『意識のリボン』綿矢 りさ 集英社

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 綿矢りささんが最年少で芥川賞を受賞されたのは、もう14年も前のことになるようだ。それまで芥川賞の存在を知ってはいても、関心を持っている人はほんとうに少なかったのではないかと思う。芥川賞の歴史にとって、綿矢さんと同い年の金原ひとみさんがW受賞されたことの影響は計り知れない。しかしながら、20歳前後の美少女たちのW受賞に注目した人々の中でも、その後の綿矢さんと金原さんが着実に作家としての実績を積み上げておられると知る人は、やはり多くはないという気がする。

 『意識のリボン』は短編集。もともと著者のユーモアセンスには無視できないものがあるが、本書においてはそれが際立っていると感じた。最近あまり見かけなくなったけれども、ネットの掲示板などで自分と同じ意見の人に対して「お前は俺か(略して「おまおれ」)」という書き込みが一時期よく使われていたのを思い出す。本書の「おまおれ」感、ハンパなし。

 特に私がユニークだと思ったのは「こたつのUFO」。主人公である「私」の30歳の誕生日の一日を描いた作品である。綿矢りささんは1984年2月生まれで、この作品の初出は「新潮」2014年6月号。どうしたって著者本人をモデルにした小説ではないかという想像が思い浮かぶわけだが、冒頭の一文がまさに「三十歳になったばかりの私が、三十歳になったばかりの女性の話を書けば、間違いなく経験談だと思われると、これまでの経験から分かっている」。続けて実際に自分が小説について訊かれるときにあたかもその主人公へ問いかけるかのような質問をされることや(「私」もやはり作家であることが示唆されている)、「私」自身が何かを作り出す人間に対してその人の人間性を表した作品を作るのではないかと思いがちであることが明かされる。終盤には思わぬ展開が待っているのだが、なんといっても"30歳女子が心の中で何を考えているかが披露される"という点が読みどころ。ノリツッコミが炸裂しており、それでいて希望の感じられるラストが印象的な、本書の中でいちばん好みの一編だ。

 「怒りの漂白剤」は、前述の「こたつの〜」や本書の最初に置かれている「岩盤浴にて」などのモノローグをさらに進化させたような作品。「もしかしてエッセイなのかな?」と感じられる内容で、興味深い。表題作「意識のリボン」は、さらにさらに内省的な作品。交通事故に遭いなかなか意識が戻らずにいる主人公の真彩は、実は意識下では覚醒していて闇や光を感じたり亡くなった母親と再会したりこれまでの自分の人生を振り返ったりしていた。生と死について、現時点で綿矢さんが真剣に考えられた結果がこの一編に表現されているのかなと思う。

 綿矢さんは私より18歳近く年下でいらっしゃるが、書かれた小説を読むと驚くほど年齢差を感じさせない部分もあり、人間が成長する速度というものはさまざまであるなあと改めて実感させられた(高校生の娘の身を案じる母親が主人公である「声の無い誰か」など、50代に突入した私自身がいまからでも見習うべきではないかと思わせるリアルさをもって描かれている)。綿矢さんと金原さんのおかげで芥川賞というものを意識されたという方々も、ぜひその後の彼女たちのご活躍まで見届けられてはいかがでしょうか。

(松井ゆかり)