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●スタートアップと大企業のいいとこ取り

2014年4月に、ソニーで誕生したのが「Seed Acceleration Program」、通称・SAPだ。代表執行役社長 兼 CEO の平井 一夫氏の肝いりで始まったプロジェクトで、「新たなビジネスコンセプトをスピーディに事業化する」というミッションを背負っている。

現場でSAPを統括するソニー 新規事業部門 副部門長 兼 新規事業創出部 統括部長の小田島 伸至氏は、SAPのコンセプトについて「ソニー本体が手がける既存の事業体と被ることなく、飛び地を開拓しなくてはならない、新規事業創出専門の事業といえる。スタートアップに着目した組織として誕生しているが、事業を継続的にやっていくことがミッションだ。起業家人材を育成しつつ、ソニー社内にいる匠の人材を束ねてプロ集団にしていくのが狙いであり、このコンセプトは3年が経過していまでも変わらない」と話す。

SAPは、単に電機メーカーが社内スタートアップを支援して、「新しいハードウェアを量産しよう」としているわけではない。小田島氏は「SAPの基本はプラットフォーム型にある。コアをソニーが持ち、他のプレイヤーが得意なコンテンツを持ち寄ってくれる世界を目指している」と語る。

確かに、SAPが事業化したものを見ると、プラットフォームとして機能しているものばかりだ。例えば「AROMASTIC」という5種類の香りを持ち運べるカートリッジ式のパーソナルアロマディフューザーがある。本体のボタンを一押しすると、気体拡散方式(ドライエアー方式)により、自分だけがアロマの香りを楽しめるようになっている。

SAPとしては、本体やカートリッジなどのプラットフォームを構築する一方、香りのオイルは、イギリスのニールズヤードレメディーズやyuicaなどのアロマを専門とする会社が提供する。「アロマ業界はソニーにとってはまさに飛び地。飛び地なので、全く新しい販路を開拓しないといけない。しかし、飛び地にソニーのフラグを立てることに価値がある」(小田島氏)。

一方、SAPでの取り組みが成功し、ソニーの将来に欠かせない存在になったことで、ソニーグループに取り込まれた事例もある。

Qrio Smart Lock

スマートロックの「Qrio」はもともと、ベンチャーキャピタルのWiLと組んで会社を立ち上げた。しかし、2017年8月に「ソニーのスマートホーム戦略に合致する」として、nuroなどを手がけるソニーネットワークコミュニケーションズ(SNC)に移管され、同社の子会社となった。

「Qrioはサービスのアイデアが豊富で、ユーザーに刺さる提案ができている。一方でSNCはネットワーク関連の知見が豊富。いま、SNCには家の中でつながる製品が集められており、Qrioと連携すれば誰がいつ、帰ってきたかがわかる。これから面白い提案が期待できそうだ」(小田島氏)

現在、SAPのある新規事業部門のトップは十時裕樹氏が担当だ。十時氏はXperiaを手がけるソニーモバイルコミュニケーションズの社長でもあり、SNCの社長でもある。「スマートホーム戦略は十時が俯瞰して見ている。彼の知見と判断を仰ぎながら、SAPを進めている」(小田島氏)

今後、あらゆるものがネットにつながる時代になっていくが、十時氏がSAPをはじめとして、ソニーモバイルやSNCを見ていることもあり、IoT時代におけるネット連携にも強みを発揮できることになりそうだ。

○欧州部隊が日本のSAPに与えた影響

SAPでは1年目に社内外の人が集まり、ワークショップなどを行ったり、試作機を作れる「Creative Lounge」を設立。2年目には早くもプログラムのなかから製品化したものが出てきた。3年目以降は社外のスタートアップを対象にしたオーディションを実施。さらにスウェーデンに「SAP Europe」を設立するなど、海外展開も始まっている。

小田島氏は「スウェーデンはもともとソニーモバイルのR&D施設があり、世の中に全く新しいモノを出していきたいという人が多かった。いまではヨーロッパのSAPが独自に進化し、その取り組みが日本に反映されているものもある」と語る。

SAPでは、ビジネスアイディアを審査するオーディションが開催されるのだが、SAP Europeではその模様を、社員食堂などでライブビューイングするという試みが行われた。そうしたことにより、ほかの社員を巻き込み、気づきを与えることにつながったため、日本でもライブビューイングが導入されたのだという。

そんなSAP Europeから生まれた第一号の事業化案件として、スマートオフィスソリューションの「Nimway」がある。ソニー独自の屋内位置情報認識技術を活用し、オフィスの会議室の場所や空き状況、同僚の居場所が一目でわかるというものだ。ヨーロッパではフリーアドレスのオフィスが多いことからニーズが高まっている案件で、スウェーデン企業の導入を起点に、ヨーロッパ各国の大手企業らが導入を検討しているという。

小田島氏は「フリーアドレスのオフィスは、欧州では圧倒的に多いが、日本ではまだ導入しているところは少ない。日本でフリーアドレスのオフィスが増えたときには、向こうで完成度が高まったNimwayを日本に導入できるのではないか」と期待する。

●ソニーだからできる、SAPが回せる理由

まもなく丸4年を迎えるSAPだが、小田島氏はいまの課題はどこにあると見ているのか。「SAPとして売上げは伸びているが、スケールしているとは言えない。そこはこれからだと思う。ここ数年で、ソニーグループ全体は回復したが、我々、SAPとしての尺ではスケールできていない」と振り返る。

スタートアップはいずれも規模を拡大させるところで、大きな壁にぶつかってしまう。そんななか、今後、SAPが規模を拡大させていくなかで、他のスタートアップやインキュベーションプログラムにはない「強み」といったものはあるのだろうか。

「組織が大きくなると、それだけ収益化が難しくなる。また、モノを安く作るために大量生産すれば、今度はそれらをたくさん売るのが課題になる。すると、今度はマーケティング力やPRの力が必要となってくる。つまり、モノをたくさん作って売ろうと思えば、それらを支えるオペレーション部分が重要になる。多くの会社は資金調達して人材を増やしてしまい、それでなかなか黒字化できなくなりがちだ。その点、ソニーは長年の知見からオペレーション部分の効率化はかなり得意だ。そうしたオペレーションの得意なメンバーが、SAPに入ってくることで、さらに効率化できる」(小田島氏)

実際、SAPには事業に応じて、オペレーション部分のサポートを専属、あるいは"本業"と兼ねてサポートしているメンバーがいる。こうすることで、複数の事業を効率よくサポートできる体制が整っているようだ。

○SAPプロダクト、一つの区切りは「後任へのバトンタッチ」

2017年には、FESWatchの新モデル「FES Watch U」が登場し、wena wristも新モデルが発売された。後継機種が発売されることで、製品の完成度も増してきたように思う。

小田島氏は「2世代目の開発はとても楽だ。開発者たちに経験と知見が貯まっており、さらにみんな、小型化していくなど明確な目標ができ、開発に貪欲になっているからだ。wena wristは今後、普通の事業になっていくのではないか」と語る。

ここで気になるのが、メンバーたちのモチベーションだ。そもそも、新しいことを立ち上げたくて集まってきたSAPのメンバーたちだが、事業として成功し、ゴールテープを切ってしまうと、今度はまた新しいことをやりたくなってくる人たちではないのだろうか。

小田島氏は「wena wristなどはまだ改善し切れておらず、しばらく続くだろう。しかし、開発者たちのモチベーションがなくなるようなことになったら、違う人にバトンタッチすれば良いのではないか。良い例がPlayStationで、プロジェクトのメンバーが世代交代をして、製品も進化してきた」と話す。

ハードウェアのスタートアップとして、ぽっと出で一つの製品を出して終わるだけでなく、wena wristのように後継機種を複数、発売できる事業がようやく出始めた。将来的にソニーの屋台骨となるような、開発メンバーが世代交代して進化し続ける製品やソリューションを生み出せるようになると、SAPの評価も一気に上がることになりそうだ。