スイス・チューリヒ大学での講演でリバーサル・レートに言及して注目された黒田総裁(左)。だが、12月の金融政策決定会合では「正常化」観測をばっさり否定した(写真:ロイター/アフロ)

2018年、主要な中央銀行で最も注目を集めるのは、ひょっとすると日本銀行かもしれない。振り返れば2017年は、各国中銀の「金融政策の正常化」に注目が集まった。

各国の「正常化」を、(1)資産買い入れ額の減額(テーパリング)、(2)利上げ、(3)量的緩和によって拡大したバランスシートの縮小、に分けて見ていくと、言うまでもないが正常化が最も進んでいるのは米国である。FRB(米国連邦準備制度理事会)は、(1)は既に終了し、(2)は2015年から開始。2017年12月のFOMC(米国連邦公開市場委員会)で、既に5回目の利上げを決定している。(3)についても、2017年10月から開始した。

次に、カナダ中銀は2017年7月に7年ぶりの利上げに踏み切った。以降、9月にも利上げを決定。カナダ中銀は量的緩和を行っていないので、(1)と(3)は対象外だが、いよいよ利上げサイクルに入った。続いてBOE(英国中央銀行)は、2017年11月に約10年ぶりとなる利上げを決めた。この時、英国債の保有枠は4350億ポンドで据え置かれたが、BOEについては、あらかじめ期間を決めて国債買い入れを行ったため、既に買い入れ期間は終了しており、(1)のテーパリングは必要ない。(3)の予定は未定だが、今後も極めて緩やかなペースで利上げを行っていく方針が示されている。

主要中銀が出口に向かう中、黒田総裁の発言は?


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一方、ECB(欧州中央銀行)は2017年10月の理事会で、今年1月から毎月の資産買い入れ額を約600億ユーロから300億ユーロに減額したうえで、今年9月まで継続することを決定した。ただ、9月以降も資産買い入れを継続する可能性があり、買い入れの期限を設けない「オープンエンド」であるため、この決定はあくまで(1)のテーパリングには該当しないと説明している。とはいえ、月次の買い入れ額を減額している時点で、既にECBが「金融政策の正常化」に向かっていることは明白である。

このように、主要中銀がそれぞれ緩和策から正常化へ向かいつつあるなかで、日銀は昨年、年間約80兆円をメドとしている国債買い入れについて、これを現実には60兆円までペースダウンさせた。正式なアナウンスメントはないため市場では「ステルス・テーパリング」などと呼ばれているが、(1)については事実上開始していると言えるのかもしれない。ただ、(2)の金利については、2017年12月21日、日銀金融政策決定会合後の定例記者会見で、黒田総裁は「2%の安定目標を早期に達成することが日銀の金融政策の最大の目標」と改めて説明し、「景気がいいからそろそろ金利を上げるという考えはない」と明言した。

これは、「2018年に日銀もいよいよ正常化に向かうのではないか」との市場に広がっていた観測を、敢えてばっさりと打ち消した格好だ。こうした観測が広がったのは、2017年11月に同総裁がスイスの講演で「リバーサル・レート」に言及したためだ。「リバーサル・レート」とは、中央銀行の緩和策が長引くと、長短金利差縮小による預貸金利ザヤの縮小が金融機関の収益悪化につながり、かえって金融緩和の効果が「逆転(リバース)」し、景気にマイナスの影響をもたらすとの議論だ。

スイスの講演で黒田総裁はこの言葉を唐突に引き合いに出し、「日本については、金融機関は充実した資本基盤を備えているほか、信用コストも大幅に低下しており、現時点で、金融仲介機能は阻害されていない。ただし、低金利環境が金融機関の経営体力に及ぼす影響は累積的なものであるため、引き続き、こうしたリスクにも注意していきたい」と述べていた。

しかし、同総裁は12月の記者会見で、「日銀の金融政策を外国の人に分かりやすく説明するうえで引用した」と説明し、「リバーサル・レートの学術的な分析を取り上げたからといって、2016年9月以来の長短金利操作付き量的・質的金融緩和について何か見直しや変更が必要だという事はまったく意味していない」と述べた。せっかく市場で日銀の「正常化」議論が浮上し、徐々に織り込まれつつあったにもかかわらず、なぜ総裁はここまで慎重になる必要があったのだろうか。

2017年に最強通貨となったユーロの例

振り返れば2017年はユーロが先進国通貨の中では最強通貨となった。ECBの緩和からの「正常化」という大きな政策転換に、市場参加者の関心が集中したことが背景にはある。

2016年6月の英国国民投票によるEU(欧州連合)離脱決定(Brexitショック)によって、欧州の統合に向けた動きにブレーキがかかっているのではないかという懸念が広がった。こうしたなか、2017年は仏大統領選や独連邦議会選挙など、重要な政治イベントを控えていたこともあり、政治的な不透明感から、投機筋のユーロ・ショート(売り越し)ポジションが年初の段階で大きく積み上がっていたことも、後の巻き戻しによるユーロ高を加速させた。

上述したとおり「正常化」といえばFRBが先行しており、金利水準も10年物国債利回りで米国が2.4%、ドイツが0.4%と、米国が大きく上回っている。ただ、為替市場においてはえてして市場参加者の関心が集中する通貨が大きく買われ、一方向のトレンドを形成する傾向がある。こういう時は「金利差」などはとりあえず無視され、市場全体がトレンドに追随するものだ。

ちなみに昨年「正常化」に入った国の通貨について、対米ドルの年間上昇率を見てみると、ユーロが最大で約15%、英ポンドは約10%、カナダドルは約7%だった。昨年のユーロの事例を踏まえれば、仮に今後、日銀の長期にわたる緩和からの「正常化」という政策転換に市場参加者の注目が集まると、円が上昇トレンド入りする可能性も否めない。特に、投機筋の円ショート・ポジションが12万枚まで膨らんでいる現状は、2017年初のユーロ・ショートの状況に類似している。


円が急騰した場合の日本経済に対するインパクトの大きさを踏まえれば、日銀は金融政策を正常化するにしても、市場にショックを与えないよう、事前から相当程度うまく織り込ませる必要がある。黒田総裁も出口戦略に関する発言には、慎重にならざるをえないのかもしれない。

「正常化」は十分な円安水準を確認してから

筆者は日銀がイールドカーブ・コントロール(YCC)について、オーバーナイト物金利をマイナス0.1%、10年債利回りをゼロ%に誘導している現在の状況から、今年10月には10年債を0.1%程度引き上げると予想しているが、あくまでその時点の為替レート次第になるとみている。

上述した通貨上昇率を踏まえれば、仮に日銀の「正常化」に市場参加者の注目が集まって、円が昨年のユーロ同様、15%程度上昇したとしても、その時のドルが対円で120円付近まで上昇していれば、ドル安・円高のメドは102円になる。内閣府の調査によれば、日本の製造業の輸出採算レートは現時点で99円90銭。つまり、100円ちょうど付近が重要な節目となっており、同水準はぎりぎり確保できる計算になる。景気やインフレなどの環境が一段と改善し、ドルが1ドル=120円付近まで上昇していれば、日銀がYCCの目標利回りを引き上げる可能性は高まるだろう。

日銀は十分な円安水準と、市場の織り込みを確認してから正常化に向かうとみており、円相場急騰の可能性は低いとみている。それでも、日銀が「正常化」を決めれば、その後は緩やかに円高が進行するのではないか。したがって、今年のドル円相場のピークは9月末で120円、年末時点は118円と予想している。