその場で処分していく林田亜乃音(田中裕子)の姿は、もはやコメディである。

 個人的には『カルテット』の第6話を思い出した。

 ただ、こういったコミカルなパートはより深い絶望を描くための前フリでしかない。多くの視聴者が驚くのは、チャット相手のカノンに話していたハリカの幼少期の記憶が、施設で受けた辛い虐待を忘れるために自ら捏造したものだったという超展開だ。ここではじめて、リアルなディテールを積み重ねながら、どこかおとぎ話めいたテイストの意図がはっきりとしてくる。

 物語にはさらに先があり、実はカノンの正体は紙野彦星という、ハリカと同じ施設で暮らしていた少年だった。正体を隠してハリカに近づき、実は彼女のことを見守っていたのだ。しかしそんな彼女もカノンが余命わずかとわかるのだが、次から次に新しい物語が浮き上がっては、否定される第1話を見ていると、ハリカによって語られる物語はどこまでがホントでどこからが嘘なのかわからなくなってくる。

 2015年に大ヒットした映画『シン・ゴジラ』のキャッチコピー「現実VS虚構」ではないが、2011年の東日本大震災以降の日本においては、現実と虚構の関係性は見事に反転しており、今や現実の方が震災やらミサイル発射といった大きな事件で溢れかえっている。AIなどのテクノロジーの発展にしても同様で、かつてはSF映画で展開されていたようなことがどんどん現実化していっている。

 そんな中、フィクションの中で露悪的な現実を突きつけても、もはや視聴者には届かない。求められているのは、過酷な現実から自分たちの心を守るためのシェルターとなるような「誰も傷つかない優しい世界」だ。

 坂元裕二の『カルテット』が熱狂的に支持されたのは、あるフィクションを通して「誰も傷つかない優しい世界」を用意してくれたからだろう。そんな『カルテット』からの連続性で『anone』を見ると、優しいファンタジーを私たちがなぜ、求めるのか? ということを裏側から描いたように見えた。

 今後、坂元裕二がドラマを通して問うてくるのは、私たちにとってのファンタジーは何かということだろう。それはそのまま今の時代にどういう物語が必要なのか? という坂元裕二自身の自問自答だとも言えるだろう。(成馬零一)