結婚に適した男は、30歳までに刈り取られる。

電車で見かけた素敵な男は大抵、左手に指輪がついている。

会社内を見渡しても、将来有望な男は30歳までに結婚している。

そんな現実に気づいたのが、大手不動産会社勤務の奈々子・28歳。

同世代にはもう、結婚向きの男は残っていない。ならば・・・。

そうして「青田買い」に目覚めた奈々子は、幸せを掴むことができるのか・・・?

田中と穏やかに付き合っている奈々子を悩ませる、仕事の辞令。その時田中は・・・?




「岡田くん、ちょっと」

安藤部長に呼ばれ、奈々子に緊張が走る。

入社6年目。いつ転勤の辞令が来てもおかしくないため、上司に名前を呼ばれる度に「いよいよか?」と奈々子はドキッとする。

とはいえ、これまで結局仕事の話ばかりで杞憂に終わっていたし、今日もそんなことだろうと思っていた。その矢先・・・。

「会議室に行こうか」

部長の後を歩きながら、上がる息を落ち着かせるために奈々子は深呼吸を繰り返す。

会議室に入ると、部長はすぐに切り出した。

「岡田さん、君も来年7年目だよね。来月、人事部と面談があると思うので、人事申告シートに部署や地域の希望なんかを書いておいてくれるかな」

-いよいよ来たか・・・。

奈々子は、ぼんやりと人事申告シートを見つめながら、自分の本心に耳を傾けてみる。

仕事はずっと続けたい。でも、それと同じくらい、家庭も築きたいと思っている。

自分には、ハイスペと呼ばれるほどのスキルや経験はないけれど、自分なりに頑張って評価してもらってきた。

でも、やっぱり結婚して子どもを産むという、女性にとっての幸せも手に入れたい。

悩み、苦しみながらも、仕事に育児に奮闘するような、そんな生活が憧れだ。

-田中くんに聞いてみようかな。

田中が今後をどう考えているか、奈々子はさりげなくリサーチしてみることにした。


転勤について田中の反応は・・・?


ピュア男、レストランについて勉強中


仕事を終えた奈々子は、田中から指定された『レストラン エール』に向かう。

奈々子がグルメ雑誌を教えてからというもの、田中は勉強を重ねているらしく、どんどんレストラン偏差値を上げている。

最近は、奈々子を喜ばせるお店ばかりを選ぶようになった。その度に、奈々子は田中の成長を嬉しく感じるのだ。




「田中くん、素敵なお店をありがとう」

奈々子が言うと、田中の眉がピクっと動き、間髪入れずに突っ込んで来る。

「まーくんって呼んでください。田中くんだと、会社みたいで気が休まりません!」

奈々子が苦笑いしながら「はいはい、そうだったわね」と返すと、田中は嬉しそうに笑う。

会社には、付き合っていることはバレていない(少なくとも、そう思っている)はずだが、田中も奈々子も嘘をつくのが苦手でヒヤヒヤしている。

先日も、営業部の若手研修会で二人は一緒になったが、田中がやらかしてくれた。

「なな・・・かむらさん(※中村さん)が、研修に来るかもしれないそうです」

「奈々子さん」と言おうとしたところ、「やべ、岡田さんだった」と気づき、突然、参加予定のない中村の名前を出したらしい。

そんなことを思い出しながら、奈々子は今日の出来事を話し始めた。

「そういえばね、今日部長に呼ばれたの。私、そう遠くないうちに転勤みたい」

奈々子が田中の反応を伺っていると、田中は「そうなんですか」とだけ呟いた。

「奈々子さんと離れるなんて嫌だ」とか「寂しい」という感情むき出しの言葉を期待していた奈々子は、予想外の素っ気なさにがっかりする。

-遠距離恋愛とか不安じゃないの?もしかして私との将来は考えてない?

普段が感情表現豊かな田中なだけに、何を考えているのか全くわからず、ネガティブな思考が奈々子を落ち込ませる。

何となく気まずい雰囲気になってしまい、会話も盛り上がらなくなってしまった。

奈々子は、話さなければ良かったという後悔で自己嫌悪に陥る。

その後も、無理やり話をつなげようとしてもうまく続かず、気まずい空気のままディナーを終え、解散した。

帰りのタクシーの中で、奈々子は急に田中との将来が不安になり、うっすら泣いてしまったほどだった。


奈々子との今後について田中の本心は・・・?


「一緒に考えよう」と言える頼もしさ


その夜帰宅し、軽くストレッチしながらお風呂が溜まるのを待っていた時、スマホが鳴った。

田中からだった。

「もしもし?」

「奈々子さん、さっきはすいませんでした。正直、なんて答えたら良いか分からなくて」

微妙な空気で別れてしまったため、奈々子は電話をもらえたことにひとまずホッとする。

「私こそ、突然あんな話しちゃってごめんね」

「・・・奈々子さんの転勤が、制度上そろそろということは分かってるし、本音を言えば、奈々子さんと離れるのは嫌です。でも」

田中が慎重に言葉を選びながら発していることが伝わり、奈々子は次の言葉を待つ。

「でも、僕、奈々子さんと別れるつもりはありません。だから、今後のことは二人で考えて、時には喧嘩しながら、一緒に最適解を見つけませんか」

それだけ言うと、田中は黙り込んでしまった。奈々子は、彼の一生懸命な愛情に心を打たれ、「ありがとう、まーくん」と応えるのが精一杯だった。




頼りなかった男の成長


「岡田さん、聞きたいことがあるんだけど」

新年早々、奈々子は嫌いな声に呼び止められる。振り向くと、やはり中村が立っていた。

「岡田さん、実は僕、昨年のクリスマスに結婚したの。扶養の手続きとか、諸々教えてもらえる?」

-結婚!?やっぱり付き合ってる人いたんだ。そんなの、人事部にでも聞けばいいじゃない。

そう思う気持ちをぐっと堪え、奈々子は一通りをささっと説明する。

「ありがとう。じゃ、岡田さんのご報告もお待ちしてますので」

中村は、一言余計な言葉を残して去って行った。



それから数日後、営業部の若手新年会を『リストランテ・ヒロ 銀座店』で開くことになった。

中村と一緒に飲みたくはないが、仕事と割り切って奈々子は渋々参加することにした。

なんとなく予想はしていたが、会が始まるなり、中村はベラベラと自分の結婚話を自慢気に始めた。

「奥さん、日系のCAなんだよね」

周囲がわっとどよめく。「写真とかないんですか」という後輩の言葉に、待ってましたと言わんばかりに写真を見せびらかす。

写真には、キラキラと眩い輝きを放つハリー・ウィンストンを左手薬指に付けた、美しい女性が写っている。

中村の妻となった女は、色が白く、ゆるくパーマをかけたロングヘアー。ノースリーブに白いカーディガンを羽織っており、華奢な手首には、エルメスのクリッパーをつけている。

-バッグはフェンディのピーカブー、靴はマノロ・ブラニクのスウェードパンプス、財布はベアンかしら。

まるで雑誌から飛び出てきたようなその女を見ながら、奈々子は心の中で静かに毒づく。

中村は当然、奈々子の反応なんてお構いなしに、さらに自分の話を続ける。

「俺の稼ぎで十分やっていけるから、奥さんは専業主婦になるんだ。奥さんを働きに出すなんて、男としてみっともなくて出来ないだろ」

「新居で揉めててさ。奥さんは豊洲が良いって言ってるけど、俺は品川が良いと思ってる。俺が払うわけだし、最終的には俺が決めるけど」

お酒が入って気が大きくなっていることもあるのだろうが、今時珍しいほどの男尊女卑丸出し発言に、奈々子は気分が悪くなってきた。

乾いた声で相槌を打ちながら、奈々子は先日の田中の電話を思い出す。

“今後のことは二人で考えて、時には喧嘩しながら、一緒に最適解を見つけませんか”

「一緒に考えよう」そう言える男性は、世の中にどれくらいいるのだろうか。

奈々子は、今まで頼りなく感じていた田中が、急に頼もしく見えた。

自分がリードする側とばかり思っていた奈々子は、「一緒に考えよう」という田中の言葉に、彼の成長を感じずにはいられなかった。

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