テレビ東京の選挙特番は、ほかと何が違うのか。池上彰氏に聞いた(GALAC編集部撮影)

池上彰氏をホストに、2010年からスタートしたテレビ東京の選挙特番は、毎回ユニークなアプローチや、池上氏の歯に衣着せぬインタビューによって、今や確固たるポジションを獲得している。毎回ネットで“池上無双”という言葉が飛び交う理由は何なのか。池上氏本人に聞いた。
2017年11月11日収録、インタビュー/GALAC編集部

翌日になればわかることに必死になる必要があるのか

ーー今回の「池上彰の総選挙ライブ」も、ユニークな演出で注目を集めました。他局と一線を画す番組づくりの秘訣をお聞かせください。

実は、昔と比べて選挙の開票特番の性格が変わってきたことに、まだ多くのテレビ関係者が気づいていません。テレビ東京の番組で今年から始めた「政界 悪魔の辞典」では、【開票速報】という言葉について、「翌日になればわかることに必死になること。」と自虐的に表現しました。


当記事は『GALAC』2月号(1月6日発売)からの転載です(上の雑誌表紙画像をクリックするとブックウォーカーのページにジャンプします)

開票速報番組は、昔は本当に開票速報でした。私もNHKの記者時代には「票読み」をし、どこよりも早く当選確実を出すことに一生懸命になっていました。競り合っている候補のどちらが勝つのか、ギリギリまでわからないスリルがありました。ところが今は、出口調査の精度が上がり、投票締め切りの夜8時になった瞬間に結果が出てしまう選挙区も少なくありません。つまり、速報の意味がなくなってしまったんです。そのことに多くのテレビ関係者は気づいていないのか、今でもまだ速報のスピードを一生懸命争っています。

一方でテレ東は、幸か不幸か速報を早く出すための人材が不足していて、スピードではNHKなどにとても敵わない。ならば、選挙や政治について考えてもらう「知的エンターテインメント番組」にシフトしようという考えで始まったのが、テレ東の「選挙ライブ」です。NHKをはじめとする王道の選挙番組に対して、私たちの番組はアンチテーゼを提示する、いわばゲリラ番組だと思っています。

ーー何と言っても業界関係者を驚かせたのは、候補者を「面白プロフィール」とともに紹介する手法です。

あの「面白プロフィール」は、前々回の選挙特番のときに、制作スタッフが工夫して生み出したものです。私はそのアイデアを見て面白いと思いました。確かに、視聴者の気持ちになってみると、時々刻々と紹介される当選者の経歴について、一部の有名人や自分の地元の候補者であれば興味が持てますが、縁の薄い候補者についてはピンとこない。でも「47歳独身、実家は結婚式場経営」みたいに、人間的にはこんな人なんですと面白く紹介されると、つい見ちゃうわけです。

私の役割は、スタッフが考えてくるたたき台のプロフィール案を、さらに面白くするところから始まります。とても大切な演出なので、プロフィールを作るためだけに取材をすることもあります。こういう楽しめる情報があれば、候補者のことが気になってチャンネルを替えにくくなる。それが狙いです。

「面白プロフィール」で気をつけていること

この演出をする際に気をつけていることが2つあります。1つは「本人が怒ってはいけない」ということです。コツは、結婚式での「昔の悪友による暴露話」の距離感です。新郎の若い頃のエピソードで笑いを取っても、決して新婦をいじってはいけません。でも新郎の別の女性問題を暴くのもいけません。座が凍りつきますからね(笑)。昔は無茶やバカなことをやったよねと笑える程度に、要は本人が苦笑いはするけど許容してくれる程度にするのがポイントです。

2つめは当たり前のことですが、すべて裏を取ることです。これが結構大変なんです。例えば、ある候補者についてスタッフが書いてきたプロフィールが面白くなくて、とりあえず本人のHPを見てみたら、一箇所「自分がピアノを演奏した映像を、ユーチューブにあげている」という情報を見つけました。実際に見てみると、演奏は結構上手でした。それだけだと全然面白くないんですが、ふと再生回数を見ると200回。え、全然見られてないじゃん、これだ!と。

そこで私が書いたのが「本人はピアノのリサイタルをユーチューブで公開、10月はじめの段階で再生回数200回」。裏を取った、事実に基づく情報です。さらに付け加えるなら、私が出演するテレ東の選挙番組では、スキャンダル報道はやらないと決めています。今回も、例えば山尾志桜里さんや豊田真由子さんを追いかけるようなことはしていません。

ーー面白プロフィールにしても、気がつけば他局も同じような演出をするようになってきました。こうした状況をどう感じられますか。

一つの方法がうまくいくと、ほかも同じようになっていくというのは、メディアの流れとしては良くないと思います。特に、何もかも簡単にしようとする最近のメディアのあり方には危機感を持っています。わかりやすくすることと、簡単にすることは違うんです。本質を残しながらわかりやすくすることは難しいことなのに、最近のテレビにはある種の子ども騙しみたいな「簡単化」が見られます。かつて私が担当した「週刊こどもニュース」でも、子ども騙しはいけないとよく言っていました。どんなややこしい話でも、その本質をちゃんとわかってもらうため、省略しないで説明するにはどうすればいいかという苦労を重ねてきました。

メディアに携わる人は、物事を本当に理解してはじめてわかりやすく説明できるということを理解するべきです。チャチャッと調べた表面的なことで説明すると、とんでもない間違いが起こりかねません。きちんと調べて、しっかり理解してはじめてわかりやすくできるんです。

私がよく例えるのが「大学の学部生、大学院生、ベテラン教授」です。学部生に研究内容を聞くと、シンプルに「こんなことです」と即答します。わかりやすいけれど全体像がわからないまま話しているので、本当は大事なところが抜けてしまっています。これが院生になると、全体を一生懸命勉強しているのでいろいろ説明したくなり、長々と語るのでワケがわかりません。それがベテラン教授になると、全体がわかったうえでどこを省略すればいいかもわかっているので、とてもわかりやすい説明になります。

つまり、学部生のわかりやすさとベテラン教授のわかりやすさは似ているようで違うんです。NHKのニュースでやりがちなのは院生の説明です。あれもこれもと語るので結局わかりにくい。一方で民放の番組が陥りがちなのが、学部生レベルのわかりやすさです。私が目指すのは、全部を理解したうえでどこを省略したらいいかというベテラン教授の表現なんです。

「小学生の池上君」が何をすべきかを教えてくれる

ーー時に各政党の幹部を追い込むような、政治家に対する鋭い質問も池上さんの独壇場です。

メディア関係者が、政治家に厳しい質問ができない理由は2つあります。1つは、政治家との人間関係を壊したくないという理由。今後も良好な関係で仕事をしないといけないから、怒らせるわけにはいけないと、当たり障りのないインタビューになるんです。「当選おめでとうございます。今のお気持ちは?」みたいな。2つめは、反論されたらどうしようという不安です。私の場合は、政治家に嫌われてもいいので、厳しいことも聞いてしまいます。厳しいことを聞くと、その反応で政治家の人間性が見えてきます。質問に直接答えが返ってこなくても、そのときの不機嫌な態度で、政治家の人柄が視聴者に伝わったケースもありました。

質問を考えるときに大切なのが、視聴者目線です。政治に詳しい記者には“視聴者が何を知っていて、何を知らないのか”が見えなくなっている人もいます。そうなると、質問がどうしてもプロの目線になってしまう。

選挙特番の人気企画である「池上バスツアー」では今回、創価学会の“F票”という活動に注目しました。創価学会のF票は、選挙が専門の記者にとってはほとんど常識です。でも、一般の視聴者はまったく知りません。そこにズレがあるんです。それこそ創価学会が公明党を応援していることなんて当たり前すぎて、これまでのテレビでは説明しませんでした。それをテレ東でしたときは、政治専門の記者たちから「こんな当たり前のことを、なんでわざわざ説明しているんだ?」という冷ややかな反応を受けました。でも、一般の人には知らない人もいます。

普段テレビでやらない内容を選挙特番で放送しただけなんですが、一方でタブーに切り込んだなどと言われ、大きな反響を呼びました。でもそれは過大評価です。私は視聴者が知りたいことを、視聴者の目線で素直に質問したり解説したりしているだけなんです。

私の場合は、全部「週刊こどもニュース」の手法なんですよ。あの番組では、放送する内容の何がわからないのか、何を知りたいのか、直接出演者の子どもたちに聞きました。出演者の子どもたちは、何がわからないのか、放送する内容の何を知りたいのかをスタッフと話し合いました。

その経験から、私の頭の中にもうひとりの「小学生の池上君」が現れました。伝える内容を考えていると、「そんなこと、わかんない」とか「こっちのほうが知りたい」とか、心の中で言ってくれるんです。

ーー最近は、情報へのアクセス方法も大きく変化しています。「心の中の小学生の池上君」は、どんどんバージョンアップしていますか。

それは、私がなぜテレビ番組でお笑いタレントをはじめとする芸能人の方々を相手に説明をしているかということにも関係しています。そうした方々は、何かを知らないということを恥ずかしがらないんです。これを知らないのか、ここで驚くのかと、びっくりすることがたくさんあります。

あるいは、テレビ局でもバラエティの制作者と仕事をすると、ものすごく素朴な質問が飛び出すんです。質問が基本的すぎて愕然とすることもあります。でも、一般の視聴者はきっとそのぐらいなんだということを、日々そうした場面で確認できるんです。「週刊こどもニュース」のスタッフもそうでした。子ども向け番組の部署だったので、普段は新聞も読まないし、びっくりすることもたくさんありました。でも「そうか、ここから説明したほうがいいんだ」というポイントもわかりました。

「心の中の小学生の池上君」をバージョンアップするという意味では、大学で教えていることが役に立っています。今の若い人たちが何をわかっていないのかを知ることができるからです。某大学の経済学の授業で、民間の銀行が国債を購入する話をしました。ある女子学生がすごく基本的なことを質問してきたので、「もしかして、銀行に預けた預金を銀行はそのまま金庫に大事にしまっていると思ってない?」と聞いたら、「違うんですか?」と。若い世代の人たちに触れることで、みんなはこれを知らないんだ、ここから説明を始めればいいんだという、説明のポイントを調整することに生かされています。

実は基本的なことを知らないメディア関係者は多い

ーーメディアに携わる人たちが、実は基本的なことを知らないでいることも多いと思います。特に選挙についてはそうかもしれません。

実は今回、改めて公職選挙法を読み直してみたんです。確かにそのなかには、さまざまな規制が記されています。でも、だからといって選挙中の自由な言論報道を規制するものではない、とも書かれてあるんです。変なバランスや中立公正を求めるのではなくて、むしろそれぞれ独自の取材報道を規制するものではないというのが公職選挙法なんです。メディア関係者には、ぜひもう一度読んでほしいです。

放送法では中立公正と言っているけれど、選挙の報道・批評という点においては、公職選挙法は規制していません。もっと自由にやっていいと。さらにBPO(放送倫理・番組向上機構)も、中立公正にとらわれすぎてむしろ自主規制や自粛が行われていると言ってくれている。われわれはこのことをちゃんと考えないといけないと思います。迷ったら原理原則に立ち返る。それが大事だと思います。

選挙報道は何のためにやっているのか。それは、日本の民主主義を少しでも良くする、そして民主主義に反することを監視するということです。あるいは、そもそも放送の仕事の価値とは何なのか。それはやはり、視聴者に喜んでもらえるような良質な番組、民主主義を定着させる番組、教養を高める番組、さらには娯楽。われわれはそういうものを提供するために仕事をしているんじゃないかと思うんです。迷ったら「自分の仕事って何だろう」に立ち返る。選挙報道も同じことだと思います。

私の場合、正規軍とも言えるNHKによる王道の選挙報道があって、それに対するゲリラ的な報道をテレ東で試みたんです。そうしたら民放各局も同じようなことを始めました。形だけでなく、政治家に厳しい質問をするということまで同じようにしてくれるのは、すごくいいことだと思います。けれども、われわれはもっと先を考えないといけないと思っています。それで考えたのが『政界 悪魔の辞典』で、こうした風刺を、他社に差をつけるものとして今回作ってみたわけです。

もしテレ東のやり方がゲリラではなく、王道になってしまったとするなら、今後の選挙報道のあり方について改めて考えなければいけないということで、すでにテレ東では議論が始まっています。