見逃せないのは、ITの使い方そのものが大きく変化している点だ。これまでは、効率化や省力化のために用いられてきたが、これからはより膨大なデータを集め、それを社会の知識や知見に変換することで、新たな価値創造の原動力とする必要がある。

無機質なデータが「ストーリー」に
 ビッグデータを集め、分析し、知識レベルにまで高めていくと、これまで無機質だったデジタルデータが突如、色鮮やかにひとつの「ストーリー」を紡ぎ始める。データアナリティクスの面白さに魅了される人が多いのもうなずける。

 それだけにデータの扱いをめぐる環境整備を急ぎたい。個人情報保護に配慮しつつ、機器やインフラの状態を蓄積したデータ、国や地方自治体が保有する公共データを効率的に利用できるよう政府の取り組みを期待する。

 社会イノベーション事業に取り組んで8年あまり。手応えを感じる一方で、最大の課題は日立内部に宿ることも痛感する。イノベーションは、さまざまな関係者がオープンな議論を重ね、ともに進むべき方向を考え、協業するなかから生まれる。

 日立を「協創」する組織へ変えようと施策を講じてきたが、真の成果はこれからだ。(インフラシステムの主力拠点である)おおみか事業所(日立市大みか町)には「IoT時代だぞ、お前たち主役だぜ」と社外でのオープンな議論を促している。わたし自身にとっても「協創」の原点は「おおみか」にある。後輩たちを励ます声にもつい力がこもる。

「小宇宙」な人材は通用しない
  社会課題を解決するビジネスを展開する上で、重要な視点がある。社会や顧客の知見を取り込み、さまざまな企業と協業することで新たな価値創造につなげる「協創」の発想だ。グローバル企業の幹部らもオープンな意識を持ち始めていることを実感する。

 振り返ると、わたしにとって「協創」の原点は、技術者としての一歩を踏み出した「おおみか工場」(現おおみか事業所)時代にある。制御システムの開発現場は、社内外問わずコミュニケーションが活発だった。

 とりわけ成長著しい鉄鋼メーカーとの関係は深く、相手の表情まで思い浮かべながら設計書を書いたものだ。わたしは日立の言葉で言う「茨(いば)地区」の出身だが、情報通信やエレクトロニクスの拠点が集積する「京浜地区」でも顔見知りが多く、「これぐらいのLSI(大規模集積回路)は作ってくれよ」などとやり合った。

 そもそもイノベーションは、自由闊達(かったつ)に議論する土壌があってこそ、生まれるものだとあらためて思う。今の日立製作所をみていると、顧客との関係はもとより、自社内でさえ人脈の広がりがないように映るのが気がかりだ。

 製品ごとに組織が縦割りの企業にとっては工場がひとつの「小宇宙」となりがちだ。だが、工場が持つ経営資源や能力の枠組みの中で経営を考える発想から脱却しない限り、画期的なイノベーションは起こせない。

 市場との対話を起点に、「工場をどう食わせるか(採算をとる)かは後からついてくる」ぐらいの気概で「協創」する組織へ変えたい。製品別カンパニー制を顧客の市場別に組織再編したのは、その覚悟の表れである。

経営トップは自身の言葉で未来社会を描け
 経営トップに求められる資質も変化している。真に経営をリードする上で問われるのは、幹部教育を通じて得られる類いのスキルだけでなく世界のリーダーとコミュニケートして、相手を納得させる能力、あるいは、未来社会を自身の言葉で描く力である。

 わたし自身、学生時代は文系を志向し続けてきたからかもしれないが、文系と理系にも垣根を感じない。厄介なのは、人間関係は苦手という理系タイプ。人に対する興味なくして、社会を変えるイノベーションが起こせるのだろうか。

 いま世界は、未来を形づくる潮流が見え始めている。この流れに乗るのではなく、流れをけん引し、これまでで最も大きな変革を起こしたい。どうやら、いいウェーブになりそうだ。いや、そうしなければならない。