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●マーケティング調査だけでは「ニーズ把握は難しい」が起点に

ソニーの新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」がスタートして4年が経とうとしている。これまでSAPから立ち上がった事業は下記の13件におよぶ(2017年12月時点)。

MESH

Fashion Entertainments

HUIS

wena

AROMASTIC

PROJECT REVIEWN

isuca

toio

Qrio

エアロセンス

ソニー不動産

エーテンラボ

Nimway

一つの事業としてはまだまだ小ぶりな存在であり、世間の誰もが知るWalkmanやPlayStationのような存在になっているとは言いがたい。ただ、Qrioやwenaなど、そのセグメントでは着実に支持されるプロダクトも出てきた。B2CデバイスからB2Bソリューション事業まで、幅広い案件が存在するが、このうちソニーお得意のコンシューマー向けデバイスについては、専用サイト「First Flight」で販売されている。

実はこのサイト、ただの通販サイトではなく、クラウドファンディングのシステムも兼ねている。なぜソニーが、スタートアップの資金調達でよく利用されるクラウドファンディングの仕組みを活用するのか。同社 新規事業創出部 FF事業室 統括課長 First Flightプロジェクトマネージャーの小澤 勇人氏に話を聞いた。

○達成率1696%、驚異の評価を受けた「Qrio」

クラウドファンディングとは、Web上で実現したいアイデアを公表することで、その企画趣旨に賛同した人から資金を調達する造語だ(クラウド=不特定多数の群衆やWeb、ファンディング=資金調達の意)。海外ではKickstarterやIndiegogo、日本でもサイバーエージェント系のMakuakeや、起業家の家入一真氏が立ち上げたCAMPFIREなどがある。

特にMakuakeでは、First Flight立ち上げ前の2014年9月にFES Watch(Fashion Entertainments)、12月にはQrioを実際にプロジェクトとして走らせている。

「SAPとして、お客さまのニーズを確かめないといけない。もちろん、事前に定性的、定量的な調査は行っているものの、それだけでは『本当に買ってくれる人のニーズを把握できるか』と言われると難しい。アイデアを見せ、値段を提示して、購入まで行き着くのか。テストマーケティング、あるいはファクト調査としてのクラウドファンディングだったんです」(小澤氏)

実際に、これらのプロダクトは大きな反響を呼んだ。FES Watchは目標金額216万円に対して299万6888円の達成率138%、Qrioに至っては目標金額162万円に対して2748万9780円の達成率1696%と、潜在的な市場の把握に役立った成功事例となった。

「ただ当時、私たち自身がクラウドファンディングをテストマーケティングとして利用した後に、商品を継続販売するための『ECサイト機能』までシームレスに顧客を誘導できるサイトがなかった。だから、First FlightをSAPとしてスタートさせたんです」(小澤氏)

○名指しで「頑張って」

2015年7月に立ち上げたFirst Flightは、クラウドファンディングからECサイトまでの機能をシームレスに繋げるだけでなく、ソニーのサイトとしてソニーファンが、製品のファンが集いやすい環境構築を目指している。

「クラウドファンディングをやったことで、よく『なんで、資金調達をソニーがやるのか』と聞かれるんですが、もちろん資金集めが目当てではありません(苦笑)。私たちは、作った商品に対してお客さまがどういう価値を求めているのか、どういう価格を求めているのか、どういう意見を持っているのか、『本当の声』を知りたいんです」(小澤氏)

プロジェクトに投資した人たちは、即座に開発メンバーに対してコメントができるため、「機能の要望から今後のストラテジまで、幅広いご意見をいただいています(笑)」(小澤氏)。細かい数字は開示できないとしていたが、既存製品のメールアンケートや各種ワークショップのインビテーションに対して、「(アクションの割合が)数倍のレスポンスがある」という。

これは、既存製品が悪いわけではなく、SAPならではの特性だと小澤氏。通常の製品では、既存セグメントの新商品として長いスパンで製品ライフサイクルが回ることで注目が薄れるのに対し、「既存の商品カテゴリがない製品を出しているSAPだから、"新しいモノ"への熱量がとても高い。コメントされる方々は、商品発売前から、見たこともない製品にお金を出していただいているわけですから、良い点、悪い点合わせて伝えたい熱い思いがあるんだなと、ひしひしと感じています」(小澤氏)。

そうした顧客に対して「熱い思い」を増す仕掛けも忘れてはいない。例えば、プロジェクトリーダーはもちろん、メンバーまでも実名でプロジェクトの進捗報告に登場させ、「自分たちはこういう思いで、この製品を作っている」という身近さをアピールしている。ソニーという大企業では中の人の顔が見えにくいと思われる逆を突いた仕掛けで「各種プロジェクトのコメントには、名指しで『頑張ってください』という応援がつく。担当者たちもうれしいですよね」と小澤氏も喜ぶ。

中の人が見えれば、製品が届く前、届いた後の不満も、より具体的な意見として伝える人が増える。「最初はコメントの検閲もいざとなれば想定していたんですが杞憂に終わりました。1年半発ちますが、『悪口』は1件もない。お客さまもプロジェクトを担う一員として、不満をある種『良い意見』として書いてくださっています」(小澤氏)。

●目利き力を、開発力を、販売力を強化できる場所

「Webサイト運営者」として小澤氏がFirst Flightで重視しているKPIは、「テストマーケティングがうまく行くか」。クラウドファンディングからECへの移行した際に、ファンディング時の結果と、EC遷移後の差分をつぶさに見ているという。流入元の分析など、それぞれのプロダクトを詳細に分析した上で、プロジェクトにフィードバックも行う。

例えば、プロジェクトの中でも異色なパーソナルアロマディフューザー「AROMASTIC」では、アパレル系やコスメ系といったドメインからの流入が多く、逆にソニーが本来得意とするテック系メディアで取り上げられても流入や販売にあまり響かなったという。ECサイトは実店舗よりも顧客流入の動線把握が容易になるため、実店舗でどうアプローチかけるかの参考にもなると小澤氏は話す。

また、意外なところでは「FES Watch」と「wena wrist」という時計関係のプロダクトでさえも、傾向の違いが見て取れたと小澤氏。

「FESは、テック系の機能美というよりも電子ペーパーを使ったデザイン性を強調した製品です。一方でwenaは、やはりおサイフケータイの機能が利用できるのに、従来の時計の盤面を使える機能美を追求した製品。似た商品と思われるかもしませんが、FESはアパレル、wenaはテック媒体からの流入、購買が多い。どこにタッチポイントを作るのか、そしてどう波及させるのかを製品ごとにしっかりと考える必要があります」(小澤氏)

こうしたWeb上で把握できるすべてを製品作りやマーケティング指針に活かす取り組みは、新規事業ならではのスピード感、考え方だが、大きく分けて3つの目的が根底にあるようだ。

目利き力を上げる

開発力の強化

商品価値以上の販売力の強化

目利き力とは、自分たちの頭の中だけで製品を作るのではなく、ソニー外も交えた製品作りにすることで、顧客目線と技術者の作りたいモノのバランスを見極めることだ。2つ目の開発力の強化についても、こうした意見を発売までに商品へ反映させることで、開発期間の短縮やひいては新技術の開発まで、徹底的な顧客目線に立った開発にフォーカスすることを目的にしている。

そして3つ目の販売力は、前述のように「開発者ストーリー」を、開発している人の名前と苦労を見せることで、より製品を顧客に「身近なもの」として捉えてもらうことだ。First Flightには「工業製品なのに息遣いが感じられる」、そんな目標が透けて見える。

○自分ゴト化できる場所に

First Flightは立ち上げ当初からPVも数倍以上に伸び、順調に「ソニーの新しいものが集まる場所」として機能しつつあるという。2017年には、海外向けサイトとして「Hatsuhiko」を立ち上げたほか、新しいモノ好きなセレクトショップからの要望に応える形で販売店の募集も始めた。

「大きい会社ですから、商談してハイ決まり、ではなく、契約書を締結して、口座を登録して、と販売までに多くのプロセスを踏まなくてはいけませんでした。ですが、卸売の仕組みを自分たちの中に持ち、ある程度のステップをWeb上で完結できるようにした。少ロットでも試して売ってみたいという方々に、ぜひ製品販売に携わっていただければと思ってます」(小澤氏)

ただ、いくら機能が増え、商品数が増えようとも、理念は「新しいコト、モノに興味がある人が、気軽に『自分も加われるんだ』と思える場にする」ことと小澤氏は語る。革新的な製品は、最初こそ小さな芽でもいつか花開く。ソニーがSAPで蒔いた種(Seed)が成長するか否かは、その土壌となるFirst Flightが健全に広がって行けるどうかにかかっている。