出光興産・月岡隆社長(ロイター/アフロ)

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 近年、わが国でもコーポレートガバナンス(企業統治)への関心が高まってきた。2015年からは東京証券取引所が「コーポレートガバナンス・コード」を策定し、株主の権利や経営者の責務、地域社会などのステークホルダーとの協働などに関する“原則”を取りまとめ、企業に取り組みを求めた。その結果、コーポレートガバナンスの改善を通して経営の効率化などが進み、株価の上昇につながると考える投資家が増えた。2018年に関しても海外の投資家を中心に、ガバナンス強化への取り組みが日本株の上昇を支えるとの期待がある。

 その一方、個別企業レベルではガバナンスの強化を進める以前に、経営が混乱しているケースもある。出光興産はそのひとつの例だ。同社では、創業家と経営陣の対立が続いている。この対立は、整然とした理屈によるものではない。価値観の相違によるものだ。どちらかが折れない限り、対立は続くだろう。その結果、その他大勢の株主に無視できない影響が及ぶ可能性がある。そうした負の連鎖を防ぐためには、経営陣が説得力のある経営戦略、あるいは創業家の主張を抑える新しい方策を提示し、創業者以外の株主を中心とするステークホルダーの理解を得ていくことが欠かせない。

●出光創業家と経営陣の深まる対立

 06年10月に上場して以降の出光の経営を見ていると、創業家が重視する価値観に配慮しすぎた余り、成長戦略を進めることが遅れてきたように思える。それを印象付けたのが、昭和シェルとの合併をめぐる経営陣と創業家の対立だ。

 15年7月末、出光は昭和シェル石油との経営統合計画を発表した。少子高齢化によって国内の消費は減少していくと考えられる。そのなかで石油小売り事業などを運営するためには、海外プロジェクトの共同運営やサプライチェーンの共有、石油精製施設の統合など、他企業との連携、事業統合を進め、効率的に経営資源を配分していくことが求められる。

 同業他社との統合を目指す経営陣の判断には、相応の説得力がある。他の業界でも、小売り、製造業などさまざまな分野で経営の統合や買収を通した再編が進んでいる。相対的に成長が見込まれるアジア地域での事業を伸ばすためにも、国内でコスト削減などの合理化を進めることは、製造業、サービス業ともに重要な経営課題だ。そうした取り組みを進めることができなければ、企業の経営は縮小均衡に向かう可能性がある。ゴーイングコンサーンとして持続的に付加価値を獲得することは難しくなるだろう。

 しかし、出光の創業家はこの経営方針に反対した。海外資本との関係がある昭和シェルとの経営統合は出光の組織の風土に合わない、消費者本位の経営理念に反するなどがその理由だ。

 企業の成長、社会の変化などを考えると、創業家の主張が幅広い支持を得られるとは考えづらい。実際、多くの株主も昭和シェルとの統合を重視する現経営陣の戦略に賛同している。結局のところ、創業家にとって重要なことは企業に対する影響力を温存し、経済的な利得を得ていくことと考えられる。

●株式投資家の信頼を失いつつある経営陣

 問題は、出光の経営陣が創業家を納得させることができていないことだ。これまでの展開を見る限り、経営陣が創業家と協議を重ねて事業の持続性と成長分野を開拓することの重要性への理解を取り付けてきたとはいえない。むしろ、経営陣と創業家の関係は悪化しているように見える。

 創業家の納得を得ることができなかった結果、出光経営陣は創業家の持ち株比率を低下させることを優先せざるを得なくなった。今年7月、出光は公募増資で約1200億円を調達し、創業家の持ち株比率は26%程度に低下した。

 増資と同時に、経営陣は株主だけでなく、株式市場参加者からの信頼を失ったともいえる。なぜなら、公募増資には他の株主の価値を希薄化させるリスクがあるからだ。そのメカニズムは、次のようなシンプルな例で理解できるだろう。企業の業績や配当性向などが一定と仮定する。その状況下で発行済みの株式数が増加すると、既存の株主が受け取る価値(一株当たりの配当金額など)が減少する。これを価値の希薄化と呼ぶ。

 なお、東京地裁は公募増資に関して、支配権争いをめぐるものであり合理性を見いだせないとの見解を出した。加えて経営陣が主張する海外投資などのために増資が必要ともいえないとの見解も示された。それでも増資が認められたのは、多数決の原理にのっとった場合、多くの株主が経営陣の考えに賛同していたからだろう。

 結果的に、公募増資で創業家の影響力を低下させた経営陣の手法は、強引な印象を残した。海外投資家の中には、「出光での主導権争いは見ていて呆れる」「ガバナンスが機能していない」と冷ややかな反応を示すものもいる。

●今後も続く創業家と経営陣の対立
 
 12月に入ってから、出光の創業家は株式を買い増した。今後も創業家は影響力を回復するために同社株を追加的に買い増す可能性がある。

 これまでの展開を基にすれば、経営陣は公募増資を行い、創業家の持ち分比率を引き下げようとする可能性がある。対立の溝は深く、そう簡単に事態が収拾に向かうことは想定しづらい。株主価値の希薄化懸念が高まり、同社の株価が下落基調で推移することも考えられる。少なくとも、創業家が株を買い増している間、市場参加者はそうしたリスクを意識せざるを得ないはずだ。

 経営陣として、その展開は避けなければならない。創業家も株主だ。排除する手段をとることは市場からの失望を買う恐れがある。公募増資で創業家の買い増しに対応するのではなく、是々非々の姿勢を貫いて、成長のために必要な戦略をより説得力あるかたちでステークホルダーに提示するべきだ。コーポレートガバナンスを強化し、株主価値の増大を実現するための経営体制が整備されていることを投資家に示すことも欠かせない。長期的に考えれば、創業者の主張で出光の持続性が高まるとは考えづらい。その点をいかに明確にできるかが、経営陣の課題だ。

 出光の経営混乱は、わが国の企業にとって他山の石ではない。17年、東芝の巨額損失をはじめ、経営陣の対立や、データ改ざんなどの不祥事が相次いだ。こうした問題は、企業の意思決定が一部の人間によって、必要以上に影響されてきたことの裏返しである。

 今後も不祥事や経営混乱などが続くのであれば、そうした企業は市場からの評価を失い、長期的には淘汰される可能性が高まる。そうしたリスクを念頭に、各企業はガバナンスの強化に努め、成長戦略の立案と執行に取り組む必要がある。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)