元日の午前中だった。筆者の通信アプリが着信を伝えた。新年の挨拶の他に、もうひとつメッセージがあった。

「今シーズン、蔚山現代(ウルサンヒュンダイ)にレンタル移籍することになりました。(12月)28日に話をもらい、バタバタの交渉、合意でしたが、新しいチャレンジを受け入れてくれた家族に感謝です」

 差出人はサガン鳥栖のFW、豊田陽平だった。


サガン鳥栖から蔚山現代へのレンタル移籍が発表された豊田陽平

「プレイする楽しみや喜びを取り戻す年にしたいと思います。正月早々での報告になり申し訳ありません。引き続きよろしくお願いします」

 文面は礼儀正しく、過不足ない説明で、豊田らしかった。しかし同時に、相当な覚悟をしたことは伝わってきた。なぜなら彼は新シーズンも鳥栖でプレーする腹を決めていたからだ。

 その決断を覆すほど、状況は切迫していたのだろう。

 昨年11月、鳥栖で食事をしたときの豊田はどこかもどかしそうな様子だった。2017年はリーグ戦28試合出場、5得点。低調な成績以上に、自分を取り巻く環境の変化に戸惑いがあった。このままでいいのか、という思いが湧いていた。「鳥栖のために」という忠誠心に似たチーム愛と、「自分のプレーを追求したい」というサッカー選手としての純粋な探求心の板挟みにあっていた。

 結局、5時間以上も話し込んだが、そのときの豊田は、前者を選ぶことで後者も捨てない、という人生を選択するつもりだった。

「基本的に契約を全うするつもりですよ。試合に出られなくなったからどっかに行く、という考えは僕にはありません。チームに恩を返し、身を粉にして働き、鳥栖にタイトルを」

 豊田は毅然として言った。その言葉に偽りはない。しかし鳥栖を愛しているからこそ、自分の状況も鑑(かんが)み、「このままではいけない」という思いも断ち切れなかった。

 鳥栖のエースとして、真剣に案じていた。

「砂の岩と書いて砂岩」という家族のような団結こそ、鳥栖の強さの源だったはずだが、その伝統が失われつつあるのではないか。戦い方も、ボールをつなげる選手が増えて洗練された一方、ゴールという選択肢があるならそれを優先し、早くボールを入れるべきではないか。いくつもの疑問が湧いてきたが、自身はあくまで一選手で、フロントの人間ではない。「こうするべきだ」という持論を口にするのを憚(はばか)った。そもそも、正解があるものでもない。

「ただ、鳥栖は自分の前にも歴史を作ってきた人がいます。僕はその初心を忘れたくはない。昔の鳥栖は、失うものがない挑戦者でした。それだけに謙虚で、どんな相手にも必死に戦った。自分はそういう中で、ぶれずに戦ってきたとは思っています」

 豊田はそう言って唇を噛んだ。

 2008年の北京五輪に出場した豊田は、1ゴールを記録。将来を嘱望されていた。しかし本田圭佑、長友佑都、内田篤人らが続々と日本代表の主力になっていく一方、その後の彼は不調に喘(あえ)いでいる。

 そして2010年、J2だった鳥栖に入団した。「豊田は終わった」と口さがない人もいた。しかし、これが飛躍の契機になった。

 2011年にはJ2得点王に輝き、チームをJ1昇格に導いている。2012年にはJリーグベストイレブンに選ばれ、チームはJ1で5位に躍進。2013年には鳥栖史上初の日本代表に選ばれ、クラブを史上初の天皇杯準決勝へ。2014年には代表初得点を記録し、8月に鳥栖は首位に立った。2015年にはアジアカップに出場。リーグ戦では4年連続15得点以上を記録し、苦しむチームでひとり気を吐いた。2016年も13得点ながら、守備偏重の鳥栖を支えている。

 その歩みはいつもチームとともにあった。

「自分はチームに活かされ、チームを活かす選手」

 それが豊田の信条だった。しかし、疑問が湧いてしまったのだ。

「自分は鳥栖に本当に必要とされているのか?」

 豊田は「我慢が自分の人生」と言い切るほどに、求道心が強い。己と戦うことで、今の成功をつかみ取った。答えを探す旅に出るのは必然だったのかもしれない。

 過去に、Jリーグの他のクラブから倍の年俸を提示されても動かなかった。欧州のクラブからのオファーにも、首を横に振っている。「利」や「理」では決して動いていない。しかしプレーしたいという欲求は、サッカー選手にとってほとんどすべてである。

「選手生活はあと5年。残された時間は長くはありません。その中で、選手として後悔がない戦いをしたい。最近、次男がサッカーを好きになってきたようで。次男にもパパがサッカーをやっているところを見せたいなというのはありますね」

 豊田はそう洩らしていた。

「プレイする喜びを取り戻したい」

 その言葉が、今回の移籍理由に尽きる。かつて鳥栖を率い、尊敬するユン・ジョンファン監督が2016年まで率いていた蔚山現代に移籍するのも運命か。豊田にとって、存在証明を懸けた戦いになる。

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