仮想通貨の購入、決意までのプロセスは「死の受容」と同じ?

写真拡大

ビットコインもその他のどの仮想通貨も、いまや無視することができないのは明らかだ。金融市場に関する日々の議論の中で、これらが登場しないことはない。

仮想通貨には明らかに、それらを固く信じる人たちがいる。だが、一方では声高にバブル崩壊を警告する人たちがいる。彼らはビットコインの価格が100ドル(約1万1200円)にも満たなかったころからバブルを懸念し、今ではただ警戒感を示すだけの人になってしまっている。

さらに、これらの人たちの間には、付け焼き刃の知識を持っているにすぎない人たちがいる。仮想通貨の購入には消極的だが、「買わなければ」という気持ちに駆られている人たちだ。

多くの人たちがビットコインをどう見ているのか考えているうちに、筆者は「死ぬ瞬間─死とその過程について」の著者、精神科医のエリザベス・キューブラー・ロスが同著の中で定義した5段階の「死の受容プロセス」を思い出した。

1. 否認─自分が死ぬはずはないと考える

今でもまだ、ビットコインを無視している人たちがいる。嫌っているわけではないが、ただ自分とは関係がないと見ているのだ。時価総額がこれほどの金額に達していれば、何であれこうした人たちにとっても無関係とは言えないだろう。だが、それでも彼らは相変わらず、自分は仮想通貨と一切の関わりを持たないまま、何の問題もなくやっていけると確信している。

2. 怒り─死ぬことを認める一方、「なぜ?」と怒る

ビットコインに関する記事を書き、そのタイトルにいまだに「チューリップ」の言葉を入れようとする人は、怒りを感じているだけだ。ビットコインと過去に発生したバブルを比較しようとする人も、怒っている。「ただの紙」のお金について議論したり、どうやったら数百万ドルを手にできるかについて書いたりすることはできてもビットコインを買えない人たちは、ただ怒りで身動きが取れなくなっているだけだ。

3. 取引─死を先送りするための行動を取る

ブロックチェーン技術は有用かもしれないと仕方なく認める一方で、それがビットコインもそうであることを意味するとは限らないと考える段階だ。ビットコインは「仮想通貨のマイスペース」だと論じ、「フェイスブックが登場したらそちらを買う」と主張する。一方で、仮にビットコインの価格が1000ドルを下回ったら、その時には買おうと決めている。

4. 抑うつ─取引は無理だと分かり絶望する

「なぜビットコインを買わなかったのだろう。それに、ライトコインも、イーサリアムも。その上、リップルも買い損なったなんて…!」

「仮装通貨を所有していないのは私だけだろうか?」

「なぜあの人や、あの人の意見を聞いてしまったのだろう。あの人たちは明らかに、仮想通貨を理解するには年を取りすぎだ。他の人たちの意見を聞くべきだった」

「一生に一度のチャンスを逃してしまったとは、信じられない──」

5. 受容─最終的に死を受け入れる

遅すぎるということはない。ビットコインは先物が上場しただけだ。上場投資信託(ETF)の取引もまだ開始されていない。いくつかの機会は逃したかもしれないが、機会はもっと他に数多くある。第一、第二の波は逃したかもしれないが、それに乗るには本当に大きなリスクがあったのだ。

心の変化=バブルの要因

あなたがこのモデルのどの段階にあるか、筆者には分からない。多くの人が「抑うつ」またはそれ以前の段階にあると思われるが、それでもここ2か月ほどの間に、「受容」に達した人が多いのではないかと推測する。現時点で「抑うつ」より前の段階にあるなら、最終的には「受容」に至るとしても(ビットコイン先物の取引高や流動性から見て)、まだ時間がかかると考えられる。

また、このモデルはビットコインをバブルと見なす人たちにとって、実際に役立つものとなるだろう。私たちの気持ちが「無関心」から「実際に購入」する段階までどのように変化するかを説明し得るものだからだ。あらゆるバブルの主要な構成要素は、こうした心の変化だ。