4月に黒田東彦総裁の任期満了を控える日銀。今後の金融政策は?(撮影:今井 康一)

日本に限らず、大規模な金融緩和を実施したほどには物価がなかなか上昇しない状況が、世界的に続いている。

物価が上がらないのは「ミステリー」?

たとえば米国のインフレ率は、2017年11月の最新値で対前年比2.2%(消費者物価指数、CPI)と、中央銀行である「米連邦準備制度理事会(FRB)」が目指す2%に届いている。しかしながら、FRBが重視する消費者物価指数から価格変動の激しいエネルギー価格や食品価格を取り除いた「CPIコア指数」は、同月の最新値で対前年比1.7%とわずかに届いていない。

FRBのイエレン議長は、かつて物価が上昇しない現象を「ミステリー」と呼んだ。それでも、FRBは2017年12月に景気の過熱を警戒して、同年3回目、リーマン・ショック以後4回目となる金利引き上げを実施した。

一方、欧州中央銀行(ECB)も、同様に物価には悩んでいる。ユーロ圏の消費者物価指数の最新値は1.5%(2017年11月、対前年比)となり、このところ1.5%前後を揺れ動いている。2017年2月には目標の2%に達したものの、その後はまた元に戻ってしまった。

ECBのドラギ総裁は、こうした状況を「忍耐が必要だ」とコメントしている。どんなにおカネをばらまいても物価は上昇しない――。中央銀行のトップの多くは頭を抱え続けている。

それでも利上げをするとはどういうことなのか。株価が上昇を続けており、一部、景気の過熱を心配する声があるのも事実だが、FRBがときどき口にする「屋根の修理は晴れているうちに済ます」という、将来の株価下落や景気低迷に備えて、少しでも金利を上げておきたいという狙いがあるのも事実だろう。

そもそも、現在の世界経済を見渡すとリーマン・ショック以後の景気後退以降始まったデフレ経済から、物価に関してはきちんと立ち直った地域はほとんどないのではないか。ブレグジット(EU離脱)の影響か、2017年11月の消費者物価指数が3.0%を記録したイギリスはむしろ例外だ。

カナダ、オーストラリアなども、不動産など一部の業種でインフレ傾向が強まっているものの、すべての物価が上昇していく脱デフレには至っていない。

米国の物価は、総合的に見るとすでに目標達成済み?

FRBもコアCPIで見て物価上昇率が2%に届いていないのにもかかわらず、2017年だけで3回の利上げを実施し、さらに事実上利上げと同じ効果がある「バランスシート」の縮小にも、この10月から取り組んでいる。インフレ状態になっていないにもかかわらず、なぜFRBは利上げを急ぐのか。

その根拠の一つとして一部でささやかれているのが、「ニューヨーク連銀」が最近になって公開を始めた「基調的物価指数(UIG指数)」というデータだ。UIG指数とは、長期的に安定した動きを示す243の価格指数をベースに、企業の景況感や雇用統計、金融指数など、合計で346の指数を使って算出した物価統計指数のひとつである。

そのUIG指数の最新値は、2017年11月の段階で前年同月比2.8%に達している。

UIG指数は、FRBやニューヨーク連銀が公式見解として見てはいないことが明記されているものの、「物価」の見方の一つではある。日銀のホームページなどでは、コア指数の一種といった紹介をしているが、むしろCPIの先行指数的な意味合いが高い。つまり、今後の物価がどうなるのかを見るにはベターな数値と言っていい。

実際に、現在の米国経済は「絶好調」と言ってもいい。

2017年11月の「新築一戸建て住宅販売件数」では73万3000戸(商務省調べ、季節調整済み、年換算)で、前年同月比では26.6%の増加。住宅価格も同6.2%(ケース・シラー住宅価格指数、主要20都市、9月)と大きく伸びている。

新築住宅が、凄まじい勢いで販売されているのが現在の米国経済の状況だ。リーマン・ショック以前のように「借金してでも不動産に投資したほうが良いパフォーマンスを得られる」と考えて実行している人が多くなっているということだ。不動産市場に再びバブルが起きている可能性は否定できない。

さらに、歴史的な税制改革と言われる大型の「減税法案」が議会を通過。個人に対する所得税も、期限付きではあるが、数多くの国民に恩恵をもたらしそうだ。米国の個人消費が、今後さらに拡大する可能性が出てきた。UIG指数が示すように、米国はすでに「インフレ」に突入している、ということかもしれない。

物価一つをとっても、さまざまな指数があり、異なる見解があることは留意したい。

「官製バブル」に振り回される日本経済?

ひるがえって日本の状況を見てみよう。政府の発表する数字を見ると絶好調だ。もともと日本は、リーマン・ショック以前からデフレに苦しんできたが、第2次安倍政権が2012年12月に誕生し、当時FRB議長だったバーナンキ氏などが推奨する異次元の金融緩和を実現させていく。

日本銀行の人事も刷新されて、黒田東彦総裁が誕生して「インフレ率2%を目標に2年でデフレから脱却する」と宣言した。いわゆるアベノミクスの第一の矢が放たれたわけだ。

これを受けて、2012年12月に始まったとみられている今の景気拡大局面が現時点で、「いざなぎ景気」(1965年11月〜1970年7月)を超え、戦後2番目の長さとなる景気拡大局面となっている。

あれから5年、日本の消費者物価指数は目標とする2%にはまだ遠い位置にある。直近の消費者物価指数(CPI、2015年=100)は、0.6%(総合指数、前年同月比、2017年11月)で低迷し、消費者物価指数から価格変動の大きなエネルギーや生鮮食品などを除いた「コアCPI指数」でも0.3%(同)あたりを低迷している。

黒田総裁も、当初日本銀行が「マネタリーベース(供給する資金量)」を260兆円にすれば、2%のインフレ率が達成できると豪語していたのだが、5年後の現在、その額は476兆円に達しているにもかかわらず消費者物価指数は、2%をかすめることさえできていない。

日銀の当座預金にはおカネがたっぷり供給されていて、しかも金融機関はマイナス金利で国債などの金利では稼げない。もし、今後景気が過熱してバブルが発生したとすれば、それは紛れもない「官製バブル」と言っていいだろう。

にもかかわらず、物価が上昇しない。最近になって、黒田総裁が「リバーサル・レート」に言及してしまったこともうなずける。リバーサル・レートというのは、金利を引き下げすぎると、銀行の利ザヤを縮小させ、自己資本比率が圧迫されて、かえって金融緩和政策を反転(リバース)させてしまう現象のことだ。

言い方を換えれば、アベノミクスが限界を迎えつつあるのかもしれない。

問題なのは、UIG指数の米国や英国のCPI=3%越えのように、将来のインフレを示唆するような兆候が日本にはまったくないことだ。

たとえば、安倍政権が始まる前と後とでは、スーパーマーケットで日常的に使った額が、わずかだが上昇したという感覚を持っている人が少なくないはずだ。たとえば毎回2000円台で買い物が済んでいた人は3000円台になったというようなケースだ。

にもかかわらず、統計ではデフレ脱却できていない。同じ異次元の金融緩和を実施しているのに、なぜ日本には統計上、現れてこないのか。あるいは、われわれは日本のインフレの兆候を見落としているのかもしれない。

そもそもここ数年、安倍政権下では景気のいい統計ばかりを前面に押し出してきて、メディアもそのまま報道することが多い。いざなぎ景気を超えて、現在は戦後2番目の長さの景気拡大局面ということになっているが、国民の大半は景気回復の実感はないと言っている。実質賃金が一切上昇していないからだ。

戦後2番目の好景気なのに、なぜインフレ目標2%が達成できないのか。なぜ、実質賃金が上昇しないのか。残念ながらその説明はほとんどなされていない。

インフレによる財政再建を目指しているのではないか?

ここで日本政府はこのまま異次元の金融緩和をどこまでも続けていこうとしているのではないか、という疑問が持ち上がる。

日本銀行は、すでに年間の国債買い入れ額は年間80兆円から60兆円程度に減額しており、そういう意味では国債買い入れは限界に来ているふしがある。その代替案として、現在は「マイナス金利」や「イールドカーブ・コントロール」をメインの金融政策にしているわけだが、米国や欧州のように出口戦略に対してはいまだに具体的な対応はない。

日本銀行は、以前から対応が遅れるので有名だが、今回も漫然とマイナス金利を続け、イールドカーブ・コントロールを続けるのかもしれない。とりわけ、いまだにどの国の中央銀行もやったことのないETFの買い入れは、その副作用が心配だ。

副作用がどんな形で出るのかはわからないが、いずれにしても漫然と金融緩和策を続ける根拠となっているのが、消費者物価指数が目標に届かない、という理由だけではないのか。政府の統計を鵜呑みにすれば今は戦後2番目の長さの好景気を続け、失業率も24年ぶりの低さとなる2.7%(11月、完全失業率、季節調整値、総務省)、有効求人倍率も44年ぶりの高い水準になっている。

これだけ好景気だというなら、物価が上昇しない原因をきちんと分析して、その結果を公表するのが望ましいだろう。日本銀行が金融緩和の手綱を緩めようとしない説明も、物価だけを根拠にするのでは不可解に映る。

確かに、この10年、日本の物価はある部分では大きく値下がりしたものも多い。パソコンやテレビ、デジタルカメラなどのデジタル製品は技術革新のおかげで安くなり、冷蔵庫や洗濯機などの白モノ家電も高機能になった割には値が上がっていない。価格下落は技術革新に伴うケースが多い。

海外生産の衣料品や海外の牛肉なども全体的に値下がりしたといっていいだろう。これは、円高の恩恵を国民が享受してきた、と言っていい。とりわけ、食料品などの生活必需品の大半は、円高の恩恵を受けてきた。

また、インターネットの普及で情報などは「無料」で提供されるのが当たり前になった。高齢化社会が急速に襲い、多くの高齢者が老後に不安を覚えて、消費を手控えてしまっているのも大きな原因だろう。

そもそも日銀が実施した「目標2%のインフレ率達成」という政策そのものは必要だったのだろうか。ただ世の中のマネーの流通量を増やせば景気が回復する、というリフレ派の考え方そのものはすでに結論が出ているのではないか。