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もくじ

ー ただただ、驚きのクルマ
ー オーテックとザガートの出会い
ー ザガートの苦境 オーテックとの別れ
ー ステルヴィオ 実際に見てみると
ー 走り 両方の意味で「驚き」
ー 気になる操舵感と乗り心地は?

ただただ、驚きのクルマ

人目もはばからず訳のわからない叫び声をあげる。驚愕のあまり思わず絶叫してしまう。日産オーテック・ステルヴィオを初めて見た人は皆こんな感じだ。

口を閉じるのも忘れて、美的な冒険の新領域である「ミラーのビックリハウス」の輪郭から目をそらすことができないのだ。どんなクルマにも全く似ていない。絶対だ。神に誓って。仏様にも誓って。優美さあるいは美しさの点ではほとんど同情の余地はないが、この驚くべきクルマは他にもたくさんの特長を持っている。

特に、大地をすごく速く、すごく快適に走る能力だ。

なんといっても当時ホンダNSX-Rの2倍も高価だった超高級GTなのだ。1989年から91年にかけて104台が製造された。その衝撃力はいまだ衰えていないが、いったい、この形をデザインしたスタイリング・ハウスはどこなのだろう。

考えるまでもない。ザガートに決まっている。自らは決して群れない会社だ。これはアルファ・ロメオES30SZに対する日本の回答なのだと考えれば、答えは半分わかったようなものである。

ふたつの話が同時進行していた。80年代の終わり頃、このきわめて個性の強いコーチ・ビルダーはとても不景気だった。短期間だけだったとしてもアストン マーティンとの提携は終了してしまい、古いイノチェンティ工場に移されたマセラティ・ビトゥルボ・コンバーチブル量産の契約も失いかけていた。ザガートには新しい仕事が必要だった。それもすぐに。

そこでザガートは、もともとはフィアット・スタイル・センターがデザインしたSZの契約を確保した。さらにほぼ同時期に、日産の子会社であるオーテックともこっそりと契約交渉をしていたのだ。日本だけで販売されることになる少量生産の新しいクーペのデザインと製造の契約だ。

オーテックとザガートの出会い

1986年に創立されたオーテックの商売道具は、ながらく日産量産車の改造と性能向上だけだった。しかし、この会社の初代CEOである桜井眞一郎は高邁な野望を抱いていた。ここで取り上げるクルマは、イタリア-日本合作の第1号である。

AZ1というコードネームが付いたこの冒険的なクルマのベースは、F31日産レパードである(米国市場ではインフィニティM30と呼ばれた)。ホイールベースとトレッドはR31モデルと同じである。

ステルヴィオのシルエットは、明らかに当時のアストンV8ザガートの影響を受けている。特にルーフラインはこの会社のアイデンティティである「ダブル・バブル」スタイルを踏襲している。

一方、ステルヴィオを他のエキゾチックカーと区別するのは、ボンネットに組み込まれたグロテスクな異物だというのは、衆目の一致するところだ。

日本車は、少なくとも日本で販売されている日本車の大部分は、フェンダーにミラーが付いている(ドアではなくて)。しかしこのクルマでは、ミラーは笑ってしまうほど大きい。まるでこぶのようだ。これはザガートの責任ではない。プロトタイプの段階で桜井から社長を引き継いだ人物から突き上げられたのだ。

このクルマのボディはアルミニウム製で、クラムシェル型のボンネットはカーボンファイバー製である。エンジン・ベイにはツインターボの2960ccV6が押し込まれ、元のレパードと比べるとパワーも少し向上している(258psから294ps/6000rpmに)。

ステルヴィオはラグジュアリーなグランツーリスモとして企画されたので、パワーはオーバードライブ付きの4速オートマティック・ギアボックスを通して後輪に伝えられる。

室内は旧来の意匠と新技術の単純なブレンドだ。スイッチやメーター類、最高級のオーディオ・システム(ボーズのラジオ・カセット・プレーヤーとソニーのCDプレーヤー)の周りにはウッドとレザーがあしらわれている。

ザガートの苦境 オーテックとの別れ

最初の計画では203台を製造することになっていたが、これはかなり気ままな数字だ。それでも、ザガートは何とか半分を賄った。

1991年、オーテックは第2弾としてイタリア・アルプスの峠から名前をとったガヴィアを発売した。一言でいえばステルヴィオからばかげたミラーを取り去ったクルマだが、さらに売れなかった。1993年までにおよそ16台が製造されただけだ。

ザガートはさらに2モデルを提案した。ウェッジシェープの300ZXをベースとするバンブーは4台試作したところで中止となり、量産化にこぎつけることはできなかった。セクシーな300セタはこの中では割とましなスタイルだったが、1台限りだった。

これでオーテックとの提携は終わり、ザガートは坂を転げ落ちていく。

次の相手となる日本メーカーはトヨタだった。この協業は2001年のサロン・ド・ジュネーブで公開されたMR-2ベースのVM-180、そして忌まわしいSUVハリアーの派生モデルへとつながっていく。

一方、オーテックは5ドアのスカイライン・ワゴンなどを含むあらゆる種類のクルマを少量生産していた。

ここで舞台は風の吹きすさぶマン島へと移る。

ステルヴィオ 実際に見てみると

今日ここにあるステルヴィオは、最近英国諸島にたどり着いたと思われる2台のうちの1台で、有名なコレクターであるダレン・カニングハムがマン島自動車博物館に展示していたものだ。

すぐそこの左のほうにあるクルマの外観はフランケンシュタインのようにつぎはぎだらけだ。この奇怪なミラーを別にすると、ステルヴィオのディテールを理解することは難しい。

スモークの入ったパースペックスのテールライト・レンズはとても80年代風だが、プッシュボタンでポップアップするドアハンドルは見ても触れてもまさしく50年代風だ。

ザガート製ボディを纏ったフィアット・オット・ヴュかマセラティA6のような。ステルヴィオ専用の16インチのBWAホイールは、タイヤ・バルブのステムを冷やすために設けられたNACAダクトを除き何の飾りけもない。

中を覗いてみると、ステルヴィオのキャビンは日本風というより明らかにイタリア風だ。そうはいっても、インパネとセンター・コンソールはレパードから拝借したものだが(ギア・レバーも同じ)、レザーが貼られている。

実際、屋根のライニングからリア・トレイに至るまで、ウォールナットがはめ込まれている一部を除いて、何もかもがレザーかスエードで覆われているのだ。ザガート・デザインのステアリング・ホイールもこのクルマ専用で、銀の下地に青の計器盤も奇抜だ。

キャビンは贅沢でこの上なく快適だ。広大なガラスエリアのおかげで視界も最高である。少なくともクルマの中からは大地を踏みしだくGTそのものだと感じられる。唯一の問題はラゲージ・スペースが少ないことだ。トランクはスペア・タイヤに半ば占領されている。

火を入れても、2基のギャレット製ターボを備えた3ℓDOHCのV6エンジンが雄たけびを上げることはない。とても洗練されている。チューニング大好き少年の喜ぶようなものはないのだ。少なくとも、Dレンジを選択して動き始めるまでは。

びっくりするのはそのあとだ。

走り 両方の意味で「驚き」

2800rpmで40.9kg-mのトルクとほぼ300psの十分なパワーを持つステルヴィオは俊足だと人は思う。思いもよらないのは駐車場を出るときだ。皆が認めるように、濡れたアスファルトでは前に進まないし、カチンカチンの国産タイヤも進むことを妨げる。

だが、バンプストップにすぐ触れることにかけては第一級だ。これは軽蔑に値する酷さだ。このクルマを運転すればだれでも笑わざるを得ないだろう。

この時代の日本車を語るときに忘れがちなのは、一般的に自動車メーカーがパワーを控えめに表示していたことだ。実際、ほぼすべてのメーカーが。この点においては、1960年代後半の米国のマッスルカー・ブームとうりふたつだ。当時米国では、保険会社が驚いて逃げ出さないように出力の数字を過少申告していたのだ。

どうも、ステルヴィオは当時の日産の表示よりも多くの馬をボンネットに下に飼っているらしい。だからと言って速いというわけでもないのだ。実際、それほど速くはない。

しかし、問題なのはパワーの出方なのだ。全然リニアではない。ブーストがかかっていないときはとても扱いやすいが、いったんターボが効き始めると、空気を大きく吸い込むや地平線のかなたまで飛んでいってしまう。減速してもまだぐいと進み続け、それからハッキリしたホイッスルが聞こえる。これはまったく常習的で、まるで動物のようだ。

性能の数値はというと、最高速は241km/h。特におかしくはない。重量は1540kg。最軽量な部類ではないが、ばかげたほど重いボンネット(冗談抜きで男ふたりがかりだ)を持ち上げてみるまではその重さに気づかないだろう。

足は速いと感じる。皆が認めるように、流れについていくためにオートマティック・ギアボックスは必死で働くが、それでも何とかなる。この日産車は、メーカーの意図したようなのんびり走り続ける類のクルマではないのだ。そして、繰り返すが、その多くはタイヤのせいだろう。

気になる操舵感と乗り心地は?

ターンインとアンダーステアは切っても切れない関係だ。少しリフトオフすると、ターボが立ち上がる前にさらに押し流されてしまい、その結果バンプストップに当たってしまう。

トランクに溜まった水とコンクリートを取り除き、小賢しいことはやめなさい。そうすれば、まったく世界が変わるはずだ。誰から聞いても、ステルヴィオは純粋な意味でリラックスできるクルーザーだということになる。速くて、望めば運転が楽しいクルマだ。しかし、望まなくても、ちっとも厄介ではない。

乗り心地は思ったより明らかに良い。大きなでこぼこでも吸収してくれる。手作りのクルマにも拘わらず、どこにも軋み音などはなく、とてもしっかりしている感じだ。風切り音も驚くほど小さい。

パワステの重さも軽すぎずちょうどいい感じで、前後ともベンチレーテッド・ディスクのブレーキは、ペダル・フィールも十分できちんとよく効く。しかしながら皮肉なことに、このクルマのトレードマークである巨大なフェンダー・ミラーはほとんど役に立たない。キャビンの中からどんなに調整しても、見えるのはリアのフェンダーだけだ。または自分自身か。見掛け倒しの欠陥品である。

しかしどれだけ多くを語ったとしても、そんなもの、このクルマにとってはなんでもない。ステルヴィオは大きく不格好な矛盾の塊であるが、それにもかかわらず、注目せずにはいられないクルマなのだ。

冷笑するのは簡単だが、そうすると本質を見失ってしまう。ステルヴィオは完全に不完全であり、醜いが魅力的で、目が丸くなるような楽しさに満ちている。それはどう見ても社会の日常性を打ち破るものだ。