前回、纏足(てんそく)という制度についてまとめてみたのですが、そもそもこの疑問の出発点が「纏足って動けるの?闘えるの?」というアホみたいな疑問からなので…で、今回はそれに対するアンサーです。資料写真。

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前回、纏足(てんそく)という制度についてまとめてみたのですが、そもそもこの疑問の出発点が「纏足って動けるの?闘えるの?」というアホみたいな疑問からなので…で、今回はそれに対するアンサーです。

そもそも私自身、史学科で東洋史を専攻していたとはいえ、卒論テーマは唐代の東西文化交流。つまり、専門としていた時代は纏足前時代なため、はっきり言って纏足素人です。纏足に対するイメージは、「歩けない」「痛い」「残酷」「フェチ」などといったステレオタイプなものしかありませんでした。

しかし、あるドキュメンタリー番組を見たことがきっかけでその考えは変わりました。それは、現代に生きる纏足の女性を描いたものでした。そのドキュメンタリー番組を見たのは10年以上前。多分ヒストリーチャンネルかディスカバリーチャンネルで放映されたものだったはずなのですが、調べても見つからなくて…。

なので、あやふやな記憶を頼りに書きますが、この番組では何人かの纏足をした女性たちを紹介していました。そして彼女たちは文化大革命の時、「反革命分子」として強制労働をさせられていました(前回も書きましたが、文化大革命では纏足は「反革命的行為」と見なされていました)。

彼女たちは、インタビューの中で「纏足は歩けないと思われているけれど、それは違う。ちゃんと歩けるし、労働だってできた」というようなことを言っていたように記憶しています。事実、映像では彼女たちの足取りは軽く、踊りを踊っているシーンもありました。

それは「纏足とは歩けないもの」という固定概念をひっくり返すものだったのですが…何分、番組自体がうろ覚えなため、詳細がどうだったか確認しようがありません。ただ、「纏足って、実は歩ける」ということを知った番組であったことは確かです。

でも纏足の記録を見ると「壁を伝って」や「杖(つえ)をついて」、「侍女に支えられて」など従来のイメージ通り“歩けない”記述が多く見られます。歩けるのに歩けない、これはどういうことなのでしょうか?

そこで、まず「歩く」ときの動きを考えてみました。踏み出した足は、まず踵(かかと)で着地します。そして、足にかかる重心は踵から足の外側を伝って小指の付け根部分へ、そして親指まで移動します。そこで足を蹴り上げて1歩を踏み出します。つまり重心を踵→外側→小指付け根→親指の順で移動することが、足裏から見る「歩く動作」です。

で、纏足はこの動きができるのでしょうか。纏足のやり方は前回書いてあるので、そちらを見ていただくとして(もう1度アレを書くと私の心が折れます…)、まず踵部分は纏足処置されていません。つまり、着地部分は保全されているというわけです。

次に、つま先への重心の移動ですが、外側部分は指が折り曲がってくっついているので、重心移動は内側のルートを取ることになります。しかしルートが変わるだけで、踵側からつま先への重心移動は充分できます。自分でも試してみたのですが、若干内股(うちまた)になるぐらいで問題なく歩けました。そして、蹴り出し。纏足では親指だけは曲げられていません。つまり、蹴り出す力も残っています。つまり、纏足をされていても、歩行する機能は失われていないのです。

ところで「ハイヒール」は現代の纏足とも言われています。しかしこのハイヒールと纏足を比較すると、むしろハイヒールの方が「歩きにくい」のです。

何故かというと、まず、ハイヒールは、踵の着地部分が面ではなく点=ヒールの太さになります。ハイヒールはバランスが取りにくいというのは、要するにピンポイントで体重を支えなくてはいけないからです。

それから、ハイヒールはつま先と踵の2点で体を支えているため、スムーズな重心移動ができません。つま先と踵がほぼ同時に着地し、重心を移動することなく蹴り出すことになります。このようにハイヒールはバランスが取りにくく、従来の歩き方(重心移動)ができないために歩きにくい靴なのです。