『インフルエンス』(近藤史恵/文藝春秋)

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 多くの人が、幼少期と大人になってからとで付き合う友達はまるっきり変わってしまうだろう。中には、引っ越したり学校が別になったりしたらもう一生会わなくなる友達もいる。そんな相手もずっと「友達」と呼べるのだろうか。それとも「友達だった人」になってしまうのだろうか。

 近藤史恵が新作『インフルエンス』(文藝春秋)で描き出すのは、女性3人の奇妙な絆である。30年にもわたって再会と別離を繰り返す彼女たちは、決してお互いへの好意だけでつながっているわけではない。しかし、まぎれもなく「友情」としか呼びようのない想いがそこにはあったのだ。

 友梨と里子は大阪の団地で生まれ育った幼なじみである。同い年の2人は幼稚園に上がる前から知り合い、毎日のように遊ぶ仲だった。しかし、小学生になって、里子が友梨の家へと遊びにやって来たときから関係がくもり出す。里子は友梨の祖父に「女の子はおじいいちゃんと寝ないといけないんだよ」と言い出したのだ。その日から、友梨の家族は友梨が里子と遊ぶのをよく思わないようになる。

 だんだんと疎遠になっていく2人。もともと大人しい友梨と明るい里子には共通点が少なかった。そして、中学校になると里子は不良たちと付き合いだし、地味な里子のグループとは接点が消える。そのかわり、友梨には新しい親友ができた。東京から引っ越してきた真帆だ。美しい顔立ちと凛とした佇まいをした真帆に、友梨は同性としての憧れを抱く。ささいなきっかけで距離が縮まった2人は、言語障害のあるアリサや知的障害を抱えた理菜子らと学校で行動をともにするようになる。

 しかし、友梨たちの通う中学校の風紀は乱れ始め、校内暴力が日常化する。取り返しのつかない事件に関係した里子は校内で孤立し、ますます友梨たちとの溝は深まっていく。そして、悲劇が起こった。中学2年生の冬、夜道を歩いていた真帆が男に連れ去られそうになったのだ。一緒にいた友梨は真帆を助けようと男を刺殺する。現場から逃げた2人だが、翌日、逮捕されたのは里子だった。里子自ら、警察に男を殺したと自首したのだ―。

 これだけの物語がすでに重厚だが、驚くことに、まだまだ小説の序盤にすぎない。その後、3人を過酷な運命が襲い続ける。友梨は悪夢のような中学時代と決別し、自分の人生を歩もうとするが、忘れたころに里子や真帆と再会する。そのたび、彼女たちの口から語られるのは読者の想像を超える試練だった。里子や真帆への罪悪感から、望まない行為に加担せざるをえなくなってしまう友梨の心情があまりにも切ない。いつか、3人の秘密が明るみにさらされるときは来るのだろうか。さすがはサスペンスの名手だけに、30年以上にもわたる物語を一瞬の中だるみもなく読ませてしまう技量は圧巻だ。

 しかし、本作最大のテーマはメインキャラクター3人の不思議な「友情」についてだろう。友梨にとって真帆と里子は「たまたま」、少女時代に一緒にいただけの存在である。事実、3人は中学を卒業したとたん、別々の進路を選んで連絡を取り合うこともなくなる。それでも、お互いが決して忘れられなくなったのは「殺人」という罪でつながってしまったからだ。いや、彼女たちにとっては「殺人」だっただけで、他人に入り込めない記憶を共有している幼なじみを持つ人は少なくないのではないだろうか。もう話をする機会すらなくなり、より長く付き合った友達ができたとしても、胸の奥に居残り続ける友達こそ「親友」なのである。友梨と真帆と里子にとって、ともに幸福な時間を過ごせたのは一瞬だった。真帆と里子にいたってはほとんどお互いのことを知らずに生きていただろう。それでも、他の誰よりも3人は親友だったのだ。読者にとっての親友を思い浮かべながらラストのページを読むと、ハードな物語を経たからこその感動が押し寄せてくるだろう。

文=石塚就一