スマートな映画の歪な続編!? 『キングスマン:ゴールデン・サークル』に漂う、徹夜明けの雰囲気

写真拡大

 「それ、『男たちの挽歌2』(87年)じゃないですか」……『キングスマン』(14年)の続編ができる、しかもアレしちゃった人気キャラが再登場すると聞いたとき、反射的にこう思ってしまいました。

参考:「ハリー抜きの『キングスマン』は考えられなかった」 マシュー・ヴォーン監督インタビュー

 『男たちの挽歌』(86年)は香港ノワールの代名詞なわけですが、その続編である『2』は無茶な続編の代名詞です。詳しい話は割愛しますが、簡単に言うと1作目で人気キャラがアレして、物語も完璧に決着がついていたのです。続編を作る必要もないし、作りようもありません。しかし監督のジョン・ウーと製作総指揮のツイ・ハークは「実は双子がいた」と人気キャラを再登場させるなど、強引に問題解決を図りました。その結果「銃撃戦でヤクザが100人くらい死ぬ」「チョウ・ユンファが銃を片手に米を大事にしろとブチキレる」などの見せ場が続く、徹夜明けみたいな、歪な映画に仕上がったのです。前置きが長くなりましたが、『キングスマン:ゴールデン・サークル』(17年)もそういう感じの映画です。

 『キングスマン』は不良青年エグジー(タロン・エガートン)がスパイ組織“キングスマン”にスカウトされ、一人前のスパイになっていく物語でした。スタイリッシュなアクションとマシュー・ヴォーン監督お得意のブラック・ジョークも注目されましたが、何と言ってもアクション映画のイメージが全くなかったコリン・ファースの起用が大いに話題になりました。彼が演じた紳士なスパイ“ハリー・ハート”は大人気キャラになり、映画も大ヒット。皮肉が利いてスマート、まさしく英国紳士的な映画として、今日でもファンが多い作品になりました。そんなわけで今回の続編ができたわけですが、前述のようにハリーはアレしてしまい、お話としても『1』で綺麗に決着がついています。この続編をどう作れと言うのか? まさに『男たちの挽歌』状態ですが、マシュー・ヴォーンが出した答えも『挽歌2』と同じものでした。すなわち無茶振りに無茶で答えたのです。

 まずは「頭までなら撃たれてもセーフ」という設定を追加。アメリカの組織“ステイツマン”として豪華キャストを揃え、音楽もPrinceの「Let’s Go Crazy」やCameoの「Word Up!」など、理屈はいいから騒ごうぜ的な曲が鳴り響き、本人役のエルトン・ジョンが歌いまくるなど、異様にテンション高めのシーンが随所に入っています。その一方で、お話はかなりメチャクチャになっており、さらに悪趣味ギャグも度を越してパワーアップ。『八仙飯店之人肉饅頭』(93年)的な残虐シーンに、往年の三池崇史映画のような下ネタCGまで飛び出す有り様です。前作は悪趣味ギャグをやりつつも、全体的にはポップで親しみやすかった印象でした。それが本作では陰鬱さが勝っているように見えます。これは前作の残虐シーンが活劇などでポップに味付けされていたのに対し、今回は素材の味そのままと言いますか、文字通り生々しいからでしょう。前作でギリギリのところで保たれていたユーモアのバランスが崩れてしまっている印象です。

 マシューは「今までで一番大変な現場だった」と語っていますが、その言葉の通り、徹夜明けのような雰囲気が映画全編を貫いていました。そう思ってみると(妄想してみると)、ヤケクソ気味に歌い上げられる「Take Me Home, Country Roads」は、監督の心の叫びのようにも聞こえてきます。先の見えない仕事をしていると、無性に帰りたくなりますね。分かる、分かるよ、マシュー……。そんなわけで、本作を一言で表すなら「スマートな映画の歪な続編」と言ったところでしょうか。その歪さを好きになれるか、あるいは許容できるかが、作品の評価を分けると思います。(加藤よしき)