電力業界に風穴を開けた起業家の「壮大な目標」

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2017年に急成長を遂げた、エネルギー業界の新星スタートアップ。業界に風穴を開けたのは、泥臭く実直な姿勢を貫く起業家だった。

これまで一切取材に応じてこなかった、次のユニコーンとの呼び声高いスタートアップがある。累計調達60億円、IT化が遅れていたエネルギー業界に新風を吹かす、名越達彦率いるパネイルだ。

「未来から逆算した壮大な目標として、電力供給の完全自動運転の達成を掲げています。”エネルギー市場に最先端のテクノロジーを”と、電力とインターネットを結ぶ唯一のプラットフォームを作ることにこだわりました」

アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の登場がネット業界の構造とその未来を一変させたように、彼らのクラウド型電力小売基幹システム「パネイルクラウド」は、電力業界に大きな変化をもたらそうとしている。

日本の電力小売りの生産性は、戦後60年近くにわたって欧米諸国対比で低いままだった。日本の電力業界では供給原価に基づいて料金が上下する総括原価方式が根付き、コスト抑制の力学が働かない構造が維持されてきた。2016年4月には電力小売りの全面自由化が行われたものの、新規参入者が事業を開始するためには、複雑な登録申請プロセスへの対応、数億円の大規模基幹システムの導入、24時間の運用体制構築などを必要とした。

そんな電力小売市場のIT基盤を根本から見直し、再定義するのがパネイルクラウドだ。電力業界ではこれまで、手作業でのエクセル運用が是とされ、ITシステムは数十年前の標準プログラミング言語で記述されていた。同社はそれらを近年普及している言語で一新、作業場所をローカルからクラウドへ、作業者を有人から人工知能(AI)へと置き換えた。

「まさに中国古文から現代文への翻訳作業のよう。既存サービスの膨大なコードを、地道に読み解いていきました。『事業化は無理だろう』と誰もが手をつけなかったことをやりきったことが我々の強みです」

電力小売領域の営業活動・顧客管理・需給管理・電源調達などを一気通貫で運用できるようにし、国内電力供給オペレーションの自動化を実現。販売管理費率を業界平均の3分の1程度まで下げ、圧倒的な価格優位性を獲得した。

同社は、それにとどまらず、電力小売りの自社展開で得た実証研究やビッグデータをパネイルクラウドを通して、他の電力小売事業者に提供し、いわば、電力ビジネス全体を”アップデート”していく。電気事業の新規参入者に対しては、データ連携を簡単にする技術仕様「API」をオープン化し、参入障壁を下げ、参入済みの事業者に対しては、電源調達やファイナンスの支援も実施。2017年秋には、大手IT企業と協業の基本合意。流通電力量は毎四半期200%近い右肩上がりの成長を続け、大型資金調達も計画中だ。

名越がパネイルを創業したのは、12年12月。当初は太陽光発電業者向けマッチングサイトを運営していたが、電力小売自由化を契機に方向転換、パネイルクラウドの研究開発に注力していった。

名越は、ベータ版を携えてベンチャーキャピタルや電力事業者を回るが、リスクの高さや実績のなさを指摘され、資金調達はうまくいかず、導入も拒否された。電力ビジネスでは技術や価格が魅力的でも、新規導入の壁があまりにも高い。そこで実績作りのために、自ら電力小売子会社を全国8カ所に設立、地域密着の営業活動を展開した。

それらが功を奏し、プロダクトも契約書も手元にあり、電力供給初月黒字化のメドも立っていた。しかし、パネイルクラウドの電力供給開始まで1カ月をきったものの、いまだに運転資金のメドが立たない状況が名越を苦しめた。「黒字倒産」ーそんな言葉もちらつくなか、潮目が変わったのは16年3月3日だった。三井住友銀行が事業計画を評価して融資を提案。初回取引では異例の6000万円の融資が同月末に振り込まれ、4月1日0時、電気供給メーターが無事に動き始めた。

紙一重で、そんな正念場を乗り越えてきた名越は、大勢を前に号泣したことが一度ある。16年12月の「インキュベイトファンド投資委員会」のプレゼンの場での出来事だ。

「格好つけて感謝の言葉で締めようと思っていましたが、いざその段になった瞬間、これまでの苦難が走馬灯のように駆け巡り、涙が止まらなくなってしまったのです。投資家の方々からは会うたびに”今日は泣かないの”と笑われています(笑)」

最新技術で電力業界に新たな価値を提供する名越だが、その姿勢から感じるのは”泥臭さと実直さ”という言葉に尽きる。安定供給とコスト削減の両立は、電気代を押し下げるにとどまらない。パネイルの取り組みは、電力業界をオープンな風土へ変革しようとしている。

「技術で人を笑顔にしたい。高校時代から大事にしている原点の思いで走り続けています」