Photo by Yoshihisa Wada

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大塚家具を創業、かつて「家具業界の風雲児」と呼ばれた大塚勝久氏。創業者である父と長女の経営権をめぐる争いは記憶に新しいが、大塚家具を去った2015年に新会社「匠大塚」を立ち上げ、70歳を過ぎての「第2の創業」に挑んでいる。その大塚勝久氏が、第2の創業に掛ける意気込みと、多くの同族経営企業が抱える事業承継の難しさについて、自身の経験を踏まえて語った。

70歳過ぎての創業、経営の集大成

 私が「大塚家具」から身を退いて2年半、「匠大塚」東京日本橋(2016年4月)、春日部本店(2016年6月)の開業で家具小売業に復帰して1年半たった。匠大塚は、70を過ぎての第2創業であり、私がこれまで家具の小売業界で学び、培ってきた経営の集大成となるものだ。私を慕って大塚家具から匠大塚に移ってきてくれた社員たちのためにも絶対に成功させなければならないプロジェクトである。

 一方、長女の久美子が社長を務める大塚家具は、16年末決算では売上高を対前年比で20%も減らすなど苦戦を強いられていると聞く。今は袂を分かってしまったが、経営者としてはこれからが本当の勝負である。

「家具が売れない時代」「もはや高級家具は必要とされない時代」などと言われて久しい。ニトリやIKEAなどの低価格な家具と日用製品を売る店が注目される一方で、高・中級家具を軸とする路線を取るのは匠大塚と大塚家具だけである。どちらが世の中に受け入れられるのか、74歳の身にファイトが湧いてくる。これからまた楽しくなるのだ。

 2015年の創業以来、大塚家具との争いにならないよう、匠大塚はもっぱらホテルの家具やオフィスの応接家具などのコントラクト関連と百貨店への納品に力を注ぎ、小売りには大きな力を注いではこなかった。大塚家具時代のお取引先からお声掛けいただいても仕入れを急がず、価格帯でぶつからないようにしてきた。

 その一方で、仕入商品を徐々に増やし、私たちなりの売り方で売れる体制を整えてきた。2017年12月には春日部本店や東京・日本橋のショールームで扱っている約1万7000アイテムの一斉値下げを行なったのだが、これは、言ってみれば匠大塚の反撃の号砲だ。社員たちには、「競争をするのだから勝ちなさい」と発破をかけている。

 私自身、創業会社を追われた身である。二度と失敗はできない。親子なのだから久美子の健康も業績も心配だが、なかなか浮上の兆しが見えない大塚家具の状況を見るにつけ、ここで私たち匠大塚が頑張らなければ、日本の家具文化が完全に消えてしまうと感じている。そもそも日本の家具業界が衰退した訳を肌で知る身には、第2創業はなんとしても成功させなければならないものだ。

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