独自技術がつまったタンクレストイレ「ネオレスト」は、TOTOの看板製品に成長した(写真:TOTO提供)

世界の消費者を魅了する日本のイノベーションといえば、かつてならばソニーのウォークマンやホンダのスーパーカブ。では現代は? TOTOのウォシュレットはそのひとつではないだろうか。
ウォシュレットの発売から40年弱。用を足した後にボタンを押しておしりを洗うことは、日本人にとって当たり前の動作になった。今では競合商品も増えたが、消費者はどのメーカーの製品でも「ウォシュレット」というTOTOの商標で呼ぶ。それほど高い認知度なのだ。
海外では発売当初は奇異に受け止められたが、近年は急速に浸透。高級ホテルやランドマークで導入され、アジア・米国の富裕層にも人気だ。海外での販売台数は右肩上がりで増え、TOTOの業績は売上高・営業利益ともに過去最高を更新している。株式市場での評価は高く、喜多村円社長がトップに就任した2014年4月から時価総額は約2.3倍に膨らんだ。
この成長を、企業買収に頼らず、ひたむきに「看板商品=トイレ」のイノベーションに取り組むことで実現してきたTOTO。いったい、どんな会社なのか。喜多村社長に聞いた。

僕が名経営者である必要なんかない

――業績、株価とも好調です。経営手腕を発揮できた実感がありますか。

いやいや、今の結果は前社長、前々社長が作ったもの。僕の成果だなんて、おこがましくて絶対に言えない。僕がやったことの成果が出るのは、次の社長の時代からです。そもそも僕たちは、個々の社長のカラーなんていらないと思っていますしね。

――社長の個性は、いらない?

いらない。TOTOのカラーさえあればいい。

――普通は「優れた経営者として認められたい」という欲が経営者にはあると思います。「自社だけでなく、できるなら財界の顔にもなりたい」と考える人もめずらしくない。

うそでしょう。そりゃあちょっとはそんな経営者もいるかもしれないけれど。TOTOの社長はだいたい、5〜6年で交代します。一方、わが社の製品の買い替えスパンは10〜20年。社長の任期に対して、商品の寿命が圧倒的に長いのです。だから、自分の社長時代に製品を買ってくれた人が次もTOTOを選んでくれるときには、自分はもう間違いなく会社にいません。


TOTOの喜多村円社長は「僕という個人が名経営者である必要はない」と強調する(撮影:今井康一)

それでも今、10年後や20年後の責任を負う意思を持つ。「あの時代の商品はダメだった」と言われないように経営する。そういうトップの思いを代々つないでこられたことが、TOTOのガバナンス(企業統治)の強さです。

――会長や相談役として経営に長く関与する仕組みは作れます。自己承認欲求という観点でいえば、自らの手腕をずっと認められたいと経営者が考えるのは、自然な欲といえます。

あえて欲求というなら、「TOTOは素晴らしい会社だと言われたい」という気持ちがありますね。だけどそのために、僕という個人が名経営者である必要性はありません。せいぜい後の社員から、「喜多村くんの始めたことが、今実っているね」と言われたいぐらいです。

同業買収をやらない理由とは?

――社長が超長期的な視点に立って行動すれば、社員もうまずたゆまず頑張る?

間違いなくそうだと思う。そしてファンを作るというのは本来的に、そういう作業じゃないですか。社員もTOTOファン。もちろんお客さんにもTOTOをずっと好きでいてほしい。こういう社内外のファンを大事にすることは、1代の社長で終わる営みではありません。

うちの商品は毎年買い換えるものではありません。新しい機能が付いたからとか、ブームだからとか、短期的な視点で買われるものでもありません。長年使った後に「次もTOTO」と言ってもらえるかどうか。わが社にとって商品は売って終わりではなく、売ってから後にこそ試されるのです。10年後、20年後まで高い品質とサービスを担保し続けなければなりません。

この考え方が、うちが企業買収をやってこなかったことにも通底しています。

――競合企業と比べると、本当にやりませんね。

「同業を買収して傘下にブランドを増やせば、売り上げと利益が増える」と言う投資家もいます。でも僕はそう言われるたびに、「それは誰のため?誰が喜ぶの?」って聞くんです。お客さんは、年商1兆円の会社だから商品を買う、数百億円だったら買わないって判断しますか? 違いますよね。商品がいいかどうかでしょう。だったらTOTOは、いい商品を作ることを一番大事にしたい。

TOTOと同じように、お客さんと商品を一番大事にする会社が「一緒になりたい」と言ってくれるなら、喜んで一緒になります。でも残念ながら、そういう会社は絶対に売りに出ません。

――いい会社はマーケットに出ない。

絶対出ませんね。正直にいうと、一緒になれたらいいなあ、と思う会社がないわけではありません。うちと似た文化の会社は、実は世の中にたくさんありますから。でもそういうところはどうやっても買えない。

逆に売りに出ている会社には必ず、何らかの理由があります。なぜ売りに出たのか、それが一番肝心なのです。投資銀行など買収案件を持ち込む側はみんないい話しかしません。「後継者がいないので」と説明されることもありますが、「何を言っとんねん、育てればええやん」とこちらは思うわけです。

だから僕らは、「なぜこの会社は売りに出ているのか?」を納得がいくまで調べます。特に海外の会社なんかは実態がわかりにくいから、いろんな機関を使って徹底的に調査します。工場を見て、社員の雰囲気を確かめます。そうすると結果的に、買わないという結論になるのです。

経営理念は社員のためじゃない


初代社長の大倉和親氏。日本とアジアの生活水準の向上を目指して、会社を立ち上げた(写真:TOTO提供)

――TOTOは創業100年の長寿企業。そもそも、どういう由来の会社なのでしょうか

はじまりは大倉和親(大正期の実業家。1875〜1955年)とその父が欧州を旅し、現地の衛生陶器に驚嘆したことです。西洋の文化的な衛生陶器を東洋に広げたいと考え、今の3億〜4億円に相当する私財を投じて研究所を作りました。「東洋陶器」というかつての社名には、こういう思いが凝縮されていました。儲けたいというよりも、日本とアジアの生活水準を向上させることを目指して始まった企業なのです。

和親は2代目社長に、書簡でこう伝えています。

「どうしても親切が第一
奉仕観念をもって仕事をお進め下されたし
良品の供給、需要家の満足が掴むべき実体です
この実像を握り得れば、利益・報酬として影が映ります
利益という影を追う人が世の中には多いもので
一生実体を捕らえずして終わります」

よい商品を供給し、需要家に満足してもらい、その結果として利益が生まれる。決して、利益を先に求めてはいけない。そういう意味です。大事なのは、これは社長から社長へ語られた理念だということ。社員にも覚えていてほしいですが、上に立つ人間こそが理解しなければならない。経営トップや取締役、執行役員はこの言葉をいつも胸に秘め、これに反することを絶対にやらないように努める。

上の人がえらそうなことを言いながら、実際にやっていることがぜんぜん違う、なんてことは現場の社員が実によく見ている。経営理念とは上に立つ者がかく汗、実践してみせる姿で学んでもらうもの。一般の社員に「勉強しなさい」と求めるものじゃないと、僕たちはいつも言っています。

美が製造業の技術を磨く


喜多村円社長は「メーカーは美しさに挑戦することで技術が格段に進歩する」と主張する(写真:TOTO提供)

――喜多村社長の実践の1つとしては、製品デザインの改善に一貫して力を入れています。

TOTOは衛生陶器とウォシュレットの技術では間違いなく世界一。でも、デザインでは決して世界一じゃなかった。特に欧州のメーカーと比べると負けています。だからこれからの100年は、美しさを学ぶ必要があります。社長になる前から、「自社のデザインの特長は言えて当たり前。ライバルのデザインの何が優れているか、挙げられるように」と現場に言ってきました。

美しさは価値に変えることが難しい。機能に対価を求めるのは簡単ですが、美しさは感性によって評価されるので、経済的な価値を認めない人もいます。でも美しいものを美しいと感じることこそが人間らしさ。デザインがよいからといって5万円高くすることは無理ですが、値段が同じなら美しいほうが選ばれます。

そしてメーカーは、美しさに挑戦することで技術が格段に進歩します。真四角な製品を作るのは簡単ですが、微妙なカーブを描くものは生産技術が優れていないと作れません。特に衛生陶器は焼き物で、窯から出すと微妙に変形する。繊細で複雑な形状だと、焼く温度の調整から乾燥炉の風の向きまでコントロールしないといけません。うちはスーパーコンピュータで計算しながら、こういう調整をていねいにやっています。こんなことをやろうという同業は、世界にもいません。

こんな難しいことができるのは、技術者の志が高くて、意地があるから。だからこそ、海外の展示会で他社の製品を見ても「この作り方はダメ、これじゃあすぐ壊れる」「うちの技術はまだまだ追いつかれていないね」と技術力の比較になりがち。でもうちが技術で勝つのは当然。じゃあデザインはどうなのか、と問いかけています。

――名門企業で働くと、社員はつい安心や慢心に陥りがちです。

いやあ、僕らは安心できるような会社ではありませんよ。だって、たかだか100年ですから。欧州には創業200年を超える会社がいくつもある。僕たちも200年、300年と続く企業になりたい。だから、やるべきことはまだ山ほどあるのです。そのひとつがデザインですし、品質改善もコストダウンもまだまだできる。お客さまからのクレームだってゼロじゃない。TOTOであることに誇りは感じていますが、安心なんてまったくありません。

利益は目的ではなく手段


喜多村 円(きたむら まどか)/1957年福岡県生まれ。1981年に東陶機器(現TOTO)入社。バブル崩壊後の1990年代に不採算に陥っていた浴槽事業を立て直す。2014年から現職(撮影:今井康一)

――社員はそこまでハングリーになれますか? 製品が安定的に売れて、若干クレームがあっても大半のお客さんに満足してもらえて、お給料も悪くなければ、現状維持で十分だとなるのが人間の性です。

普通の会社で満足するなら、それでもいいんじゃないですか。でも僕たちは普通の会社で終わりたくない。この世の中にTOTOという企業があってよかった。そう言われる存在になりたい。僕らの使命は需要家の満足を求めることであって、自分が得られるものに満足することではないのです。

もちろん企業である以上、きれいごとばかりはいいません。利益を出して初めて、経営したといえます。でも利益は目的じゃない。手段なのです。何の手段か? もっといい商品を作るために研究開発投資をやる。そこで働く人が生き生きしてもらえるよう、社員の福利厚生を充実させる。申し訳ないけれど、投資家はこれらの後だと思っています。

――300年成長し続ける会社の株を長期保有すれば、投資家も結果として得をする。

そう思っています。そのためにも、もっと海外にTOTOファンを増やしたい。国内も地方にはまだまだ古い和式便器が残っていますから、もっと清潔で快適なトイレに接してもらいたい。もっと、もっと、と言っています。

――100年経っても、まだまだ挑戦者。

はい。僕らの強みは、良品の供給と需要家の満足という志を高く掲げ続けられる会社であること。志の高さだけが、挑戦するモチベーションを維持するのだと思っています。